第14話 獣王・サンダータイガー

 土曜日で物流の量が少ない事もあるのか、倉庫がある一帯は、閑散としている。


 この辺りがこういう状態だと把握していたから、土曜日にこの倉庫を使っていたのだろうと納得した。


「出入口は二つだ。正面はシャッターが閉じている状態で、その隣には扉がある。もう一箇所の扉は裏手にあるみたいだな。」


 光凪が手に入れていた倉庫の見取図を見ながら、確認をする。


 ヒナちゃんがワンボックスカーを運転してくれて、現在拠点の倉庫が見える位置に駐車している車内で、どうやって裏口を塞ぐかを検討中だ。


「あの…私が塞いできます。」


 おずおずと凛が申し出る。

 中に入った事があるのは凛だけだ。


 普段は裏口付近に色々な物が置かれているようで、殆ど使用する事はないと言う。


 倉庫の中は、だだっ広い空間になっていて、撮影する為のセットのようになっている一角にベッドが置かれ、着替えが出来るような個室が奥に幾つかあるらしい。


 凛は扉を開けるのも塞ぐのも出来るらしく、周辺に人が居ない様なのでそれは任せてみる事にする。


 車から降り、凛と共に裏手に回る。


 因みに、倉庫の周辺に設置されてある監視カメラは、恐らく警察を警戒しての物だろうと思うが、そのカメラの機能は、既に光凪が掌握している。


 奴らが見ている映像は、何も起こっていない時間の映像をループさせている物だ。


 俺達はカメラを気にせず、作業が出来る。


 真剣な表情で鍵穴を弄っている凛だが、こいつも変な奴だ。特技がピッキングの女子中学生。

 思わず苦笑いをしてしまう。


 俺達も人の事は言えないが。


「何を笑っているんですか?」


「あぁ、気にするな。」


「気になりますぅ。…と、よし。出来た。」


 仕掛けは終わったようだ。

 これで内側から扉を開くことは出来なくなったらしい。


「結月君、あの人達街から出て行くなら、もう関わらなくてもいいんじゃないですか?」


 どうも奴らを叩き潰す事が疑問のようだ。

 まぁそうだろうな。

 出来るだけ関わりたくないだろうし。


「ん〜、さっき銀髪が言ってただろ?」


「…何をですか?」


「覚えてろよって。ああいう奴らはさ、放っておいたらまた関わってくるんだよ。自分達の弱味を握られたままにしておくとは考えられないだろ?」


「そう…ですね。」


「今日で終わらせてやるから、心配するな。」


「結月君…ありがとうございます。あの…終わったらデートしませんか?」


「デート?いいねぇ!そう言う楽しい事考えてろよ。」


「はい!」


 俺達は車に戻り、準備が完了した事を皆に伝える。

 全員で車を降り、倉庫の前に向かった。


 突然、倉庫の中から声が響く。


『なんじゃこりゃー!!』


『中身が違うじゃねえか!!』


 漸く気がついたらしいな。

 先程俺がDVDの事を知ってると言ったからか、入れ替えた中身を確認したらしい。


 今頃奴らは、男同士でくんずほぐれつしている動画を見ている筈だ。


『ちょ!PCのデータは?』


『……は?パンダ?』


 入れ替え作業の時に、凛のマンションにあるPCに、光凪のオリジナルウィルスを仕込んでおいた。


 動画を起動すると、悪そうな顔をしたパンダが現れ、同じ顔をした小さなパンダをボーリングの球のように投げ、ストライクと表示された後、全ての動画が消える。『PA-NDA』というウィルス。そう、パンダだ。


『うっそだろ!』


『あいつら!』


 光凪が悪そうな顔で笑っているから、俺も同じ様な顔で笑うと、凛が少し引いていた。


「光凪、カメラ戻していいぞ?」


「りょ〜かい!」


 監視カメラの映像を現在のものに戻させ、入口の上にあるカメラに向かって中指を立てた。


 中が騒がしくなり、俺達は入口から後ろに下がった。


 勢いよく扉が開き、金髪と銀髪が出てくる。

 凛の話では、この二人が用心棒的な位置にいるんじゃないかという事だった。


 他の奴らは撮影をする為にいるみたいで、母親の彼氏も含め、先の二人に比べれば普通の体格らしい。


 二人が出て来て直ぐに扉は閉められた。


「やってくれたなガキが!」


 金髪が目元を痙攣させながら睨んでくる。

 銀髪は目を充血させながら、震えている。


「いいだろ?お前らが撮ってたのは違法だから、入れ替えといたぞ?」


「ざけんなぁ!お前がすり替えたのも違法じゃねぇか!」


 はて?

 どういう事?


 龍華ちゃんに疑問の視線を向けると、何故かハッとした表情をみせる。


「あぁ!無修正だわ!」


 うえっ…

 男と男の絡みが無修正とか、何処に需要があるんだよ。


「ちょっと!それ頂戴!」


 意外と近くに需要があったわ。

 光凪が龍華ちゃんにすがり付いて懇願している。


 和気藹々とした雰囲気で会話をしていると、流石に銀髪はブチ切れた。


「もういいだろ。こいつらから手を出したんだ。取引はご破算だ!どの道こいつらぶっ殺せば終わりだろうが!」


「ちっ!こいつらふん縛って他に知ってる奴いるか吐かせるぞ。」


「女子供に、なんだそいつは!マスクなんざ被りやがって、ダッセエ。頭おかしいんじゃねぇか?」


 そんな事を言う銀髪に反応したのはヒナちゃんだ。


「あ”あ”?マスクカッケーだろうが!てめぇらの頭の方がだせぇっつの!今どきいい大人が金だの銀だの染めやがって。」


 取り敢えずそれに便乗しよう。


「だなぁ…いい大人が恥ずかしくないのかね?」


「本当だね。おじさん達最近鏡とか見た?」


「わ、私もそう思いますぅ。おじさんなのにおかしいですよね?」


「龍華ぁ!一枚でいいからぁ!」


 龍華ちゃんと凛まで便乗してきたが、光凪だけは相変わらずDVDを欲しがっている。必死だなこいつ。


 皆に責められ、二人は頬を引き攣らせた。


「「お、俺達は十代だぁぁあ!!!」」


 ガラスの十代らしい。

 余りにもおじさんだと馬鹿にし過ぎたせいか、そのガラスのハートは傷ついてしまったのだろう。

 二人は怒りに任せて襲いかかってきた。


 俺達の一番後ろに居たサンダータイガーが前に進みでる。


「約束通り、この二人は任せてもらう。」


 タイガーは半身の構えになり、トントンとステップを踏み出した。


 金と銀はボクシング経験者っぽい構えを取りながら、それでも俺達を舐めているのだろう、力任せに拳を突き出す。


 ほんの僅か、銀髪の方が早くタイガーに迫る。


 その瞬間、銀髪にはタイガーが消えたように見えただろう。


 銀髪の拳をしゃがんで躱すのと同時に、ボクサーの弱点である脚を、地面すれすれの回し蹴りで刈り取る。

 地面から足が離れ、銀髪は尻もちをついた。


 タイガーはしゃがんだ状態からの回し蹴りの回転を止めない。

 銀髪が尻もちをついたのと、タイガーが一回転したのは同時だった。


 座り込んだ為、丁度タイガーの腰あたりの高さに銀髪の頭が あるのをいい事に、回転の遠心力そのままに、回し蹴りを放つ。


 余りの速さに防御する事もままならず、銀髪はモロに側頭部を蹴り抜かれ、力なく倒れた。


 金髪は何が起こったのかも分からず、一瞬にして伸びた銀髪に瞠目するも、急には止まれなかったようだ。


 右フックをタイガー目掛けて放つ。


 しかし、タイガーの回転はまだ止まらない。


 銀髪の頭を蹴り抜いた後、回転しながら飛び上がる。

 金髪の右フックよりも、タイガーの飛び回し蹴りの方が早かった。

 金髪のフックに対してのカウンターとなり、タイガーの回し蹴りの力と、金髪自身の力がそのまま金髪の顔面を捉える。


 その力は凄まじく、金髪は一回転して倒れた。


 三回転。

 金髪と銀髪は、タイガーが三回転する間に地面に崩れ落ちた。


「つ、つぇ〜…タイガーやべぇ。それ何て旋風脚?」


 味方で良かったと心底思う。

 思わず呟いた俺の言葉に、その場にいる全員が頷いた。


「ふぅーっ。雪乃の借りは返したぞ。」







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