第2話 ヤラせて?

 体育館で始業式が始まった時間を過ぎても、俺と女子生徒は屋上に居た。


 暫くの間泣きじゃくった女子生徒は、漸く泣き止んだかと思えば、俺を睨みながら話を始めた。


 泣かせてしまった責任を感じていたから、彼女の話に付き合い、いつの間にか始業式の終わる時間まで話し込んでしまった。


 体育館から出てくる生徒達のザワザワとした声を聞き、俺は教室に戻ると言って彼女を残したまま屋上を後にした。



「静かに〜。えーっと、二学期からこのクラスに転校生が入る事になりました。さ、挨拶して。」


 教室に戻り、ホームルームが始まると、転校生の紹介がされる。


「か、葛城かつらぎりんです。よろしくお願いしますぅ。」


 小さな声でボソボソと呟くその転校生は、先程まで一緒に居た女子生徒だった。

 話している間に、彼女からは苗字で呼ばないで欲しいと言われ、凛と呼ぶようにした。


 凛は黒髪を後ろで1つ結びにして、眼鏡を掛けた地味な見た目ではあるが、よくよく見ると可愛いのが分かる。

 身長は小さめで、目はパッチリとした二重。

 唇はプックリとしていて、中2ながら色気さえ感じさせた。


 そんな凛だが、この街に来て間もないという事だったので、取り敢えずは今日の学校が終わった後、少しだけ知っている所に案内をする約束をしていた。


 担任の話が終わり、「明日から通常授業だからな〜。」という言葉を合図に、生徒達は下校していく。


 俺はクラスの友達に話しかけられるも、今日は急ぎの用事があると言って、素早く教室を出た。


 美月に見付かると色々と厄介だ。


 階段を挟んで向こう側のクラスの美月に出会す前に、階段まで猛然と走る。

 丁度美月がクラスの友達と教室を出てくる所だったが、俺を見て声をかけそうになっているのを気づかない振りをして、飛ぶように階段をかけ降りていった。



 待ち合わせ場所は、知り合いの店。

 小さい頃から両親に連れられてきていた所だ。

 その店の場所を凛のスマホに送り、一度家に戻り私服に着替えた後、彼女が来るのを待つ事にした。


「あら、いらっしゃい。今日は結月一人なの?」


 店に着くと、幼馴染がニコニコと笑いながら席まで案内してくれた。


 『小嶋こじま雪乃ゆきの


 俺より三つ歳上の、おっとりとした美少女だ。

 この店のオーナー夫妻の娘で、俺の初恋の相手。


 まぁそれは幼稚園の時に敗れ去った思い出だけどな!


 雫さんに良く似た容姿だけど、母親よりも目元が少しだけ柔らかくて、何時もニコニコとしている。


 雫さんもこんな大きな娘がいるとは思えない程若くて、父親の明夫さんは渋くて格好いい。


 まぁそれを言えば、俺の母親なんて化け物としか言えないんだけどな。

 結婚式の写真を見せてもらった事があるけど、今と全然変わらないって、どんなだよ。エルフの血でも入ってんのか?


 そんな事を考えていると、雪乃ねーちゃんが水を持って来てくれた。


「あ、いや、今日はもう一人くるよ。」


 そう言うと、雪乃ねーちゃんは一瞬驚いた顔をして、ニヤニヤとしながら俺に顔を寄せてくる。


「んん〜?もしかして女の子かなぁ〜?」


 ちょ…ちょっと近いです。

 良い匂いがする。


「女の子と言えばそうなんだけど、転校生が来てさ、この街に来たばかりだから案内するって話になってね?」


「ふぅ〜ん…」


 そんな雪乃ねーちゃんが考えているような関係では無いよと言ったつもりだけど、雪乃ねーちゃんは更に笑みを深めた後、厨房の方にかけて行った。


「お母さ〜ん!結月が女の子よんでるって!」


 いや、今は中途半端な時間だから客は居ないけどさ、店の中でそんな大声出さなくても。


 すると、厨房から雫さんの声も聞こえてきた。


「えぇ〜!本当に?!シンさん達知ってるのかな!」


「あ!まだそこまで聞いてない。」


「そっかぁ〜。結月君ももうそんな歳になったんだね。じゃあ私達も静かに見守ってあげないとね!」


「そうだよね。静かに見守ってあげよう!」


「雪乃はどうなの?彼氏は?」


「えぇ?わ、私の事はいいじゃない。」


「セイ君とはどうなの?」


「…!し、知らない!」


 ………静かに見守って!

 めっちゃうるさいし、俺まで聞こえてるんだけど?!


 はぁ〜、と溜息をつきながら、テーブルに肘を付いて、出された水をチビチビと飲みながら、何時になったら注文を取りに来るのかと窓の外を眺めていると、凛が歩いて来ているのが見えた。


 へぇ…


 制服の時とは印象が全く違う。

 店のドアを開ける態度は、オドオドとした感じではあるが、髪を下ろして眼鏡もかけていない。

 黒のミニワンピで、黒のショートブーツを履いている。


「いらっしゃいませ!」


 雪乃ねーちゃんがニコニコとお出迎えしていると、凛は俺を見つけニコリと笑みを零し、コチラに小さく手を振った。


 それを見た雪乃ねーちゃんは、俺と凛を何度も見比べ、またも笑みを深めた。


 俺の席まで案内された凛は椅子に座るが、雪乃ねーちゃんはニコニコと凛を見つめている。


「え?…あの?」


 ほら、凛が困惑しているじゃないか。

 見すぎ!

 静かに見守ってはいるけどね?

 そんな至近距離から見守るの?


「雪乃ねーちゃん、俺はカフェオレね。凛は?」


「あ、私も同じで…いいですぅ。」


「きゃ〜!かしこまりました!」


 きゃ〜ってなによ。

 雪乃ねーちゃんはピューって音が出るように早足で奥に引っ込んで行った。


 その後何故か注文していないチーズケーキと一緒にカフェオレが運ばれてきた。


 店の陰から雪乃ねーちゃんの視線を感じながらも、俺達は屋上で話していた続きを話し出した。


 話している最中に、凛が泣き出すという事があり、どうしたものかと回りを見回すと、雪乃ねーちゃんが少しだけ怒った顔を俺に向けてくるので、俺は一度自分を指さした後手を振って、俺のせいじゃないと意思を伝える。


 話はまぁ、なんだ…ムカつくって感じ。


 そこで俺は凛の意思確認と、提案をしてみた。


「そんな事が出来るなら…私何でもしますよ。無理だと思いますけど…」


 言ったな?

 何でもするって。


 とは言え、俺は別に凛に何かを求めようとは思わない。

 もう既にパンツもじっくりと見せて貰った訳だし、何かの縁だ。

 それに俺の生活圏でこんな事が起きるのがムカつくから、できる事をしてみようと思っただけだ。


 何時までも暗い顔をしている凛に、俺は一つ冗談を言ってみる。


「じゃあさ、それがかなったら…」


 席を立ち、凛の耳元に口を寄せて囁いた。


「ヤラせて?」


 凛は一瞬で真っ赤になり、俯いたと思うと、少しだけ頷いた。


 嘘?マジですか?

 いや…えぇ?

 俺達中学生だよ?


 パンツを見た時みたいに睨まれて終わりかと思っていたのに、予想外だ。


 凛の様子を見て、今更冗談だと言えなくなってしまった俺は、微妙な顔をして凛から目を移すと、雪乃ねーちゃんと目が合った。


 雪乃ねーちゃんは真っ赤になった凛を見て、俺が告白かなにかしたのかと勘違いしたようで、口元を押え、目をランランと輝かせていた。


「はぁ〜…凛、出ようか?」


 なんだか居た堪れない気持ちになり、凛と店を出る事にした。


 因みに、今日の飲食代は父さんのつけになった。


 どうやら、俺がデートで彼女を連れて来た時には、そうして欲しいとオーナーに頼んでいたようだ。


 父さんのそういう所が、なんて言うか、ズルいよなぁ。













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