最強錬金術師の異世界珍道中

猫子

第1話

 壁の一面が宝石に覆われた広間があった。

 その中央には黄金と宝石がふんだんにあしらわれた玉座があり、そこには蒼髪の魔術師が座っていた。

 白い衣を纏っており、目の下には尾を食らう蛇ウロボロスの赤い紋章が入っている。

 

 彼の名はアルマ。

 広大な世界より《錬金王アルマ》と畏怖される錬金術師であった。

 個人で全世界の半分の財を所有していると噂されており、過去には敵対した国を大陸ごと消し飛ばしたこともあると畏れられている。


 ここは《天空要塞ヴァルハラ》の奥地、《王の間》であった。

 錬金術師は皆、本格的な作業に着手するための錬金工房を持っている。

 アルマにとって、それがここ《王の間》であった。


 部屋の端には深紅の輝きを放つ宝石、アダマント鉱石で造られた作業机や竈、収納箱が並んでいる。

 高価なアダマント鉱石をここまで無遠慮に扱えるものは、世界広しといえど《錬金王アルマ》の他にいない。


 アルマの前に、一人の鶏頭のスーツ姿の男が立っていた。

 彼の名はオンドゥルル。《錬金王アルマ》の錬金工房に立ち入ることを唯一許された部下である。

 元々、オンドゥルルはアルマの造ったキメラであった。


「アルマ様、これを」


「うむ」


 アルマはオンドゥルルの差し出した手紙を受け取る。

 封の黄金を指先から出した炎で炙って剥がし、中身を確認する。


 手紙の中身に目を通すと、アルマは冷静だった顔を崩し、王座から床へと素早く崩れ落ちた。


「だから言っただろうがクソ運営とクソランカー共があああああああっ!」


 アルマは握り拳を作り、激しく床を殴りつける。


 手紙の送り主は《運営》であり、内容は『本ゲームである《マジッククラフト》のサービスを三か月後に終了する』といったものであった。

 そう、この世界はVRMMO《マジッククラフト》……通称、マジクラの世界なのだ。


 マジクラは、魔物の溢れる世界で錬金術師が自由に素材を集めて拠点を築いていく、といったコンセプトのゲームであった。

 自由度がとにかく高く、素材と工夫次第で戦車でも飛行機でも自在に作り出せるのが最大の売りである。

 運営の方針で、世界観やゲームバランスよりも自由度重視したい、という点に重きを置いていた。


 しかし、その自由度優先が災いしていた。

 自由度の高さ故に、工夫次第で他のプレイヤーを出し抜ける裏技やテクニックが無数に存在しており、プレイヤー間の格差が急激に広がっていったのだ。

 初心者プレイヤーは拠点となる小屋を建設するのに丸一日掛かるのに対して、上位プレイヤーは半日もあれば海や山でさえ築き上げることさえ可能なのだ。


 また、最悪なことに、マジクラの運営はプレイヤーキルを完全に野放しにしていた。

 彼らはそれが自由度、このゲームの売りであり醍醐味であると妄信している節があった。

 運営が介在しないプレイヤー間の闘争にこそドラマがあり、それが面白さになると考えていたのだ。


 その結果、上位プレイヤーが初心者やNPCの村や砦を遊び半分で爆散させたり水没させたりする蛮行が横行していた。

 五千時間掛けた都市が三分で破壊されたプレイヤーもいる。

 マジクラの世界は恐ろしく広大であるためNPCの村が滅びることはなかったが、プレイヤーは有限である。

 心に傷を負ったプレイヤーは去っていき、マジクラプレイヤーの過疎化が進んでいた。


 元々そのせいでサービス終了が噂されており、ここ最近のアルマは他の上位勢に蛮行を控えて初心者を保護するように訴えていた。

 だが、最近アプデートで現れた《ゴブリン菌》と《地震発生装置》が他プレイヤーの都市を壊すのに適した悪魔のアイテムであり、つい我慢できなかった上位勢によって多くの都市が滅ぼされていた。


 アルマは必死に運営に仕様の改善を求めていたが、その返事がこのサービス終了通告である。

 もしかしたら既にサービス終了は決まっており、この二つのアイテムは運営の遊び心だったのかもしれない。


「馬鹿っ! 本当馬鹿! 何考えてるんだ、どいつもこいつも! 確かに俺も、昔は兵器の実験で大陸一つ沈めちゃったことあるけどさぁ! わかるじゃん、これ以上やったら終わるって! わかってたじゃん!」


 アルマは泣き崩れた後、仰向けになって駄々っ子のように暴れていた。

 その様子をオンドゥルルは、つぶらな瞳でじっと見つめていた。


「どうなさいましたか、アルマ様?」


「わからんさ! NPCには! ……そう、そうだ! どうせ終わるなら、派手にやってやる!」


 アルマは起き上がり、収納箱を開いて漆黒の輝きを帯びた金属品を大量に取り出していく。

 王冠から剣、ネックレスまで様々である。

 アルマが手を翳すと、それらが宙に浮かんだ。

 アルマはその材料を、まとめてアダマント製の竈へと放り込んでいく。


「アルマ様!? いけませぬ、乱心いたしましたか? ヴァルハラの宝物を、そんな粗末に……! あれはこの世で最も価値のある物質、莫大なエネルギーを秘めた、暗黒結晶ダークマターから造られた代物ではありませんか!」


「ハハハ! 前からやってみたかったんだ! なに、凄いものができるかもしれないぞ! ここにアダマント製のアイテムと……そうだな、《終末爆弾》をぶち込んでやるのはどうだ? 逆に楽しくなってきたな?」


「お止めください、アルマ様! 何が起こるかわかりません!」


「俺を止めるなオンドゥルル! 立派なローストチキンになりたくなければな!」


 アルマはオンドゥルルを振り払う。

 しかし、とアルマは舌舐めずりをした。

 NPCは簡単な受け答えしかできず、基本的には主に従順である。

 そのNPCがこれだけ止めるということは、この組み合わせには何かとんでもないものを造り出す力があるのかもしれない。


「高く積み上げた積木ほど、爽快に崩したいよなぁ? どうせなら兵器を作って、サービス終了までの三か月、本気でこの世界の全大陸を一面の海原を変えてやる!」


 アルマは高笑いしながら、竈の下にも暗黒結晶ダークマター製のアイテムを雑に投げ込んでいく。

 続けて手を翳すと、暗黒結晶ダークマターは黒い炎へと変わっていく。

 暗黒結晶ダークマターは魔法干渉によって、膨大な未知のエネルギーを秘めた炎へと変わるのだ。

 まだ詳しくはマジクラプレイヤーの間でも解明されていなかった。


「さあ、錬金! 何が出来上がるかお楽しみだ!」


 アルマが高らかにそう宣言した瞬間、世界一強固なアダマント製の竈が虹色の光を放ちながら爆発した。


「さ、さすがに終末爆弾はまずかったか……?」


 放たれた光は《王の間》の壁を、アルマを貫いた。

 アルマの視界が眩い虹の光に塗り潰されて行く。



 この日、マジクラ最強のプレイヤーであったアルマの居城天空要塞ヴァルハラは謎の怪光線によって海原へと墜ちた。

 余談ではあるが、多くのマジクラプレイヤー達はアルマの遺産である《天空要塞ヴァルハラ》の残骸を回収するためこの場に集結し、サービス終了までの残りの三か月間争い続けることになった。

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