第14話 空気

「Haruka…… What is this?」


 まずマイクの目に付いたのは、黒く塗られた壁に浮かぶ文字。恐らく日本語だろうと理解した。

 その次に目立つのが、床に描かれた四角と文字。こちらが気になり、指を差しハルカに尋ねる。


「あーこれね」

 ハルカはマイクから電子辞書を受け取ると、そのまま日本語を入力し翻訳する。


【This is an iron floor. The other is probably concrete.(ここは鉄の床で、他は多分コンクリート)】

【By the way, Idrew(チナ、描いたのはワタシ)】


わかったI got

 マイクはその部分や他のところも叩いてみる。だが違いが分からず、「こりゃ参った」と顎を触り微笑む。


「あーマイク、ちょっと待ってね」

 ハルカはスマホを取り出し、『脱出アプリ』を起動する。


【Touch with this application to open the door(このアプリでタッチしたら扉が開くってワケ)】

 電子辞書を渡し、スマホの画面、上がった壁(扉)、床のパネルをそれぞれ見せ、思考を一致させる。



「Thanks」

 マイクはそう言ったあと、天井を見つめ観察と考察を繰り返した。そして電子辞書を叩く。


【壁と床は完璧に調べましたか?】

 ハルカは力強く頷いた。


「OK…… わかったUnderstood

 もう一度電子辞書を叩く。



【私が今から順を追って仮説を説明します】

「うん、うん」


【私は酸欠になりましたが、ハルカはなっていません】

「あー確かに」


【つまり、あなたの部屋には空気があります】

「えーつまりどういう事?」


【それは完全な密室ではないということです】

「うん」


【ここには外と繋がる空気穴があるかもしれません。人間が通れる程の広さです】

「え?マジで⁉︎」


【もし床と壁ではないなら、それは上だと私は思います】

「上……天井って事?」

 二人は空を見上げた。一点の曇りもない純白だ。



「でもなんで?ずっと真っ白じゃん。穴なんて無さそうだけど?」

 言葉は通じないが、目で訴えかける。


 それをマイクは無視し、黙々と電子辞書に入力をする。


【あなたは紙とペンを持っていますか?】


「うん、ちょっと待ってね」

 ハルカは察した。マイクには何か考えがある。それを表現するにはイラストか何かが必要だと。


「はい、マイク」

 リュックから筆箱とノートを取り出し、ノートと筆箱の中のペンを渡す。


「Thanks」

 筆記具を受け取ったマイクは、ノートを捲り白紙のページに描き始めた。


 ……しばらくすると、図が完成した。

 この部屋と隣、そしてガラスの部屋。外に『sea』という文字。今この場所の事だ。


「ちょっと、大袈裟すぎじゃね?」

 この部屋がかなり縦長だった。高さが分からないとはいえ。


 マイクは部屋の下に棒人間のイラストを付け加えた。

 まず棒人間の頭から斜めの線を引く。これが壁にぶつかり矢印になった。どうやらこの矢印が目線らしい。

 その後壁に丸印を書く。

「OK?」

 意味がわかるか?とマイクが尋ねた。


「うーん、オッケーオッケー、大丈夫」

 ハルカはサムズアップで返す。


「OK, next!」

 次は天井に向けて矢印を引っ張る。天井は見えるよね?という意味だ。


「OK」

 ハルカはシンプルに答える。


 次はかなりの高い位置まで斜めの線を引っ張った。マイクは少し悩んだが丸印を付けた。

 ハルカは少しその部分が引っかかりもしたが、「OK」と返す。


 マイクはその矢印の上に、壁から内側に飛び出る鋭利な直角三角形を描いた。下が鋭角、上が直角。分かりやすく例えるなら、壁にチョコバナナクレープが引っ付いていると想像して欲しい。チョコバナナが見える面は天井の方、下の持ち手は床を向いている。足場に出来そうなイメージだ。


 そのクレープ目掛けてもう一度線を引く。線はクレープの生地にぶつかる。つまり壁から飛び出た面の部分は見えるか?という事だ。マイクは○印を書く。


「まぁ、もちろん見えるよね、OK!」


 マイクはその矢印をさらに伸ばす。矢印がクレープを貫通し、奥の壁に到達する。そこにはバツ印を書く。


「え……どういう事?」


 ハルカが少し戸惑っていたので、マイクは助け舟を出すべく、電子辞書に切り替える。


【この部分が死角になるので、私たちはこの先を見ることが出来ません】


 壁が突き出た部分(クレープの角)が邪魔をして、その奥(クレープの上の壁)が死角になっている。その後マイクは、『低すぎるなら認識できるが、高過ぎるので我々はこの死角を認識出来ない』と付け加えた。つまり、その見えない部分が通気口なのかもしれないということ。


「こっからじゃ見えないけど、死角があるかもしれないってことなんだ……」

 ハルカは天井の先を見上げ確認し、その後ゆっくりと頷いた。


 でも……



「どうやって登って確かめんの?」



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