第3話 床

「正面がダメなら、上か下ってことよね……まぁ上はキツイけど」


 誰もいない。誰も助けてくれない、何も無い部屋。自分しかいない部屋。

 ハルカの羞恥心しゅうちしんは消え失せ、本能のまま身体が動く。

 横がダメなら上か下だ。

 ハルカは四つん這いになりお尻を突き上げ、床を指でなぞり、また拳を握ってノックをする様に叩く。


 秘密の通路というものは地下にあることが多い。

 ハルカは床に隠し扉があることを信じ隅々と足元を調べる。


 コツコツ……トントン……


 端から端へと、入念に調べる。

 ……しかし、どこをなぞっても隙間みたいなものは感じないし、どこを叩いても硬さは変わらない。


 部屋の中心に差し掛かった時、乱暴に置かれた自分のリュックと目が合った。

 床を全て調べるには、一度リュックを別の場所に移動させる必要がある。

 ハルカはリュックを持ち上げた。


 持ち上げた瞬間、鈍い音がした。


 その音の正体は自分のスマートフォンだった。リュックはチャックが半開きで、その隙間からこぼれ落ちてしまった様だ。


 スマホは嫌な音を立てて床に叩きつけられた。


「うわっ、サイアクじゃん」


 自分の命の次に大事と言っても過言では無いスマホ。ハルカはすぐにスマホの安全を確かめる。


TBSティービーエス(テンション・バリ・下がる)……」


 苦悶の表情のハルカは、少し手を震わせながらスマホを持ち上げる。

 が、何か引っ張られている感覚に陥った。


「え?なんで?マジ意味分からん」


 とは言ってもなんとなくそう感じた程度の力だった。

 カバンの中の粘着質のあるものが、スマホケースに付いてしまったのしれない。ハルカは直ぐに裏を確かめた。


 手帳型のスマホケースの裏は、いつもと同じだった。

 指で確かめても何も付いていなかった。

 同時に床も触ってみる。特に何もおかしなところは無かった。


 不思議に思ったハルカは、もう一度スマートフォンを床に置いてみた。

 すると、今度も同じく床に引っ付く感じがした。


「あっ、そっか! 磁石」


 懐かしい感覚だった。小学生の頃はよく磁石で遊んだものだ。

 ハルカのスマートフォンのケースは、手帳型のが磁石になっているタイプだった。

 もう一度やってみる。

 その部分を意識して床に差し出すと、引っ張られる感覚。


「この床が鉄ってこと?」


 奇跡的なことに、その鉄と思われる部分はほんの一部だった。

 周りの床にスマホを当ててみるが、引っ付く感じはしない。


 少し光が見えてきた。

 この部屋の僅かな謎が解き明かされた。


「よし、私いけるわ。やれば出来る子だからね」


 表情が明るくなった。

 今までのトライアンドエラーが少し報われたのだ。


 ハルカはリュックから筆箱を取り出し、中から定規と油性マジックを出した。

 スマホ(ケースの磁石)で入念にの場所を調べながら、油性マジックで印を付ける。

 チェックをした印同士を囲む様に、定規で線を引く。

 スマホとちょうど同じくらいの大きさの長方形が完成した。


「あれ? 鉄ってどんな字だっけ……とりあえず左は金だよね」


 ハルカは床に自分で書いた長方形の中心部に、細長い『金』の字を書く。

 ペンを持つ手でリズムを取りながら30秒ほど沈黙した後、「まぁいっか」と鼻で笑い、『金』の文字の上にを書いて、その横に平仮名で『てつ』と書いた。

 どうやら『鉄』の漢字を思い出せなかったらしい。


 その後、途中だった床の調べを再開した。

 今度はスマホケースの磁石も使いながら調べたが、結局見つかったのは、部屋の中央に小さな長方形に『てつ』と書かれた部分だけだった。

 部屋の床の中心部、僅か数センチの素材が何故か磁石でくっ付く鉄の様なものだと言うことが分かった。


 それ以外にも入念に調べたが、隠し通路の扉の様なものは見当たらなかった。


「結局、この床はなんなのよー!」



 1つの謎が解き明かされたが、同時に1つの謎が産まれた。

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