27話 もう一人

 戦いが終わった。

 

「痛ってぇ……」


 歩くたびに全身が強烈な筋肉痛に襲われる。

 サンの村で新しい武器をつくることになってから、重い武器を振り回す鍛錬を積んではいたにも拘らずこの痛みは理不尽だ。

 やはりどれだけ本気でやろうと、練習は練習で、生きるか死ぬかをかけた全力は自分への負荷が高いみたいだ。


 「さむっ……」

 

 体の酷使で火照る体を、冬の外気で冷ますために村の中を一人歩く。

 俺は戦いの後、気を失うように眠ってしまったのだが、その間にもう一日だけ休んでからサンの村に戻ることが決まったらしい。

 

 俺は集められた死体の顔を覗き込む。

 真冬だからだろうか。血の匂いはするが腐敗臭はしない。

 それとも一日程度では人が腐らないのだろうか。

 どちらにしろあまりいい臭いではない。


 俺がここに来たのは人を手にかけたという実感を得るためだ。


 眠って起きれば昨晩の戦いが、まるで夢だったかのように感じたのだ。

 たしかに全身を襲う痛みは本物で、俺が人を斬った時の手の感触もはっきり覚えている。

 それなのにいまだに夢だったかもしれないと思ってしまうのはなんでだろう。


 一人一人遺体の顔を見て回る。

 

 彼女の顔は覚えている。

 この真っ二つになった女性の顔も覚えている。

 覚えている。

 

 やはり俺は人を、それも女性を殺したようだ。

 一晩に何人も。


 その事実を自分に刻み込む。


 罪悪感はある。


 でも後悔はない。


 だから、これでいい。 

 

 これは日本人として生まれた俺のけじめだ。人を手にかけることはあっても、戦いに狂ってしまわない様に。

 

「あれ?」


 そこで俺は気付いた。

 俺が一番最初に戦ったあの少女の姿が見当たらないのだ。

 

 防壁の外で戦ったからそのままにされている可能性もあるので、防壁の穴まで移動して俺が戦っていた辺りを見て見るがなにもない。

 

 見逃しがあったのかもしれないと、もう一度村の中に戻って何度か確認しなおす。

 だが俺が探す最初に斬ったはずのあの少女、その遺体は見つからなかった。

 

「もしかして生きてるのか?」


 今思えば顔を斬りつけたとはいえ、浅かったかもしれない。

 少なくとも骨は砕けるくらい深く入ったようにも思うが、人を殺したことなんてないため、どれくらいの傷の深さで人が死ぬかなんて俺にはわからない。

 もしかしたら気を失っていただけなのか。


「まあそれならそれでいいか」


 別に人を殺したいわけではない。

 村を守りたかっただけだ。


 もしかしたら恨みを買ったかもしれないが、人を殺すという事はそう言う事だ。

 覚悟の上である。


 そのことは一旦忘れ、死体の横に戻ってきたことで、また昨日の戦いについて複雑な感情が出てくる。

 

「本当に勝ったのかな……」


 並べられている遺体は殆どが盗賊だ。

 だが、当然こちらの被害がゼロというわけではなく、共に戦った狩猟衆の遺体もある。

 彼女達の顔はよく覚えている。

 サンの村に来てから結構な日数が立っているし、行商に出てからもセツ達のような身内意外とも会話はあった。

 少なくとも、この村の守る全員と世間話程度はしたことがある。


 涙は出ないが、胸が張り裂けそうになる。その程度の関係だ。

 

 今回、不利な戦いで盗賊たちに比べて圧倒的に死者の数が少なくすんだ。

 だからこの戦いは勝利のはずだ。

 そしてこの結果はジークの力によるものだ。

 

「しんどいなー」


 ジークはまさに一騎当千で、たった一人で戦況を塗り替えてしまった。

 もし彼がいなければ、ダグラスにより防壁が破壊された時点で俺たちは詰んでいた。

 なんならダグラス一人に俺達は皆殺しにあっていたかもしれない。

 剣を交えなくてもわかるほどに、あの男は化け物だった。

 

 そんな化け物を倒したジークには英雄という言葉がしっくりくる。

 

「あれが男かー」


 だから想う。

 もしもう一人、ここにいる男が戦士であり……英雄であれば、と。

 

 英雄が一人、一人いれば戦いに勝てる。

 ならば二人ならばどうだったんだろうか。


 彼女達は死なずに済んだんじゃないのか?


「俺が英雄……か」

「英雄?」

「うおあおぉ!?」


 突然現れた声に俺の体が文字通り飛び上がった。

 大地の加護を宿した俺の体は、びっくりしただけでNBA選手も真っ青な垂直飛びを可能にするようだ。


「リタさん……驚かさないでくださいよ」

「こっちのセリフだよ……」

 

 声をかけてきたのはリタだった。

 あまりの俺の驚き様にリタも驚いたらしく、目を真ん丸にしている。

 

 

「なにやってんだい?」

「いや……散歩ですかね?」

「あっそう」

「……」

「……」


 会話が終わってしまった。

 リタは世間話をするつもりはないのか、緊張した面持ちだ。

 

 なぜだろう。例のお誘い逃亡事件直後のような謎の緊張感がある。

 あの時は暫く口もきいてくれなかったが、撃鉄を作る時はどんな武器にするか様々な議論をし、今ではかなり打ち解けたように思う。

 少なくとも日常会話くらいはする程度にはなっているはずだ。

 死が身近なこの世界とはいえ、リタは鍛冶士、戦いで損傷した死体を見て思うところがあるのかもしれない。

 

「リタさんはなにしてるんだんですか?」

「……」


 リタは数秒の沈黙で答えたあと、息を大きく吸い込み、口を開いた。

 

「なあ」


 リタの一言目、口調は重い。

 

「アタイの剣はどうだった?」


 求められたのはリタの剣の感想だった。

 俺達が負ければ自分も殺されるかもしれない。そんな戦場で鍛えてくれた剣は、俺に生きるための力を与えてくれた。

 その感想は当然。

 

「最高でした!」

「そりゃよかった!」

 

 リタはくしゃっと歯を大きく見せるように笑った。

 野性的で、無邪気な、そんな笑顔はとても彼女らしい笑顔だと思った。


「あっ! あのさ!」


 続ける声はどんどん大きな声になっていく。

 

「アタシの鍛冶の腕! 役に立つだろ?!」

「勿論ですよ!」


 こんな鍛冶のための施設がなにもない小さな村で撃鉄を作り出すことができたのは、彼女が火の魔法に愛されているのは勿論のこと、冶金技術の高さゆえだ。


 撃鉄の特徴であるスリットを移動する重りの機構だけはもう完成しており、あとは刃をつけるだけという状態だった。

 俺はその刃のない状態の撃鉄を使って練習していたため、この本番である程度使いこなすことが出来たというわけだ。

 

 そんな、あとは刃だけとはいえ大きな刀身を形作るには、原材料も足りず、行商で回る予定の村に卸す予定の武器を鋳潰して撃鉄は作られた。

 本来、一度鍛えて鋼にした金属を溶かして再利用しようとしても、炭素の量が足りず、まともな鋼にはならない。

 それを炭や火の入れ方は勿論、鎧山羊の血をどれだけ混ぜ、仕上げに俺のマナを吸わせたときにどうなるか計算した上で撃ち合えるだけの鋼に仕上げてくれた。

 

 そんな彼女の鍛冶の腕を今更疑う事などあるわけがなかった。

 

「アタイを! おっおっおお……」

「お?」


「お嫁に!」

「え?!」


「貰ってくれても!!」

「ちょ!」


「……くれたら……」

「……」


「嬉しいん……だけど……」

「……」


 死体の真横で行われた逆プロポーズ。

 相変わらずリタの距離の詰め方はバグっているようだ。

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