47時限目 Dash! Dash!! Dash!!!(1)


 河岸かがん倉庫の見通しは悪く、同じ形の建物ばかりが並ぶ入り組んだ構造だった。辺りに人影はなく、イムドレッドを抱えたシオンはえて最短距離を行かず、西方向に遠回りをしながら進んでいた。


 後ろから迫ってくる追っ手には当然気がついていた。それも含めてダンテは作戦を組んでいた。何人か取り逃がすかもしれないと事前に言われていた通り、二人の後ろからは確かに追ってくる足音が聞こえていた。


「シオン、行けるか」


「……うん、大丈夫だと思う。このまま倉庫街を抜けて森に入ろう。そっちから行けば待ち伏せもないはずだから」


 心配そうに声をかけたイムドレッドにシオンは言った。連日のエレナとの訓練のおかげで体力はついてきている。このスピードで走っていけば、敵に追いつかれることは決してない。


 アカデミアまで逃げられればこちらの勝利。敷地内に入ってしまえば、不法侵入者に気がついた教師たちが対応してくれる。


 脱出までもう少し。


 だが、残念ながら事態はそう上手くはいかなかった。かすかに鳴った虫のような羽ばたき音に、イムドレッドが視線をあげた。案の定、目玉に羽がついたような魔獣がこちらを見ていた。


「使い魔だ! 気がつかれている!」


「まずい!」


 慌てて魔導弾マドアで使い魔を撃ち落としたが、すでに遅かった。居場所が完全に割れてしまい、足音はまっすぐこちらへと向かってくる。


 追いつかれる。

 想定したよりも人数が多く、この倉庫街の構造を熟知じゅくちしている。シオンたちが出ようとした方面へと進んで行く足音も聞こえた。完全に八方ふさがりだった。


(やばい、やばい……!)


 かつてないほどにシオンは焦っていた。

 相手はいずれも手練れの魔導師たち。怪我をしたイムドレッドと自分で戦って、勝てるはずがない。立ち向かえば必ず殺される。その足音は確かに近づいてきていた。


「シオン、どうする?」


「逃げなきゃ。でももう逃げ道が……」


「……じゃあ俺が戦う。あいつらの狙いは俺だ。おろしてくれシオン」


「待って。それじゃダメだ。怪我をした君じゃ勝てない」


「でももう追いつかれるぞ……!」


 イムドレッドが叫んだ。シオンはだらだらと汗を流しながら、必死に考えを巡らせていた。


 どうする、どうする、どうする?


 脚を止めてしまったシオンに、ふいに倉庫から飛び出してきた小さな妖精が鼻の頭に止まった。キキキと猛スピードで飛んできた妖精は、シオンの顔にぎゅっと抱きついた。


「エレナ!」


「なんだこいつ」


「先生の使い魔だよ! ……そうか君がいれば……」


 シオンは辺りを見回した。放棄された倉庫街にはたくさんのものが捨てられている。穴の空いたバケツ。ちぎれたロープ。道具はある。シオンはイムドレッドの手を借りて慌てて準備を整えた。


「何をする気だ?」


「奇襲をかける。イムドレッド、走れそう?」


「さっきよりは大分走れるようになった。でも、相手は組織の手練れだぞ。やれるか?」


「やってみるしかない」


 服を脱いで下着姿になり準備を整えると、シオンは緊張した面持ちでイムドレッドのことを見た。


「僕だってこの一ヶ月頑張ってきたんだから」


「……そっか。じゃあ俺の命、お前に委ねる」


「うん」


 拳をかわして、シオンは持ち場に潜み息を殺した。


(……一か八か。これで仕留める)


 心臓が高鳴る。立ちすくんでいたら何も救えない、ダンテのその言葉を思い出して、シオンは前を見えていた。


 自分の選択で命が左右される。

 後戻りはできない。戦って打ち勝つしかない。シオンは息をのんでその時を待った。


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