オートキャンプ場へ出発

 まだ太陽が昇りきっていない早朝。

 荷物を背負った俺達は街の入り口で待つ。


「ねぇ、まだ来ないの」

「そう焦るなって。楽しみで我慢できないのは分かるけどさ」

「アウトドア馬鹿のあんたと一緒にするな。私は寒いから早く迎えに来てもらいたいだけよ」

「ズボンあるけど?」

「……しょうがないわね今回だけ穿いてあげるわ」

「イズルさん寒いから貸してください、ってお願いすれば渡してやるよ」

「おい、どういうことだ」


 道の脇で折りたたみチェアに座りつつ会話をする。


 今日は仕事による外出ではない。

 かねてよりマイスが連れて行きたい場所があると言っていたので、本日はその約束を果たす為にこうして朝早くから待っているのである。


「寒いので貸してくださいお願いします」

「よかろう。存分に穿くがいい」

「くっ、屈辱で泣きそう」


 ズボンを受け取ったフィネたんは草むらに入りごそごそする。


 普通の男なら興奮する場面だろうが、あいにく俺は性欲も乏しいので興味がない。

 だからこそ彼女も俺と安心して同居しているわけだ。


 正確に言えば乏しいのではなく、無意識下で押さえつけているだけなのだがな。


 ザザの一族はその生業からあらゆる欲を抑制する訓練を受けている。色仕掛けも賄賂も俺達には一切通用しない。

 権力者にとってこれほど恐ろしい存在はいないだろう。

 もちろんそうあるからこそ信頼できるとも言える。


 ズボンを穿いた相棒が草むらから出てきた。


「ごわごわしててダサい」

「文句があるなら今すぐ脱げ」

「脱がない」

「ぬげぇぇえええ!」

「あれは!?」

「え?」


 この小娘、俺を騙すつもりかとも思ったが、本気で驚いているような顔だったので振り返ってみる。


 街から一台の馬車がこちらへと向かっていた。

 だがやけに大きく感じる。いや、実際に大きい。


 車を引くのは黒い二本角の馬。魔物のバイコーンだ。


 通常の二倍以上もある車体はほとんど小屋だ。

 まさかこれは噂に聞く、キャンパーが喉から手が出るほど欲しがる例の……。


 目の前で停止した馬車からマイスが現れる。


「お二人とも待たせたな」

「マイス、これはまさかあれなのか」

「想像しているとおり、キャンピング馬車だ」

「うぉおおおおおおお!!」


 俺は両手を高く掲げ歓喜の咆哮を放った。


 アウトドアの一つの到達点。

 それがキャンピング馬車である。


 大自然に生活空間を創り出しリラックスすることがアウトドアの目的だが、結局のところリラックス度は自宅には敵わない。そこで考えられたのが『じゃあ部屋ごと引っ張っていこうぜ』的な発想から生まれたキャンピング馬車である。


 内部には寝室はもちろん台所も備えられ、これ一台でどこにだって行ける夢の乗り物なのだ。


 ただ、その分値段は非常にお高い。

 今の俺にはまったくもって手が出せない代物だ。


 羨ましい……俺も……欲しい。


「所有している知人がいてな、頼み込んで貸してもらった。これから行く場所はこれがないと逆に目立つからな」

「へぇ、ちゃんと窓まで付いてるんだ」


 フィネたんはさっそく馬車の中に入る。

 遅れて俺も乗り込んだ。


 キャンピング馬車の中はまさに小さな家だ。


 寝床がいくつかあり固定式のコンロまで置いてある。

 おまけに蛇口まで付いていてひねれば水が流れた。

 都会では水道というものが引かれているらしいが、たぶんその仕組みを応用しているのだろう。


「どうだすげぇだろ」

「水はどこからくみ上げてるんだ」

「車体の後ろにタンクがあってそこから引っ張ってる。馬の負担を考慮してあまり載せられないが、節約すれば二、三日は保つはずだ」


 いいなこれ。欲しい。

 俺もキャンピング馬車のオーナーになりたい。


「ここ私の寝床ね!」

「おい、ずるいぞ! そこは俺の場所だ!」

「いや! ここは私が取ったの!」

「どけ!」

「断固断る!!」


 一番大きなベッドをフィネたんに取られてしまった。

 いくら引き剥がそうとしてもすさまじい力でしがみついて離れやしない。


「寝床くらいで喧嘩するなよ。んじゃ、俺は御者をするから好きにくつろいでくれ」


 静かにキャンピング馬車は走り出した。



 △△△



 ごとごと車内が揺れる。窓から見える景色は森だ。

 一時間前は草原が見えていたが、今はなだらかな山道を登っているようだ。


「そろそろ移動に飽きてきたわね」

「いつもは歩きだからな」

「…………」

「…………」


 ベッドで寝転がるフィネたんは仰向けで本を読んでいる。

 日が昇って暖かくなったので今はいつものハーフパンツ姿だ。


 一方の俺はタケを使って釣り竿を作成中。

 今回行く場所には渓流があるらしいので川釣りに挑戦するつもりだ。

 今の時期ならイワナやヤマメが狙い所だろう。


「気になってたんだけど、イズルってどうしてアウトドアが好きなの」


 フィネたんから素朴な質問をされ少し考える。

 そう言えば言ったことなかったか。


「ザザ家で生まれた子供はほとんど外出することができない。あっても訓練の一環で行うサバイバルくらいだ」

「それってどのくらいするの」

「一ヶ月くらいだな。武器も食料も持たされず野山に放り出される」

「はぁ!? じゃあ体一つで一ヶ月も生き抜くってこと!?」


 彼女の過剰な反応に苦笑してしまう。

 普通を知らなかった俺にとってそれこそが普通だったのだ。


「そ、それ以外は何してるのよ」

「屋敷じゃあ勉学と訓練漬けだったな。一般教養を身につけ、殺しのテクニックを身につけ、あらゆる拷問に耐える肉体と精神を養う」


 当時の俺はそのことに何の疑問も抱かなかった。

 指定された相手を殺す事だけが己の存在理由だったのだ。


 そして、いつしか俺は一族で天才と呼ばれるようになっていた。


 欲望も感情も極めて薄く、殺す事のみに特化した殺人兵器。

 一族以外の者は全て動く肉塊に見えていた。


「そんな俺でも楽しみくらいはあった。それが半年に一度のサバイバル訓練だったんだ」

「頭おかしい。なんでそんなので喜べるのよ」

「普通はそうなんだが、俺の場合生活には事欠かなかったんだ。それよりも俺は自然に夢中だった。見たこともない生き物、頬を撫でる風、木の葉のざわめき、この世界には俺の知らないものが沢山あるのだと驚いた」

「それでアウトドアに目覚めたのね」

「いや、まだその時はそれほどじゃなかった」


 俺がアウトドアを知ったのはもっと後。

 あの人との出会いが俺を大きく変えたんだ。


 今ここに俺がいるのは、アウトドアがなんたるかを教えてくれたあの人のおかげだ。


 がくん。車体が大きく揺れる。

 窓から外を覗けば広いどこかの敷地が見えた。


「二人とも、到着したから下りてみろ」


 車内から外に出ると、眩しい日の光に目がくらむ。

 目を慣してはっきり見たそこは、近くに大きな山の見える広大な敷地だった。


 時刻はすでに夕方、空がオレンジ色に染まっている。

 

「ここはオートキャンプ場と呼ばれるアウトドア専用のキャンプ場だ。ほれ、あそこを見てみろ」


 マイスが指さした方向には、数台のキャンピング馬車が停車している。

 噂でそのような場所があるとは聞いていたが、直接この目で見られる日が来るとは。


 少しずつだが世間にアウトドアが広まっている実感を抱く。


 もうすぐ、もうすぐ時代が訪れる。

 俺の望む世界の到来が。


「意外にアウトドアする人っているのね」

「意外とはなんだ意外とは!」

「ひぇ、目が血走ってる」


 侮辱だぞフィネたん。

 アウトドアは至高の概念。今はまだ理解できる人が少ないが、いずれ人口は広がり誰もが当たり前のようにキャンプをする時代が来る。必ずだ。


 マイスは説明を続ける。


「未だ致命的なほど知られていないアウトドアだが、実は貴族の間ではすでに流行の兆しが見え始めている。そこで登場したのがこのオートキャンプ場だ。二人には是非見てもらいたかった」


 オートキャンプ場とはアウトドアをするために整備された有料キャンプ地だ。

 基本的にはキャンピング馬車を持ち込まなくとも利用できる。

 ただ、現在の利用者のほとんどは貴族であり、キャンピング馬車の所有者である為、とてもではないが通常のアウトドアは行えない空気らしい。マイスが馬車を用意したのもその為だ。


「高い料金を支払う代わりに、ここには堅牢な結界が張られていて魔物はいない。おまけに管理棟では腕のいい警備員もいるそうだ。周囲を気にせずのびのびと過ごすにはここはうってつけだろう」

「「へ~」」


 二人揃って返事をする。

 フィネたんは興味のなさからの空返事だろう。

 俺は説明よりも早くキャンプをしたくてそわそわしていた。


「とりあえず食事の準備をするか。寝泊まりは馬車でするからテントは立てなくていいぞ」

「それで何から取りかかればいいの?」

「フィネの嬢ちゃんは食材を切ってくれ、イズルは火おこし、俺はBBQ用の道具を出す」

「「BBQ!!」」


 マイスが下ろした大型の箱から肉や野菜が出てくる。

 噂に聞くクーラーボックスという奴か。ぐぬぬ、俺も欲しい。


 組み立て式のテーブルを出し、早速フィネたんが野菜と肉を切り始めた。


 俺はマイスが用意したグリルに炭を並べて火を付ける。

 ここで焦って炭を盛らないことだ。

 風通しを意識して最初は少なめにする。

 全体に火が回ったところで炭を追加して火力を維持。


「こっちは終わったぞ」

「お疲れさん」


 タープを設置していたマイスが戻ってくる。

 これで突然の雨にも慌てずに済む。


「そろそろ焼くわよ!」

「おおおおっ!」

「いよいよ一日目のキャンプ飯か」


 フィネたんがスライスされた肉を網の上にのせ、さらにキャベツ、タマネギ、シイタケをのせる。

 炭の熱によって肉はじわじわと炙られ表面に脂が浮き出た。

 用意された三人のカップに酒が注がれ配られる。


「「「かんぱ~い!!」」」


 カップを打ち合わせて盛大な夕食を始めた。


「あふあふ、おいひい!」

「星空を見ながらのBBQは最高だな」


 熱々の肉を頬張り酒で流し込む。

 それから満点の星空を見上げると贅沢な気分だ。


 空気が澄んでいて星々が宝石のように瞬く。


 来て良かった、心の底からそう思える。


「イズル、ぼやっとしてると肉がなくなるわよ」

「え、うぉ!? もうそれだけなのか!?」

「ぐふふふ、予算の都合で肉は少なめだ。腹一杯食いたければ油断しないことだな」


 敵となったマイスが箸で次々に肉をつまみ上げる。

 対する俺とフィネたんはフォークで応戦、だが奴の方が動きは速い。


 箸を使う文化圏から来た奴はこのBBQでは怪物だった。


「お楽しみのところ失礼。みたところ食材が足りていない様子、もしよければこちらをもらっていただけないだろうか」


 声に振り返れば品の良さそうな中年の男性がいた。

 後ろには二人の騎士が控え、その両手に大量の食材が抱えられている。


 何かに気が付いたマイスがすぐさまチェアから下りて片膝をついた。


「これはエドモント公爵閣下! まさかこのようなところでお目にかかれるとは!」

「おや、私を知っているのか。君はどこかで……」

「以前王都のアシムラ工房にてご尊顔を拝見させていただいたことがあります。アシムラの弟子と言えばおわかりいただけるかと」


 アシムラ工房はマイスが鍛冶師として修行していた場所だ。

 なんでも相当に有名な鍛冶屋らしく、彼の師匠でもある三代目アシムラ氏はこの国でも指折りの職人だそうだ。


 エドモント公は顔をほころばせて顎の髭を撫でた。


「そうかそうか、あの時の。しかし君がアウトドアをたしなんでいたとは知らなかった」

「独り立ちしてすぐに今の趣味と出会いまして。現在はティアズの街で小さなアウトドア用品店を営んでおります」

「ほぉ、アウトドア用品店とは」

「もしよろしければ開発した道具をお見せいたしましょうか?」

「ぜひ見せてもらおう!」


 すごい食いつきだ。

 だが、彼の気持ちが痛いほどよく分かる。

 アウトドアとは男のロマンなのだから。


 エドモンド公とマイスが会話を始めてしまったので、二人の騎士は俺に押しつけるように食材を渡した。


「閣下のご厚意だ。ありがたく食すように」

「ありがとうございます」

「……その顔どこかで見たような」


 美しい金の長髪をした女性騎士が俺を見て目を細める。

 雰囲気や鎧の装飾の多さから位の高い騎士であることはすぐに分かった。


 思い返す限り彼女に見覚えはない。


 だが、もしかするとザザ家の次男として会ったことがあるかもしれない。


 だとすると不味い。


「気のせいでは?」

「そうだな、失礼した」


 ふぅ、危ない危ない。

 ザザ家の次男がこんなところにいるのは変に勘ぐられる原因になる。

 ただでさえ貴族の間で警戒されている存在だ。正体は伏せておくに限る。


 フィネたんがもらった食材を網の上に置く。


「すっごい良い肉ね。もう焼けたわ」

「こんなに高級な肉は初めてかもしれない」


 揃って口に入れれば自然と笑みを浮かべる。

 口の中で肉がとろけるのだ。

 高級肉とはこうだ、と肉が語っているようだった。


「素晴らしい! 君は天才かね! このような道具が私の目の届かぬ田舎ですでに開発されていたとは!」

「これらはそこにいる彼との共同開発でして……」

「そんなのは関係ない、君はもっと評価されるべきだ。これからアウトドアという概念は大きく広がりを見せるだろう、その時君がこれらの開発者として賞賛されていなければおかしい。世間が許しても私が許さん」

「お、おお……」


 公爵は熱の籠もった語り口調で拳を振るう。

 思わず拍手を送りたくなった。


 その通りだ。アウトドア万歳。


「是非私に君の店の援助をさせてもらいたい。なぁに、金は惜しまん。思うがままに好きなだけアウトドア用品を開発してくれ」

「本当ですか!?」

「ふははははっ! 今宵はともに飲もう!」


 その様子を見つめるフィネたん。


「なんで男ってアウトドアアウトドアって五月蠅いんだろ」

「はぁぁ、まったくもって同感だ」

「「へ?」」


 フィネたんと女性騎士は目を合わせた。


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