暗殺者、タケノコ狩りに行く

 クワを持った俺達は山道を登る。

 先を行くのは籠を背負ったマイスだ。


「よーし、もう一踏ん張りだ! 二人とも頑張れ!」

「足がぱんぱんよ。どこまで歩かせる気なの」

「その調子だと一人前のキャンパーになれないぞ、フィネたん」

「なりたかないわよ! それとフィネアね!」


 ほどなくして俺達は竹林へと到着する。

 目的は春の味覚タケノコ。


 事の発端は昨日。ふらりとウチにやってきたマイスが突然にタケノコ狩りを提案したことだった。

 なんでもえぐみの少ない美味いタケノコを知っているらしいのだ。

 しかも俺もフィネたんもたまたま予定が空いていてタケノコ狩りも未経験。

 以前から興味があったので快く受けることにした(主に俺が)


「ふへぇ、こんなに歩かされるとは思ってなかったわ」

「悪いな。俺もここまで遠いとは考えてなかった」

「ありがと」


 地面に座り込んだ相棒に水筒を渡すと、喉を鳴らしながら勢いよく飲む。

 俺達が休んでいる間にマイスは荷物を下ろして柔軟体操をしていた。


「おいおいこれからだぞ大変なのは。しっかり体をほぐしておけ」

「掘るだけでしょ?」

「甘いぞフィネの嬢ちゃん。ま、詳しい話は林の中に入ってからしてやるよ」


 フィネたんは小首を傾げる。

 俺は予備知識があるのでその難しさは少しだけ知っていた。 


 十分ほど休憩を取ってからそれぞれ籠を背負いクワを握る。


 マイスを先頭に竹林の中へ。

 山は方向感覚が狂いやすいので遭難しないように密集して移動する。


「よーし、この辺りでいいな」

「もうタケノコはあるの?」


 フィネたんの視線が三十センチほどのタケに注がれる。

 間違いなく彼女はアレを目的のタケノコだと考えていた。


 マイスが彼女へ、びしっと指を向ける。


「不正解! アレはタケノコではない!」

「違うの!?」

「あれくらいに成長してしまうと固くて食べられたものじゃない。俺達が探すのは地面から五センチほど顔を出した可愛い赤ん坊だ」

「五センチ……?」


 俺と彼女はぐるりと見渡す。

 ぱっと見ではどこにタケノコがあるのか分からない。


 不意にマイスが動き出し近くの地面を探る。


「見てみろ、ここにあった」

「ほんとだ! ぜんぜん気が付かなかった!」

「俺もだ」


 彼はクワで周りの土を掘り、地面に隠れた本体を露出させる。

 それから根元にクワの歯を立ててえぐるように出した。


 手袋をはめたマイスの右手がタケノコを掴む。


「これをとるんだ」

「思ったより大きいわね」

「見た目だけはな」


 ばりっ、重なった皮を剥がせば細い芯が出てくる。

 これだけしか食べられないのかと驚かされてしまった。


 フィネたんも同様だったらしく驚きに声を上げた。


「すくなっ! これだけ!?」

「最初に赤ん坊と言っただろう、タケノコってのは何枚も何枚も衣に覆われ大切にされているんだ。おまけに食べられるのはほんの僅かな期間、お前達はまずこの隠れた坊や達を見つけなくちゃいけねぇ」

「でも赤ん坊をとるなんて可哀想よね」

「馬鹿野郎。タケがどれだけヤベぇ植物か知らねぇのか。こいつらにゃまともな天敵もいねぇし、成長速度も早く、繁殖力も馬鹿みたいに高い。一度生えると駆除できねぇ悪魔のような植物なんだぞ」

「ひぇ」


 マイスの顔は鬼気迫るようだった。

 雰囲気に飲まれフィネたんが悲鳴を漏らす。


 そう言うがタケは直接害を及ぼすわけでもなく、利用可能な植物でもあるので、そこまで怖がるような存在ではない。

 恐らく彼が伝えたいのは心配しなくともいくらでも生えてくる、だろう。


 ひとまず俺とフィネたんは、マイスの指導を受けつつタケノコをとってみる。


「なんだ簡単じゃない」

「俺はもうコツを覚えたぞ」

「私だって完璧にマスターしたわよ」

「本当かな」


 俺とフィネたんは鶴と虎の構えで火花を散らす。


 なまいきな小娘め、お前ごときが俺に対抗心を燃やすとは。

 いいだろう。ここであの時のクッキーの恨みを晴らしてくれる。

 圧倒的数の差で恐怖に戦くがいい。


 と言うわけで急遽タケノコ勝負が勃発。


 制限時間は一時間、どちらが多くのタケノコをとったかで勝敗が決まる。

 試合開始と同時に俺はあらかじめ目星を付けていたエリアへ走る。


「へへ、掘って掘って掘りまくってやるぜ」


 タケというのは一本一本が独立しているわけではなく、それぞれが地下で繋がっていて林全体が一つの植物なのだ。

 つまりタケの生えている近くにはタケノコがある。

 否、タケノコの生えている近くにタケが生えていると言うべきか。

 まぁこの際どっちでもいい。


 手早く見つけ早々に二つも確保した。

 すでに三つ目のタケノコも見つけている。


 いける。この勝負俺の勝ちだ。


「?」


 視界にキラリと光るものが入り手が止まる。


 ……アレはなんだ?


 吸い寄せられるように足がそちらへと向かう。

 そして、しゃがみ込んでソレをまじまじと見つめた。


 地面からちょこんと金色に輝く何かが出ている。


 好奇心にかきたてられた俺はクワで地面を掘り始めた。


「お、おおおお!」


 それは黄金に輝くタケノコだった。

 心なしか仄かに甘い香りがする。

 この時点で確信した、これはレアものだと。


 がさり。何者かの足音が聞こえる。


 視線を上げて見れば十メートル先に一人の男が立っていた。

 そいつは金の短髪に口元は布マスクで隠し、黒く染められた革の防具を身につけている。両手には長いかぎ爪が着けられ、全身から血の臭いを漂わせていた。


 同業者……だろうか?


「貴様、何者だ」

「お前こそ何者だよ」

「聞いて驚くな。ザザ家の次男、レイブン・ザザだ」

「そうなんだ。俺はイズル、よろしくな」


 今は目の前のタケノコ優先なので適当に返事をする。

 偽物に関わっている時間など俺にはない。


 レイブンと名乗った男は刹那に肉薄し、鋭いかぎ爪を振るう。


 反射的に真横に跳躍した俺は、地面を滑るようにして着地した。

 先ほどまでいた場所のタケが攻撃によって斜めに切断され、勢いよく地面に倒れる。


「今の回避速度を見る限りかなりの実力者。もう一度聞く、貴様何者だ」

「だからイズルだって」

「さてはこのレイブンを狙ったギルドからの刺客か」

「話が通じないのか」


 いきなり攻撃してくるし、話は聞かないし、こいつ面倒だな。

 なんのつもりでザザ家の次男を名乗っているのかは知らないが、タケノコ狩りの邪魔をするなら排除する。


 ほんの一瞬だけ力を出す。


 殺すと血の臭いでフィネたんやマイスに悟られてしまう、なので今回は特別に生かしておいてやろう。

 運が良かったな。お前。


 反応速度を超えた速さで懐へ潜り込み、鳩尾へ拳をめり込ませる。


「飛んでこい!」

「ぶげぇえええっ!?」


 拳を振り切りレイブンを天高くぶっ飛ばす。

 奴は小さくなって空に消えた。


 頑丈なら生きてるだろう。どうでもいいが。


 クワを拾い上げ、黄金のタケノコに集中する。

 見ているだけで顔が緩んでしまった。

 きっとあの二人驚くぞ。今すぐ持って帰るから待ってろよ。


 掘り出して両手で掴んだ。

 光に照らすほどに眩く輝く。


 なんて名前なのだろう。味はどうなのか。中も黄金なのだろうか。

 非常に興味をそそられる。


 その後、俺は黙々とタケノコをとり続けた。





 マイスの元へ戻った俺とフィネたんは互いに籠を下ろす。


「一目瞭然ね。私の勝利」

「ほぉ、予想以上にとってきたな」


 勝利宣言をするフィネたんの籠の中には十個のタケノコがあった。

 マイスも感心したように眺めている。


 対して俺の籠の中は五個。

 思ったよりもあのエリアは少なかった。

 だがしかし、俺には奥の手がある。


「喜ぶのはまだ早いぞ小娘。見るがいい、この黄金に輝くタケノコを」

「そ、それは――眩しい!」


 掲げるタケノコにフィネたんが腕で目を覆う。

 マイスは腰が抜けたように座り込んだ。


「まさか、黄金タケノコを……見つけたのか……」

「偶然な」

「そいつは百年に一度だけ現れると噂されている幻のタケノコ。果実のように甘く柔らかいと聞く。お目にかかれるなんて奇跡だ」


 やはりレアものか。

 だとすればこの勝負俺の勝ちだ。


「勝者、フィネたん!」

「俺が負けただと!?」

「最初に決めただろ、数の勝負だと」

「そうでした」


 愕然とする。

 質の勝負なら勝っていたのに。


「懲りずにまた挑戦するがいい、イズルよ」

「フィネアさん……」


 男前な顔つきでフィネアさんが肩を叩いた。

 心なしか普段の三倍大きく見える。


 漢のあんたに励まされちゃ落ち込んでられねぇよな。来年こそ頑張るとしよう。


 気持ちを切り替え俺達は竹林を出る。

 マイスが近くに知り合いの小屋があると言うのでそちらに移動した。


「どっこいしょっと、手入れしてないからがたついてるな」

「ごほっごほっ、埃っぽいわね」

「小屋って言っても倉庫みたいなものか」


 マイスの開けた扉から小屋の中を覗く。

 中には斧や鉈や荷車などが置かれていた。


 マイスがすすけた小さな円筒形の焼き物を持ってくる。


「それは?」

「七輪って名前の調理器具だ。ちょっとしたことに使えて便利なんだぜ」


 小屋の中から炭も運び出し七輪の中に並べる。

 後はフィネたんにお願いだ。


「フレイムバーナー・低出力」


 彼女の指先から、ぼおおおおっと細い火が出る。

 本来は高火力の強力な魔術だが、炭に火を点けてもらうために最小で行使してもらっている。

 みるみる炭が赤くなり熱を発した。

 そこからさらにマイスは炭を追加して火力を強めにする。


「さて、ここからはとった者だけが味わえる、美味いタケノコの食い方だ」


 マイスは収穫したタケノコを眺め、一番皮の色が薄いものをとった。

 それからナイフで皮を切り裂き中の芯を露出させ、ナイフでスライスしてゆく。


 彼は薄く切ったタケノコを俺達に差し出す。


「アクの少ないタケノコは、掘り出したてともなれば生で食うこともできる。つまりこうやって食べられるのはとった者の特権なんだ」

「あむっ。う~ん、でもやっぱり少しえぐみがあるわね」

「俺は好きだな。食感がいい」


 次に彼はタケノコを七輪に載せた。しかも皮が付いたままだ。

 タケノコの丸焼きとは興味がそそられる。


 ふと、俺は握っている黄金タケノコを思い出した。


「これはどうする?」

「市場で売ればかなりの値段になるそうだが……イズルは幻と呼ばれるタケノコの味を知りたくないか?」

「知りたいに決まってる」


 黄金タケノコも七輪の上に載せた。

 眩く光を反射していた皮がみるみる焦げ付き黒くなってゆく。

 果たしてどれほどの味なのか。期待に胸を膨らませる。


 俺は持ってきていたストレージバッグから折りたたみチェアを出し、タケノコが焼けるまでじっくり待つことにした。


 マイスは串を突き刺して火が通っているか確認する。


「そろそろ良さそうだぞ」

「いよいよね」


 焼け焦げた二つのタケノコ。

 まずは普通の方から。


 マイスがナイフで切れ目を入れて二つに裂いた。


 ふわっ、湯気が昇ると同時に食欲を刺激する香りが漂う。

 しっかり火が通っているようで、二つになった芯からは汁が漏れ出していた。

 視覚だけでもすでに美味い。口の中で唾液が溢れる。


 マイスがナイフで切り分けそれぞれフォークで食した。


「あふっ、はふはふ!」

「こんなに美味いのか……」

「だろ、これは食べなければ損だぞ」


 お次は黄金タケノコ。

 ナイフでさっくり半分に割る。


「おわっ!?」


 マイスが驚いて軽く身を引いた。

 なぜなら大量の汁がしたたり落ちたからだ。

 これには俺も少し驚いた。


 芯の色や大きさは通常とそこまで変らない。

 しかし、浸るほど出ている汁が違いを見せつけていた。


 待ちきれない。食べたい。


 ナイフで切り分けそれぞれが口に入れる。


 噛んだ瞬間、汁がどんどんあふれ出てきて強烈な旨味が脳みそを直撃した。

 甘く、柔らかく、程よく食感がある。こんな食材は今まで食べたことがない。

 ずっと口の中に入れていたい、そんな気分にさせる不思議な珍味。


 お腹いっぱいにスープを飲んだような満足感で俺達は惚けていた。


「今日は……もう食事はできないぜ」

「同感だ」

「私も」


 いつかまた黄金タケノコを食べよう、この日俺達は誓い合った。


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