日向を照らして吸血姫様!

Laurel cLown

Beginning twilight

第1節 別れと始まり


 ――明日風日向あすかぜひなたは「ヴァンパイア」と呼ばれていた。


「お待ちしておりました、日向ひなたお嬢様」


 片田舎の山奥に建つ古めかしい大きな西洋屋敷。

 三月も終わりに差し掛かり、春の日差しが降り注ぐ晴天の朝、燕尾服を纏った初老の紳士が日傘を差して屋敷の玄関前に立っていた。


「お出迎えありがとうございます、ひいらぎ


 屋敷の玄関から茶色い革のスーツケースを手に持った一人の少女が現れる。

 少女の名は明日風日向。

 髪や肌は新雪のように白く、瞳が深紅に輝いているその少女は百年以上続く名家、明日風家の令嬢にして、この屋敷の所有者だった人物。

 柊と呼ばれた初老の紳士は明日風家に仕える執事であった。


「もう準備はよろしいのですかな?」

「大丈夫ですよ。お別れは……きちんと済ませて参りましたから」


 気遣うように尋ねた柊に対して、日向は悲しげな表情を隠して微笑む。


「左様でございますか。しかし、まだ時間はあるのですからもう少しごゆっくりされていても良かったのですが……」

「そんなことをしてしまえばきっと余計に辛くなってしまいます。それに、父と母の形見はこの屋敷だけではありません。最低限ですが、二人との思い出はこちらの鞄に仕舞ってきました」


 日向が持っていたスーツケースを指し示してそう言った。


「承知いたしました。それでは、この柊は敬愛する日向お嬢様の従者として、最後のお仕事をさせていただきましょう」

「ありがとう、柊。あなたは幼くして両親を失った私にとって、もう一人の父のような人でした」

「……ううっ。そのようなお言葉をいただけるとは感無量でございます」


 柊は自らの両目から零れそうになる涙をハンカチで拭う。


「泣かないでください。私まで涙を堪え切れなくなってしまいますから」

「申し訳がございません。それでは、お荷物をお持ちいたします。車のご用意は出来ておりますので今すぐにでも出発は可能でございます」

「柊は仕事が速くて助かりますね。さあ、行きましょうか」


 日向はスーツケースを柊に手渡し、屋敷の門までの道のりを歩いていく。

 柊はそんな彼女の左斜め後ろをついていき、日傘の影に主の身体を隠す。

 それは日向が生まれてからずっと彼が続けてきた仕事だった。

 門を出るまで後一歩のところで日向は歩みを止め、屋敷の方を振り返る。


「さようなら、私の生まれた家。私は今日からあなたの主ではありません」


 日向はそう呟いて家族との思い出が詰まった屋敷に背を向けた。

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