幼なじみが俺の青春を全力で潰しにくるのですが?

黒百合咲夜

第1話 幼なじみが朝から引っ付いてくるのですが?

 朝起きると、ベッドの上に幼なじみがいた。

 何を言ってるんだって思っただろう? 心配しなくていい。俺も思ってる。

 ひとまず状況を整理する時間が欲しい。どうしてこんなことになっているんだ?


「起きた? 翔くんおはよ!」

「彩乃。どうやって部屋に入ってきた? 玄関に鍵、かけてただろう?」

「忘れたの? 私、翔くんのお母さんから鍵を預かってるよ?」


 正確には志乃さんに、な。お前が勝手に持ち出したんだろ?

 さて、そろそろ自己紹介の時間かな? ベッドの中から行うことは許して欲しい。

 俺は和田翔馬わだ しょうま。それで、こいつが幼なじみの青山彩乃あおやま あやのだ。

 和田家と青山家は、いわゆるタウンハウスというやつだ。両親の仲がいいから、俺たちも幼い頃からよく遊んだ。

 俺の親父が和田新一わだ しんいち。おかんが和田智香わだ ともか

 そして、彩乃のお父さんが青山蒼一あおやま そういちさん。お母さんが青山志乃あおやま しのさんだ。

 親父たちは大学の時からずっと四人で行動してきたというのだ。親父と蒼一さんなんて会社まで一緒だしな。

 さて、どうしてこんな説明をしたのかを言おう。志乃さんに我が家の鍵を渡している理由も含めてだ。

 親父とおかんは絶望的に朝に弱いのだ。まともに動けなくなる。そして、蒼一さんと志乃さんは料理が少し苦手だった。

 だから、手間のかからない朝食を志乃さんに作ってもらって一緒に食べ、夕食をおかんが腕によりをかけて作り一緒に食べようという約束をしている。

 朝食を作ってもらうのに、家に入れないと起こしてもらえないから鍵を渡しているのだ。結果、彩乃に悪用されてしまっているが。

 さて、ここまで説明したし、もういいだろう。そろそろ着替えて朝ご飯を食べないと本気で遅刻する。

 彩乃を部屋から追い出し、扉を開けられないように本棚を動かして固める。

 以前、扉を開けて俺の着替えを盗撮しようとしてからこうなった。おかげで朝から余計な体力を使っている。

 高校の制服に着替え、机の上に出しっぱなしにしていた宿題のプリントを鞄に押し込む。扉を塞いでいた本棚を元の位置に戻して部屋を出る。

 階段を降りて一階のリビングに行く。既にみんな揃っていて、志乃さんが作ってくれたトーストを食べていた。

 俺も席に座り、トーストを食べる前に牛乳を飲む。すると、横から彩乃が俺のトーストを掴んだ。食べやすい大きさにちぎって口元まで運んでくる。


「はい、あーん」

「子供か! 高校生にもなってやめろよ恥ずかしい」


 これも毎朝の光景だ。彩乃のあーんを巧みにかわすことが日課になってしまった。

 俺たちの姿を見た蒼一さんが笑いながら言う。


「二人はもうキスとかしたのかい?」

「ぶっ!?」


 そうだよ。たまにこんな頭の悪い質問をしてくるから返答に困る。いや、困らないよ。するわけないもん!

 だが、彩乃が毎度俺の苦労を増やす。


「キス? そんなわけないじゃんいやだなー。私と翔くんは一緒のベッドに入った仲だし」

「あらまぁ~」

「志乃さん違いますから! 彩乃も何言ってんだ!? ベッドに座っただけだろ!」


 おいやめろ。親父もおかんもそんな目で見るな。クックパッドで赤飯のレシピを検索するな。

 これ以上ここにいたらストレスで胃に穴が開きそうだ。さっさと学校に行こう。

 トーストをなるべく早くお腹にねじ込み、お弁当が入った袋を掴む。鞄を背負って玄関に移動し、ローファーを履いて家を出る。


「行ってきまーす」

「あっ、待ってよ翔くん。私も!」

「行ってきます!!」


 急いで道路に飛び出し、学校までの道を全力で走る。俺は五十メートル七秒台だ。そう簡単には追い付けまい。

 最短ルートを駆け抜けて大通りの信号で止まる。さて、ここまで来れば……。


「やっと追い付いた。待ってって言ったのに」


 ぴゃあっ!?

 馬鹿な……俺に追い付いた……だと?

 俺の横には、不機嫌そうに頬を膨らませた彩乃がいる。マジで怖いんだけど。

 信号が青に変わる。再び走り出したかったが、そうもいかない。右腕をガッチリと押さえられてしまったからだ。

 観念して二人で歩く。大通りを抜けると高校までもうすぐだ。生徒たちと遭遇するから、こんな状態の俺たちは嫌でも注目を浴びる。


「ちっ、また翔馬かよ。朝から甘ったりぃ」

「……爆発しろ」


 男子からの怨嗟の声。

 彩乃は、誰にでも優しく接する才色兼備の美少女……で、通っているらしい。

 最初それを聞いたときに思わず「はあっ!?」っと、絶叫してしまったことは想像いただけるだろうか?

 まぁ、黒髪をサイドテールに纏めてキリッとした目元。薄く桃色が差す頬という点だけを見れば、俺もこいつが美少女だとは思う。そう、あくまで内面を見なければ。

 そんな彩乃に腕を押さえられているのだ。どれだけ恨みを買っているかは想像したくない。

 また、男子だけでなく女子からも小さく声が漏れている。


「ねえ見て。またあの二人よ」

「見てるこっちがお腹一杯ね。完全な夫婦じゃない」

「……えへへ」


 なんで照れてるの!? 夫婦認定されて恥ずかしくないの!? 俺はすっごい迷惑なんだけど!?

 だが、俺の耳は聞き逃さなかった。女子たちが俺の噂をしているのを。


「でも、翔馬くんもかっこいいしね」

「青山さんとは付き合ってるのかな? 違うなら、ワンチャン……」


 前から思っていたが、俺もどうやらモテるらしい。"普通の"女子からの好意は、やっぱり嬉しいな~。

 ……背筋が凍りつくような殺気…? ふと横を見ると、彩乃の表情に黒いものが被さっていた。


「困ったね。害虫がたくさんいるよ」


 彩乃さん? 害虫って誰のことでしょう?

 それ以上尋ねることは出来なかった。それ以上はなんというか、二度とこちら側に戻ってこられないような気がしたから……。

 朝から震えながら高校に着いた。だが、この恐怖はまだ始まったばかり。なぜかって? すぐに分かるよ。

 彩乃に捕まったまま教室に入る。この一文で分かったかな?

 俺、こいつと教室同じだもん。

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