第21話 いや、違うんです。捕まえただけなんです。てか、知ってるでしょ?

「「はあ、死ぬかと思った......」」


「大丈夫? とはいえ、もう少し慎重に動いた方がいいかもしれない。相手は私達のことを調べたうえで、罠を張っているような気がするから」


「と言いますけど、私達は犯人を見つけていないんですよ。私達が出来ることとすればもはや釣りぐらいじゃないですか」


「まあ、手っ取り早く解決するならそうするしかないな。そこで俺に一つ提案がある」


 そこで禅が提案した作戦に二人は頷くと行動を開始した。

 といっても、やるべきことは特になく、要するに禅を一人で行動させて他の二人は適当にしていればいいというものだ。


 作戦かどうかと問われれば作戦とは言えないかもしれないが、相手が自分達より上手であるならかかると禅は豪語していた。

 いわば、ギャンブラーの騙し合いの上では負けないということなのだろう。その妙な強気の発言を信じて二人は適当に行動している。


 とはいえ、やはり禅が狙われている以上はずっと放っておくことも出来ずに時折遠くから眺めていたりしている。

 その一方で、禅は普段と変わらないダメ~な生活を送っている。もはやカジノと行きつけの酒場には顔見知りの常連客となっている。


 お金を増やして勝利の美酒で酒を飲んでゲロ吐きながら帰って来ることもあれば、負けて悔しさを紛らわそうと酒を飲んでゲロ吐いて帰って来ることもある。

 要するにゲロ吐いて帰って来るのだ。ここ最近はしっかりとエチケット袋を持参している。とはいえ、毎日エチケットを使用していればエチケットもくそもないのだが。


 そんな生活を数日繰り返したある日、禅とユノ、マユラは再び広めの公園で集まっていた。

 それはこの数日間でおかしなことが起こったかどうか情報を共有するためだ。

 といっても、実際のところ全くもって何もなかった。


「実に平和な数日が続きましたね」


「まあ、相手がこれで引いてくれたなら何よりだがな」


「恐らく警戒されてるんだろうね。あちら側も明らかに誘き出されてるとわかってるから食いつかなかったと考える方が自然かも」


「はあ......これでかからないんじゃ仕方ねぇ。とりあえず、次の作戦を考えるぞ」


 そう禅が告げると一先ずいつもの明日の銭を稼ぎに冒険者ギルドに向かって行く。

 それから数日間も実に平和な日々が続いたとある夜、ついに自体は動いた。


*****


「ふざけた寝顔」


 真夜中のある夜、禅が寝ている部屋を窓越しに遠くから眺める人物が一人。禅の暗殺を目論む少女メルトの姿があった。

 メルトは全身を闇夜に溶け込む真っ黒な衣装に身を包みながら、慎重に決行の準備を行っていた。


「それにしても、あいつは本当に人間なの? 私の罠や毒入りドリンクやらを検証も兼ねてやっていたけど、全部平気で飲む。そして、ケロッとしている。だけど、あいつが唯一状態異常になるのがお酒。とはいえ、たとえお酒を飲みすぎて二日酔いになろうともあそこまでのゲロ製造機にはならないはず......凄い気になる」


 少し変わったことがあるとすれば、仕事にしか興味がなかったメルトが唯一禅という人間なのかゲロ製造機なのかわらない生物に興味を持ったことだ。

 ナイフを刺しても通じない、牛で引かせても通じない、爆破しても通じない、毒でも、火傷でも、麻痺でも、氷でも、腐食でも通じない。

 お酒は通じているようだが、ダメージには至っていないだろう。

 となると、他に通じるものは何なのか、それ以外は全く通じないのか。それが確かめたくて仕方がない。


 そして、それを確かめて通じないとして、どうやったらダメージを入れらるのかがすこぶる気になって仕方がない。

 もはや気持ちとしてはそっちの方が大きいかもしれない。

 故に、今回は見つからないのは前提として、今一度ナイフで、しかも一ミリで傷つければ牛を毒殺できる毒を使ったらどうなるのか検証の意味合いの方が強い。


 メルトは禅が寝ているのを確かめると屋根を飛び降り、宿場に向かって行く。

 鍵はピッキングでどうにかなる。


――――――カチャカチャ......ガチャンッ


 鍵が開いた音だ。そして、慎重に宿の中に入っていくと罠が仕掛けられていないことを確認して二階へと進んでいく。

 二階に上がった時も同じだ。それから、外から見た時の間取りを頭の中でイメージしつつ、禅のいる部屋へをピッキングしていく。


 扉を少し開けると中を見た。どうやら禅は一人部屋のようだ。これは好都合......いや、あからさまに一人なのは不自然か。

 しかし、相手はこちらが全く動いて来ないことに痺れを切らして再び集団で行動し始めたはず。

 それに数日とはいえ、平和な日々を過ごしたことで警戒心が薄れたはずだ。人間いつまでも警戒心を保っておくことは訓練されたものじゃなきゃできないから。


 扉を慎重に丁度体を細くしては入れるぐらいまでに開けると中に侵入した。そして、すぐには動かず改めて中に罠がないか調べる。

 罠類は見つけられない。ということは、完全に警戒を怠っているということか。


「ふざけた寝顔」


 メルトはベッドに近づくと再び禅の顔を見て言葉を吐き捨てる。


「バカお前、あれはどう見てもロールキャベツ男子じゃなくて、肉巻きアスパラ男子だろうが!......んにゃむにゃ.......すーすー」


「びっくりした」


 突然発せられた禅の言葉にメルトは思わずビクッとする。しかし、起きる気配はない。どうやらただの寝言であったようだ。

 それはそれで安心だ。とはいえ、今の寝言は一体どういう意味なのだろうか。もしその内容に返答するとすれば「そんな男はいない」だろう。

 まあ、わざわざ言葉にして言うことではないが。


 メルトは腰から毒塗りの短剣を取り出すと両手で逆手に持ち、心臓に向かって振り下ろした。


「バカ野郎、俺は―――――ただの肉食系だ」


「!?」


 その瞬間、禅が再び寝言を発したかと思うとパチッと目を開けて、メルトを抱きしめるように羽交い絞めにした。

 メルトは驚きのあまり一瞬硬直したが短剣はまだ手の内にある。それを背中へ思いっきり振り下ろした。


―――――カキンッ


「うそ......」


 しかし、それは禅の背中に触れたと同時に弾かれる。とはいえ、それは想定内。問題は即効性の毒であるにもかかわらず、禅がピンピンしていることだ。

 つまりは一ミリも禅の肌に傷つけられていないということだ。


 謀られた。これは完全にこっちが掌で動かしているように見せかけて、実のところ相手に良いように誘き出されていた。

 そう気づいたが時すでに遅し。攻撃も何も全く効かない相手に羽交い絞めにされているのだ。当然、力で拘束を逃れることも出来ない。


 するとその時、禅の部屋から不審な音を聞いたのか扉を勢い良く開けてユノとマユラが入ってきた。

 その服装は戦闘服だ。要するにいよいよ完璧に罠にハマっていたのはこっちのようだ。

 そして、諦めるように脱力すると頭を横に向けてふとユノとマユラを見た。

 その目は汚物を見るような目だ。仕方がない。殺し屋というものはそう言うものだ。後は煮るなり焼くなり好きに――――――


「捕まえるのがどうして羽交い絞め何ですか! この変態ロリコンアフロ!」


「私の知らないところで少女と不貞は許さないよ!」


「いや、俺アフロじゃ―――――ぐわっ!」


 ユノとマユラが飛び込んできたと思うと攻撃したのは仲間の禅の方であった。

 そのことにはメルトも思わず頭に大量の疑問符を浮かべるのは仕方がないことだった。

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