第5話 イベントってお金稼ぎみたいなことあるよね#3

「フォー・オブ・ア・カインドです」


「「ぁ~~~~~~~っ!」」


 ほとんど声にならないような声を上げていた禅とユノは企みを持つマユラが誘った台とは全く違うポーカーの台で、勝手に負けていた。

 その台は別に不正がある台でもなんでもなく、しようと思えば出来るが、とりわけ二人を嵌めようとしていた台ではないので......まあ、大事なことなので二度言うとだけである。


 先ほどまで勝って有頂天になっていた二人の所持金は355万ギル。

 先ほどまでが930万ギルだったので、負けた差額は575万ギルでかなりの負けである。ポーカーで勝負したのは2回なので、それまでにどれだけ賭けているかはダメ人間と駄女神しか知り得ない。


「あ、あの、まだここでやるんですか?」


「だ、大丈夫だ! 負けた。確かに負けたがまだ二回目だ!」


「そうですね! 先ほどの連勝記録を考えればこんなのはちょっとした小さな波よ。こういう時はね、必ずビックウェーブが来るものなんですよ! 運命に女神も少し落ち着けと言ってるんです!」


「女神はお前な」


「あ、あの、目が完全にイっちゃってるんですけど......」


 しかし、ギャンブルが魔性と言われる所以はここにある。

 連続で自分の所持金が増えれば喜ぶ。つまり、幸福を得る。その幸福をまた得ようと賭け金を増やす。それは先ほどの幸福では物足りなくなって、さらに大きな幸福を得たくなるから。増えれば増えるほど幸福の要求が大きくなる。

 しかし、そう上手いことはずっとは続かない。必ずどこかで流れは途絶える。その流れを見極めて引き際を誤らないのが一番だが、少なくともこの二人にはダメな話で。

 負ければ負けるほど先ほどまで得いていた幸福、勝っていた栄光に手を伸ばし、賭け金が少なくてもカジノに借金してお金チップを作り出す。勝って返せばいいだけだからだ。


「ストレートフラッシュです」


「「ひょぉ~~~~~~~~っ」」


 まあ、勝てればの話だが。


「あの、まだやりますか?」


「「やる!」」


「そうですか......」


 マユラは二人の意思表示を確認すると自分のために頑張ってくれている? ことに申し訳なさを感じつつも、自分の目的のために周りのスタッフにチラッと目配せした。

 それは、二人がやっている台を不正台にするためだ。簡単に言えば払え切れないほどの借金を作り出して、逃げようとすれば捕まえ奴隷として売り飛ばす。


 客からお金も巻き上げて、さらに売り出した奴隷を奴隷商が買えばお金が手に入る。カジノ側の損失はほぼゼロに等しい。一石二鳥の最高の計画。それをやろうとしているのだ。

 そして、現在二人は勝手に負けている。これに乗じて適度に勝たせつつ、負け数を多くすれば確実にカモれるはずだ。


「どうしますか? さらにお金を借りますか?」


「「借りる!」」


 ディーラーの言葉に迷いなく答える禅とユノ。その瞳はもはや逆に曇っているとかを感じさせないほど、純粋に汚れて濁ってくすんでいた。

 そして、契約書にサインすると再びお金を借りてリスタート。もう絶対に勝てることのない勝負が始まってしまった。

 二人は泥沼にハマったに等しい。もがけばもがくほど体は沈んでいき、そして二人を狙う刺客になすすべもなく撃たれる。


「また......」


「負けました......」


 そんな未来を知る由もなく、二人は無情にも挑み破れていく。ゲームの負けイベントに何度もコンティニューしてるものだ。しかも、コンティニュー数が増えれば増えるほど自分の首を絞めていることになる。


「おいおい、こんなに負けることってあるか?」


「いや、ないですね。これはもしかして裏があるとか?」


 そう二人が疑い始めたら......


「ツーペアです」


「スリーペア! へっ、実力を出せばこんなもんよ!」


「私も! やはり私は勝負の女神ですね!」


 勝たせるだけ。


「「いぇ~~~~い!」」


 ハイタッチする二人。そんな二人を哀れに見るマユラ。可哀そうに。勝たされているとも知らずに。

 そんなこんなで次々と二人の借金が膨れ上がっていくある時、二人は動いた。


「それじゃあ、そろそろこの辺にしようかな」


「そうですね。結構楽しみましたし」


「え?」


 妙に落ち着いた雰囲気でそういう二人にマユラは思わず声が漏れる。


「(まさか不正が勘づかれた!?)」


 そう思っても仕方ないことで、それだけ二人の態度はまるで大損して借金を作った人とは思えない感じであった。

 そして、二人は揃って告げる。


「「それじゃあ、(私/俺)はトイレに行くんで、あとは(こいつ/この人)が払います」」


「「......ん?」」


 禅とユノは顔を見合わせる。そして、互いが言った言葉について言及する。


「ねぇ、今のどういうこと? ゼンさんは命を張るほどのギャンブラーですよね? 当然、まだ続けますよね?」


「いやいやいや、俺はもうあんな経験はいいから。それよりもトイレって何? え? 女神ってトイレすんの?」


「するわけないですぅー。アレはその.......アレがアレしてアレになったから、アレなんですぅー」


「もうアレしか言ってねぇじゃねぇか」


「なら、あなたはどうなんですか!」


「そりゃあ、おめぇーアレよ。アレしにいくから、ちょっとアレしててと思って。その間にアレしにくから」


「あなたもアレしか言ってないじゃないですか! あ、すいませーん! この人、借金膨らませたままトンズラする気ですー! スタッフ~! 捕まえてスタッフ~!」


「ばっ、コノヤロー! そんなわけねぇだろ! 男がトイレも信用できねぇのか! いいか、どんなダメな男でもトイレと雉を撃ちに行くときは信じなきゃダメだ!」


「どっちも同じ意味じゃないですか! それにあなたは本気で行きたいわけではないってことわかってるんですからね! 私の杖に付与された看破の魔法ですぐに見破れるんですからね! 逃しませんよ!」


「―――――看破の魔法ですか。まさかそのような聖職者でも僅かにしか使えない魔法をあなたが持っているとは驚きだ」


 禅の腰にしがみつくユノとユノの頭を押して引き離そうとする禅の近くに小太りの男が近づいて来る。常にハンカチで額を吹いている男の後ろには屈強な男たちが立っていた。

 その雰囲気に周りにいた客は一斉に逃げ出していく。


「もういい、マユラ。まさかあなたが私を裏切っていたとはね」


「裏切っていた?」


 なんだか急にしゃしゃり出てきた男に二人は疑問を感じながらも一応話の流れに乗っかる。


「この娘は自分の仲間が捕まっているから、その仲間を助けようとカモになりそうな人達を捕まえこいと命じたのです。しかしまあ、本当は仲間などどうでもいいとは......さすがに裏をかかれたが」


「そんなことないよ! 私は本当に知らなくて......でも、連れてきたのはほんとです! だから、仲間を解放してください! 約束は守ったでしょ!?」


 喉から絞り出したような大声。本気で助けるために嵌めたということが伝わってくる。

 先ほどまでのおふざけの空気は一変し、辺りには緊迫した雰囲気が漂う。

 すると、マユラの質問に男は答えた。


「もういないよ。とっくにね」


「.......! う......そ.......」


 マユラは膝から崩れ落ちる。そして、もう希望も失ったように絶望の表情をし、麻痺したように涙を目からこぼしていく。

 その一方で、男は「次はお前の番」と告げ、屈強な男二人をマユラに向かわせた。

 そして、屈強な男二人がマユラに手を伸ばそうとした瞬間―――――――ドンッという音ともにその男二人が他の台を巻き込んで吹き飛んだ。


「なんだお前は......!」


 一瞬にして肉迫し、屈強な男二人を吹き飛ばした禅に向かって小太りの男は思わず手に持ったハンカチを差し向ける。

 それに対し、禅は答えた。


「え、ただのダメ人間ですけど何か?」


 禅に向かってさらに二人の屈強な男が襲い掛かり、同時に腰に差していた剣を引く抜いて斬りかかった。


「危ない!」


 マユラの声が響く。しかし、思わず目を背けたマユラが視線を元に戻すと目の前に堂々と佇む背中に魅入った。

 それは斬りつけた剣が空中で刃こぼれして舞っていて、そして禅が男二人の胸ぐらを掴んでいる状況であったからだ。

 それから、禅は二人をそのまま天井に向かって投げると二人は頭から天井に突っ込み、そのままぶら下がる。


 すると、禅は後ろを振り向き、しゃがむとマユラに告げる。


「安心しろ。仲間は生きてる」


「え?」


 禅が親指で背後を指すといつの間にかユノが両肩を貸して、二人の少女を抱えていた。

 そのことにマユラは思わず目を丸くする。


「まあ、なんだ。あいつが嘘をついていて、それをユノが見破ったんだ。そして、あいつらが勝手にペラペラ放している間に助けに行った。それだけ」


 禅はポンとマユラの頭に手を置くと立ち上がり、小太りの男に視線を向ける。すると、その男は「ひぃっ」と情けない声を上げた。

 その男に禅は近づいていく。


「俺はな、別にこういう事をして金を稼ぐことを悪いとは思わない。結局、上手く生きていくのは頭のいい奴だからな。その結果がこれなんだろう。だから、これだけは言っておく」


「く、来るな......!」


「バカには気をつけろよ。特に俺のような大バカ者にはな!」


 禅はその男の顔面に振りかぶった拳を叩きつける。その瞬間、男は高速で吹き飛び、壁を破壊して大通りを転がった。

 そこにちょこちょこちょことユノが近づいてきて、マイクのように禅の口もとに差し向ける。


「さて、違法カジノをめちゃくちゃにした感想を一言」


「借金がチャラになった。あ、ここのお金って貰って拾ってっていいかな?」

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