2.過過去去

・・・西・・・



 目の前の光景が、過去の他人の視点と、現在の俺の視点とで明滅する。それが終わり、目に映る物が全て後者になった時ようやく、サイコメトリングが終わって現実に帰ってきたのだと自覚した。


 ……状況を整理しよう。

 俺、西住は頭のおかしい知り合いである東雲と一緒に保健室へ向かい、そこで南風原というサイコメトラーに出会った。彼の能力は本物で、俺達は三人で北城という男子生徒の過去の記憶を読み取った。実はその北城も、サイコメトラーだった……。

 状況整理終わり。

「色々聞きたいことがあるけど……南風原。サイコメトラーって人の心読んだりできるの?」

 南風原が、僕の問いかけに肩をビクッと震わせる。何かに怯えるように。

「うん……厳密に言えば、何を考えたかっていうのも記憶の一つだから……で、でもさっき見たように直接触れないとあそこまで詳しくは見れないよ?側に居るだけなら精々、喜怒哀楽が薄っすら分かる程度で……うん、触らなければ、大丈夫だから……」

 東雲が問いを被せる。

「それよりもだな。南風原、あれぐらいはっきりしたサイコメトラーってぽんぽん居るもんなのか?」

「いや、この能力があれば、互いにそれが分かるはずだけど……僕は自分以外のサイコメトラーに会ったことがない」

 東雲が更に問いを被せる。

「更にそれよりもだな。あの二人は……北城と保健医さんは、あの後どうなるんだ?」

 さっき読み取った過去は、北城という男子がサイコメトラーであることを明かした所で終わっていた。あれから、北城と保健医はどうなったのだろうか。

「それは……分からない。けど……」

 南風原がそこで言い淀む。

「けど、なんだよ」

「……多分、あれで終わりなんじゃないかな。あの後北城君がサイコメトリングについて説明して……お互い関わらないようになって、それ以上は何もないと思う……」

 そんな風に呟いて、南風原は目を伏せた。しかし、その通りではどうにも忍びない。なんというか、救いがない。

「ふむ……あれから先の時間を見ることはできないのか?」

「無理だと思う。物が記憶してる時間は短いから……」

「じゃあこのベッド以外の何かが、さっきの続きを記憶してる可能性は?」

「それは、あるかもだけど……勘良いね、東雲君」

「こういうことばっかり考えてたからな」

 東雲が胸を張る。

「何も自慢になってないぞ」

「とにかく……この部屋にある物片っ端から見ていくか。南風原、できるか?」

「できるけど……」

 そこで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「……放課後、保健室に集合」



・・・南・・・



 放課後、東雲君が言ったように保健室の扉を開く。中に人影はなく、どうやら僕が一番乗りらしかった。

 適当な所に腰掛けて、二人を待つ。人を待つのなんていつぶりだろうかなんて考えて、少し胸が高鳴る。

 それと同時に、これからすることを考えて憂鬱感が募る。正直、僕は北城君がどうなったかなんて見たくない。同じサイコメトラーとして、彼が幸せになる所が想像できないからだ。それに皆で彼の過去を見れば、あの二人はサイコメトラーという存在に対して不吉な予感を持つかもしれない……いや、持つに違いない。僕の人生に、心を読まれて嬉しそうにする人間なんか居なかった。

 けれど、僕がサイコメトリングしなければ、それはそれで僕はあの二人との接点を失ってしまう。

 これからの行動は全て慎重に行わなければならない。今の状況は空前絶後、千載一遇のチャンスなのだ。

「ぼっちを……抜け出すための……」

 そう呟くと同時に、再度保健室の扉が開く。不意を突かれ、体がびくりと跳ねる。

「むっ、早いな南風原君」

「おっす」

 入ってきた二人は昼休みと変わらないトーンで話しかけてきた。どうやらさっきの呟きは聞かれてなかったみたいだ。僕はほっと胸をなで下ろす。

「さぁ、三人揃った所で早速サイコメトリングと行こうか。次はどこを調べるべきか……」

「どこでもいいんじゃねぇの?」

「いや、そんなことはない。全ての物体が彼……北城という奴についての記憶を持っているわけではないからな。効率よく、ことを進めるには、なるべく彼についての記憶を保持していそうな物に絞って調べていく必要がある」

 東雲君がサイコメトリングの極意を語る。それは一から十まで事実だった。

「なんでそんなに詳しいの……?」

「いや、それっぽい設定を言ってみただけだ。だがその反応……当たりだったようだな」

「さっきも言ったけど……こういう、くだらないことばっかり考えてる奴なんだ。慣れてくれ」

 東雲君は表情を変えず真顔で、西住君は呆れがちな顔でそう言った。

「……で、さっきのが本当なら、どんなのから調べるのがいいと思う?南風原」

「それは僕にもよく分からないな……」

 嘘だ。思念というのは特に視線に籠る。従って視界によく入る物、つまりカレンダーや時計などからは濃い情報が読み取れることが多い。

 だが、僕はそれを口にしない。二人の前で北城君の顛末を見たくないからだ。

「カレンダーを調べよう」

 東雲君はそう言って、カレンダーに手をやった。

「なんで?」

「思念というのは特に視線に籠る。従って視界によく入る物、つまりカレンダーや時計などからは濃い情報が読み取れることが多い」

「そうなの?」

 西住君が確認の意を持って僕の方を向く。もちろん僕としては肯定するわけにはいかない。

「あ、いや、どうだろう……」

「……こっちはただのお前の妄想みたいだけど?」

「妄想でもなんでも、何らかの仮定を持って行動することは大事だ。それにもしこのカレンダーから北城の記憶が読み取れた場合、その前後の記憶が同じ月の物であるということも同時に分かる。カレンダーを調べるのは期待値が高い」

「それ期待値の使い方あってる?」

 これでもかと的を得た発言を撒き散らしながら東雲君が僕の手を取って、カレンダーの前へ持って行く。

「さぁ、頼んだぞ南風原」

「う、えっと……」

「……どうした?できないのか?」

「い、いや!できるよ。今から、やるよ……」

 それより他はないだろう。理由なくサイコメトリングを渋れば、僕は彼らとの繋がりを失う。

 手のひらとカレンダーの間にあった僅かな隙間を埋める。それに次いで西住君が僕の手首を掴んだ。手のひらに神経を集中させる。何も見えなければいいのに。そんな思いもむなしく、昼休みと同じ感覚が僕らの体を駆け巡った。

 ふわ、と体が浮き上がるような感覚と共に、そのカレンダーに染み付いた残留思念が、腕を通して脳へなだれ込んでくる。



・・・北・・・



 あれから一週間が経った。カレンダーがふと目に入り、そんなことを思う。俺は保健室登校を続け、保健医は同じ保健室に居ながら、何も話しかけてこなくなった。

 当然だろう。俺の人生に、心を読まれて嬉しそうにする奴なんていなかった。俺がサイコメトラーだと知ると、誰しもが俺に恥部を覗かれまいと、傷を抑えるように唇を閉じた。むしろこの保健医は同じ部屋に座っていられる分、マシな人間であると言える。他の奴らと比べて、だが。

 そしてこの保健医の反応は、この状況は俺の望むところだ。心からそう言える。誰も俺に干渉しない。俺から干渉する必要もない。孤独こそが俺の、サイコメトラーの唯一の幸せな生き方なんだと悟っている。

 しかしこの先の記憶は、その孤独が侵される記憶である。

「北城君」

 不意に、保健医が俺の名前を呼んだ。それに反応する前に、彼女は俺の腕を掴んでいた。

「……は?」

 そして集中するまでもなく、俺の意思とは無関係に保健医の脳内の情報が腕を通して流れこんでくる。

 強襲するような記憶の奔流は、俺が腕を振り払うよりも早く俺の脳内を満たし、別世界へ誘う。



・・・・・・



 まず最初に、僕は誰も恨んでいない。

 僕が自殺したと聞けば、「私のせいかも」と自分を責めてしまうようなお人好しに何人か心当たりがあるため、ここにそれを否定しておく。

 あなた達の行動や言葉に、何一つ間違いはなかった。あなた達はいつでも優しく、正しかったし、その優しさに僕は何度も救われた。僕がこんな能力を持っていながら、こんな歳まで生き続けてこられたのはあなた達のおかげだ。本当にありがとう。

 僕をいじめていた人達だって、元はと言えば僕にプライバシーを侵害された被害者だから、僕が恨むのは逆恨みだと思う。多分この文章が読まれている頃、僕はきちんと死んでいると思うので、僕に秘密を知られてしまった人は安心してほしい。

 だから、悪いのは全て僕だ。こんな能力を持って生まれ、その上不器用で、何一つ上手く生きていけない、僕が悪いんだ。

 だから、僕は清々と死にます。

 だから、願わくばこれを読む皆が、清々と生きてくれますように。



・・・北・・・



 地面が揺らいだような浮遊感、両腕をなくしたような虚無感が、その記憶を支配していて、明確な思考はその記憶からは追えなかった。

 ただその中で一枚の紙に書かれた文章が数分、視界の中を渦巻いていた。

 その内心臓の音が激しくなって、文字の輪郭がぼやけてよく読めなくなってくる。そうして何も読めなくなるのと同時に、記憶が薄れ、現実の、自分の視点が戻ってきた。

 彼女の腕が、離されていた。

「私の同級生の……遺書。読んだのはもう十年も前だけど……今でも、こんなにはっきり思い出せる。私の同級生も、あなたと同じサイコメトラーだった」

「だから……何です。それを俺に言って何になるんですか」

 保健医がさっきまで俺の腕を掴んでいた手を上げ、もう片方の自分の手を添えた。そして語り出す。泣きだす寸前のような、震えた声で。

「怖かった……あの遺書を読んだ日から、ずっと。遺書にはああ書いてあったけど、本当は私のせいなんじゃないかって。私が心の底で考えてたことが、彼を苦しめて、追い込んでしまったんじゃないかって……だから、一週間あなたと話せなかった。私と関わることで、また相手を苦しめることになるんじゃないかって……でも、ここで逃げたら、また、私は、また……」

 切れ切れになった声を元に戻すように、保健医は俯いた顔を上げた。

「だから、私があなたを救うまで、側に居させて。恋人でも、別の関係でもなんでもいい。絶対にあなたを見放さない。一人にしないから。忘れないで、あなたには人を信じる権利と、人に信じられる権利があるの」

 瞳は、真っすぐ俺を見据えていた。

「……っ、そういう視線が嫌いだと言った!俺はこれでいいんだ!助けなんて求めてない!大体なんだ、また、またって……あんた俺にその同級生を重ねてるだけだろう!そいつが死んだから俺を代わりにしてるだけだ!あんたの身勝手な自己満足に、俺を使うな!」

 何故か、自分が思っていた以上の大きな声が出た。しかし、保健医は何一つ怯むことはなかった。

「そうかもしれない……いや、そうなんだと思う。私は、彼をあなたに重ねている……でも、それだけじゃない。あなたを救いたいと思ってる心も、きっと本物だから……信じて」

「そんなの、口ではどうとでも……」

「……じゃあ、確かめればいい」

 彼女がもう一度俺の腕を掴もうとする。俺は反射的にそれを避けていた。空に残された彼女の手は、凛とその場に佇んでいる。その様子から、心を読まれることに対する恐れや迷いは微塵も感じられなかった。

 その気になれば、俺はいつでも彼女の手に触れることができた。

「私は、あなたに全部が伝わってしまえばいいと思ってる」

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