第28話 聖女の思惑を×そう!⑥

 どうしてイシイたちが襲撃して来たときに『殺さ』なかったのか。

 

 奴らの命が可哀想だから?


 違う。

 可哀想なのはイシイたちの行為によって犠牲になった命だ。

 奴らは前の世界でいじめの対象を自殺に追い込み、この世界では聖女に協力し手当たり次第に人を傷つけ、仲間であるクラスメイトすら支配下においた。

 ならどうして?


 命を奪うのが悪だから? 法律に違反しているから?


 違う。

 単純な善悪論でいえばむしろ奴らを葬る行為は正義。それにこの国にも法律はあるが、俺のスキルならなんとでもなる。場合によっては奴らを存在ごと消し去ることも可能だ。

 ならば、どうして?

 どうして俺は、奴らを殺さなかった?


「俺はお前を殺したくない」


「はっ、ははっ!! 前もそうやって上から目線の態度をしていたよなあセツカ!! 俺はお前を殺したい。うぜえんだよお前。俺にひれ伏せ。並の親から生まれた凡人はな、存在の価値がぜんぜん無いんだよ!! てめえがでかい顔をするのが許せねええっ。だから聖女に頼んだのさ。どんな苦痛を味わってもいいっ。だから俺の能力をてめえ以上に強くしてくれってな。あの程度で俺があきらめると思ったのかよ!」


「違うんだイシイ」


「何が違うんだクソセツカぁっ!! てっめえ余裕ぶってんじゃねぞぉっ!! この部屋に来たってことは俺の掌の上にわざわざ乗っかってくれたってことなんだからな!! 忘れたのかよ? この空間ごと俺は契約によって縛ってんだよ!! ミカミ、ガネウチ構えろ。打ち合わせ通りにやるぞ。この際人質は巻き込んじまっても構わねえ」


「憐れだな……」


 俺の言葉の意味(・・)は奴らに届かない。

 ミカミはどこからか取り出した弓を構え、ガネウチは皮膚を黒く変色させ硬化させた。

 イシイは二人に守られるようにその背後に立つ。


 どうしてイシイを殺したくないのか。

 考えてもみて欲しい。

 元の世界は欠陥だらけの悲しい世界だった。

 例えば司法制度。大量殺人が発生したとする。

 10人、100人、1000人殺しても裁判で突きつけられる最大の刑罰は、死刑。

 おかしくないか? だって、相手はその何倍もの善人を手にかけ、何人もの希望を踏みにじったのに。

 たった一度死ぬだけでその罪は赦され、犠牲者たちの悲しみは宙に浮かんだままだ。

 これはあの世界の基本的な仕組みの欠陥だった。罪と罰が釣り合っていないのだ。

 だから権力を持つ者が平気で罪から逃げおおせる。善人はひたすら悪人によって被害を被る。

 極悪人にとって、死はむしろ救い。


「やっと気付いた。死で終わらせるのはもったいない」


「一人でぼそぼそ言ってんじゃねえぞコラぁ。状況わかってんのか? ミカミとガネウチは俺のスキルによって大幅に能力が向上してるんだぜ? さらにこの空間を契約操作っ!! セツカの周囲の地面と壁を、こーんなこともできちゃう」


 イシイが手をかざすと、周囲の地面と壁が盛り上がった。

 まるで粘土のように硬い壁がまとわりついてきて、首だけ出した状態で拘束される。 


「もう手を触れることすらしなくていーんだよ。俺が契約するって言えば、そいつは俺のモンなんだからな!! おい馬鹿セツカいい眺めだな? その首だけ出した状態で命ごいしてみろ? その土の壁はスキルを通さない特別製だ。こういうこともあろうかと準備しといたんだよーん。お前は詰んでんだよダボがぁっ!!」


「邪魔だな」


 ■――土の分子を『殺し』て破壊。エネルギーを毀損して吸収。水分子へと作り替えます。


「この壁が何製だって? この通りきれいな水じゃないか?」


 俺を包んでいた土の壁は、水へと変化し地面に流れ落ちる。

 目を見開いて驚いたイシイは、唾を飛ばしながらミカミに対し怒鳴る。


「水になった!? ばっ、ばっ、馬鹿なっ……おいミカミどうなってんだよっ!! あれって聖女が用意した特別な防御壁じゃねえのかよっ!?」


「ぼっ、僕は知らないよ。イシイ、空気を操作す、すればいい。空気を契約して、セツカを窒息させるんだ」


「それだっ!! お前天才じゃねえかミカミっ。死ねセツカぁぁぁあああ!!」


 空気を動かし真空をつくるつもりか。ならば。

 ■――周囲の水分子の分子間結合を『殺し』ます。急激な温度上昇により水蒸気爆発が発生します。


「ぐわっ!?!? け、煙でみえねえ? せ、セツカのやつどうなった? おいガネウチっ!?」


「……動いてねーみたいだな。まだあの場所にいんぜ。イシイ、『契約更新(テスタメント・ネオ)』で俺に魔力集めてくんね? 前に魔力高いやつら殺して集めたやつあるじゃん。あれ使わせてよ?」


「仕方ねぇな。お前が本気出すと辺りに被害が出るからレーネちゃん死んじまうかもな。やりたくなかったけど、しかたねーか。女はまた捕まえればいいしな。今はセツカを殺すべきだぜ。『契約更新』。ガネウチ、魔力送ったぞ!!」


「来た来た。やっべー。これ気持ちいいわー早く殺してぇー」


 ■――全周囲鑑定能力の仕組みを『殺し』再構築。ガネウチの能力を鑑定。現在ガネウチの魔力が100倍に向上しています。

 なるほどな。体を硬化させる能力のガネウチはイシイに魔力をもらって、その能力を何倍にも高めることができるらしい。

 ガネイチは自信たっぷりの様子で俺の目の前に歩いてくる。

 

「前はよくもやってくれたよなあセツカ。てめえ俺がスキル使う前に攻撃してきやがって。今はもう完全武装しちゃったから、もう何も効かないんだなコレが。俺の皮膚は鉄よりも固いし、一発殴れば人間なんて『ボッ』って音を残して無くなっちゃうんだよね。どうしてなのか女の子たちはこの姿の俺を嫌がるんだよねえ。力強すぎてヤル時ぶちぶち壊しちゃうからかな? ぎゃはは!」


「…………楽しいか?」


「あのさあ、前の世界から思ってたけど、そういう態度よくねえぞコラ。そーいや学校でイシイと俺たちを無視すんのはお前ぐらいだったな? 人間としての恐怖心が足りてねえんじゃねーの? だからこういう目に会うんだぞ? お? 今死ぬんだぞ?」


「はぁ」


 こいつは異世界に滞在し、ひとつも進歩していない。むしろ退化している。

 黒変した体はとげとげしい形へと変化し、まるで黒い彫刻のようになったガネウチ。

 人間をやめたわけだな。醜い見た目だ。

 そして続くようにミカミの声が響く。


「ぼ、僕もお願いイシイ。あ、あいつには大変な目にあったんだ。僕も殺したい。矢を撃ち返されて森に置き去りにされたんだ。最低なやつだ!」


「りょーかいだぜミカミ。てめえのスナイピングアローは屋内向けじゃねえが、魔力を増加させれば威力、連射、弾数が増加する。なんだっけ、あの武器と同じぐらいの威力になんだろ?」


「え、M230ー30mm機関砲と同じぐらいだよ。やり方次第でせ、戦車だって壊せる。人間なんか破片になっちゃうさ」


「よくわかんねえが、やれ。『契約更新』だ。ガネウチを援護して、確実にセツカを始末しろよ?」


「ありがとう。きひ、殺してやる。粉々にして外に飾ってやるよ」


 ミカミの奴は、光に包まれた弓を俺に向け気持ち悪く笑っている。

 こいつも進歩できなかったみたいだな。その弓矢はこれまで迷いなく弱者に対し向けられてきたのだろう。


「死ねえっ!!」

「く、くらえセツカ!!」


 ガネウチが殴りかかってきて、ミカミは矢の連射によって攻撃してくる。

 二人とも勝ち誇った顔で、よだれを垂らしそうなアホ顔だな。


 ■――ウルティウス撃破時に『殺し』た、『神の領域』を模造し解除しますか?

 ああ。やってくれ。

 ■――一部解除でことは足りますが、いかがなさいますか?

 ああ。一部の解除で十分だ。これも実験のひとつさ。



 ――バチバチィ!!



 激しい雷が部屋を貫き、壁に大穴が開く。

 じめじめした部屋は構造上から破壊され、天井から岩の塊が降り注いでくる。

 閃光がおさまると、耳障りな叫び声が聞こえてくる。


「ぎゃあぁぁぁああぁあっ!? 俺の、俺のうでがぁあああ!? 俺の両腕が無くなってるぅううう!?」

「あああああぁぁぁっ!? 目が見えない、たすけて、たすけてイシイ!! 目が見えないっ」


 両腕が切断されたガネウチ。

 目に自分の矢が跳ね返り突き刺さったミカミ。

 二人とも痛みで地面をのたうち回っている。

 それを時間が止まったように呆然とながめるイシイ。


 この隙にレーネたちは動き出している。

 捕らえられていたクラスメイトの解放と、この部屋からの脱出の準備を任せる。


「が、ガネウチ……ミカミ……嘘だろ? だって、お前らかなり強くなったはずだぜ? 俺の契約スキルで、お前らの能力は人間を余裕で越えてるはずなんだ」


「なあ、イシイ。これまで他人に迷惑をかけたことに対しどう思う? 死人を出すほど人を追い詰め、いじめたことに対しどう考えている?」


「セツカ……」


 うなだれるイシイ。

 しかし次の瞬間、奴は掌をレーネの方向へと向けたのであった。


「馬鹿がっ!! あっちの世界じゃ俺は金と親の権力でどんな問題も解決してきたんだよ!! それって無実ってことじゃねーか? 違うか? 世の中が俺に対して君は正しいですよって言ってくれてんだよっ。誰が死のうが殺そうがお前にとやかく言われる筋合いなんかねええええ!! こっちの世界じゃなおさらだろうが!? 俺を裁く奴なんていねーんだよアホがぁ!! レーネを契約するっ。そしてセツカ、大好きなお前と同士討ちさせてやるぜええええ!!」


「その言葉を聞けて安心した。お前は俺が裁く」


 ■――スキル発動……『契約更新』スキルの仕組みを『殺し』反転。暴発させます。


 俺のスキルが発動する。

 すると、気の抜けた炭酸が破裂するような音がしてイシイが地面に倒れこんだ。


「んぎぃぃぃいいいいいああああぁぁぁっ!? 腕がぁぁぁああああっ!? い、痛でぇえええっ。いでえよぉっ。やめて、やめてよぉ。セツカ俺が悪かった。腕が破裂しちまったよぉ。こんなに痛いなんて……んぎぎぃ。たすけて、助けてくれよぉ」



 ■――イシイ、ミカミ、ガネウチの記憶領域の障壁を『殺し』解析。犯罪歴を参照。

 ■――転移前世界……婦女暴行24件、暴力行為250件、死体遺毀2件、殺人1件、自殺幇助3件。

 ■――転移後世界……婦女暴行156件、暴力行為312件、死体遺毀40件、殺人63件。



「ゆ、許してくれえセツカ。こっちの世界じゃそんなに悪いことしてねえんだよぉ。俺はこんな世界に来て寂しかったんだ……ほんとは、セツカとも友達になりたいと思ってたんだ。前の世界では少し調子にのってたけど、もうやめるぜ。悪かったと思ってるんだ。女の子たちにも謝ったし、ホントこんなことをするつもりはなかったんだ……そ、そうだよ聖女! 聖女にやれって言われて、仕方なくやってたところが大きかったんだぜ。むしろ俺らも被害者なんだ。こっちで平和に暮らしたいと考えてたのに、いきなり連れてきやがってひどいよなっ? なっ? こ、殺すのだけはやめて……お、お父さんに言ってセツカの親が勤める会社で出世するようにとりはかったりしてやるよ! それに、俺を殺しちゃったら人殺しだぜ?」


 地面に這いつくばり、泥だらけになり、涙をながすイシイ。

 こいつがここまでやるということは、本格的な命の危険を感じ取ったのだろう。

 しかしその言葉の全てが嘘だとは。


「安心しろ、お前たちは殺さない」


「あ、ありがとうセツカ!! や、やっぱお前は友達だぜ!!」




 法律がお前らを裁けないなら。

 お前らの罪は、俺が『殺して』やるよ。





 ■――ヒトの概念を『殺し』ますか?



「あ、あれ、なにしてるんだセツカ? その目……た、たすけてくれるんだよな?」



 ■――『神の領域』を参照。変化にともない三人の内部構造を『殺し』適応化させます。



「あれぁ……せ、セツカぁ……なん、なんだぁこれ、おえは? どうなて、からだ、とけ」

「ぼ、ぼくのからあ、が、も、かんがえられ、な」

「なんだ、こ、れぁ、おえ、がき、えちゃ、うよぉ」






 ■――元には戻せませんがよろしいですか? 

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