第30話 ラストシーン

 西野との口論の直後、滝沢が会田に訊ねた。

「昨日からラストシーンについて色々と話しているんですけどね、どういう感じにすればいいんでしょうか」


「いきなりラストシーンの話か。ラストシーンはな」

 会田は台本をめくり、しばし該当部分を読み込んだ。


 滝沢と西野の口論は、国村里沙が妊娠を打ち明ける舞台序盤の演技を巡ってのもの。それが突然ラストシーンに飛び、会田も困惑していた。そのあと西野がストーカーの話を振り、この話題はこれっきりになった。


 なぜ唐突にラストシーンを持ち出し、すぐに話題を変えたのか。滝沢は映像の中のこの場面にどのような意味を持たせたのか。


 『復讐するは我になし』は会田が書いた脚本を、会田の出演シーンの変更など手直しをし、追悼公演として上演したと滝沢は説明していた。映像の中で会田が読んでいた台本と実際に舞台で演じられた台本は異なるものだ。


―会田の台本に書かれていたラストシーンは飛び降り自殺だったのではないか―


 映像に残された飛び降りる直前の遺言のような会田の叫び。


『分かったよ。俺が邪魔者ってわけだな。いなくなればいいんだな。だけどな、お前だって楽しんでただろ。被害者ヅラするんじゃねえよ!』

 国村里沙に吐き捨てた。

『お前だって誰のおかげで飯が食えてるんだ。えぇ!』

 続けて古山博美に向けて言った。


 聞き流していたが、注意深く聞くと違和感を覚える。


『誰のおかげで飯が食えてるんだ』


 低迷している劇団の女優が、恩を着せられるほどの報酬を受け取っていただろうか。主宰者の女優に向けての発言というより、夫婦喧嘩で夫が妻に浴びせる罵声のようだが『復讐するは我になし』で古山は西野の妻を演じていた。妊娠中に夫の不倫が発覚し、その相手・国村里沙に丸め込まれ、手を組んで夫を追い詰める役だ。


『お前だって楽しんでただろ。被害者ヅラするんじゃねえよ!』


 国村に向けたこの言葉は、役を得るために近寄ってきたにもかかわらず今になって主宰者を糾弾した女優へ怒り、そう捉えていた。しかし不倫相手に向けたものだとしたらどうだろうか。それもまた適当に思える。


 会田のこの言葉は、夫が妻と不倫相手に向けて言った、台本に書かれていたシーンを演じたものだったのではないか。


 しかし実際の舞台にはこのシーンはなかった。西野と古山と国村、そしてその子供たちと奇妙な同居生活が始まる、そこで終演した。子供に見立てた、明らかにそれとわかる人形を抱いているシュールな光景が観客にインパクトを与えた。


 『復讐するは我になし』はその内容も高く評価されたが、江木は会田の書いた脚本が逢友社の低迷を招いたと話していた。初日の公演後、演劇関係者と思しき二人組が滝沢がゴーストライター云々と話していたことも思い出される。あの舞台の脚本を会田が書いたとは考え難い。


 『復讐するは我になし』の脚本は元々滝沢が書いたものではないか。あるいは会田が書いたものに滝沢が大幅に手を加えたか。実際にゴーストライターのようなことをしたのかもしれない。


 当初の脚本では、西野は復讐を誓った不倫相手に追い詰められて飛び降り自殺することになっていた。それを映像の中で会田に演じさせ、死後に書き換えた。



 飛び降りの直前、滝沢が窓を開けて言った『会田さん、あなたはこの劇団の主宰者なんだ。団員の手本にならないといけない。そうでしょう?ちゃんと僕たちに見せてくださいよ』というセリフ。会田に主宰者としての正しい振る舞いを求めたものだと思っていた。しかし本当の狙いは、会田に対し、台本に書かれているラストシーンの手本を見せてくれ、という意味だったのではないか。


 そして『「因果応報」それが今のあなたに相応しい言葉ね』と言う古山のセリフも元の台本にあった、飛び降りのきっかけになったセリフだったのではないか。会田の『そういうことか』というつぶやきは、団員たちの意図を理解した、と捉えることができる。



 稽古場に現れた会田をそれとなくエチュードに巻き込む。次にラストシーンのイメージを訊ねる。『復讐するは我になし』の演出は会田だから、会田の意に沿うものでなければならない。会田に台本を読ませ、そのシーンを頭に入れさせる。

 そしてエチュードのラストに指名し、窓を開ける。最後に古山のセリフできっかけを与えれば、会田は飛び降りの演技をせざるを得ない。それをやって見せたところで、カメラを止めて突き落とす。そして台本を書きかえることで、痕跡を消し去る。全てを映像に残すことで自殺に偽装した。


 これが滝沢が描いた会田殺しのシナリオだ。

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