第1話 父の背中

私が生まれたのは今いる世界とは別の世界。この時の私は世界が自分の住んでいる世界一つだけだと思い込んでいた。父親が吸血鬼なこともあって私は純粋な吸血鬼として当然の如く生まれた。人間と違うことに何の疑問も持たなかったし、その人間とも普通に助け合って暮らしていたのを覚えている。毎朝父の背中を見ながら玄関を出ようとする父に向かって「お父さん、行ってらっしゃい」と言うのが日課だった。

「良い子にしてるんだぞ、カトラ。」

そう言うと父は私の頭を優しく撫でてくれた。



だが…ある日を境に私は何十年という時を孤独に生活することを強いられてしまう…



私の年が100を越えようとしていた時、いつものように仕事に出掛ける父を見送り、自分の部屋に戻ったのだが、戻りかけた直後に遠くから音が聞こえた…

ドンッ、

静寂な森の中に響き渡る銃声のような音。この時の私は、きっと猟銃を持った人間が動物を撃ったのだろうくらいにしか思っていなかった。だが夜遅くになっても父はおろか母の姿も見当たらない。変な違和感を感じながら毛布をかけたのを覚えている。後に現在の夫ことラルスから聞かされた話なのだが、実は私の母親は歴史に名を残す「殺人鬼一家の娘」でその昔に大量虐殺を行ったとされる殺人鬼だったのだと言う。当然最初は信じることなんて出来るはずがなかった…父と同様に優しく微笑んだ顔をいつも向けてくれる母が殺人鬼だなんて信じたくはない。でもラルスの付き人であるクロウからも真実を告げられ、二人の顔に写る罪悪感が全てを察していた。私のために言うべきか迷った末の悲しげな表情だったのだ。あの日父を殺したのは母であり、母は興味本意で父を殺したのだと言う。こうして空白の何十年の謎が一気に解明されたのだった。

続く。

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