第25話 姉妹の観察《北島家の姉妹》

 北島タケルが漫画編集者である仲里咲織と初対面しようとしていたのを、タケルに内緒でこっとり後を追いかけて、見守ろうとしている人物が居た。


 北島涼子と北島佑子の姉2人である。


 タケルが漫画家になると宣言してから、家族関係が一気に良くなっていた。家族で一緒に買い物に行く関係にまで仲良くなっている。すると、北島家の女性陣は親しくなったタケルに対して、今まで以上に過剰なほどの愛を向けるようになった。




 漫画編集者と会う約束を取り付けたという話を聞いた時、少し心配になった母親の良子からの指示で様子を見てきてとお願いされた。ということで、姉2人がタケルを見守ろうと、彼には気付かれないように尾行してきた。


「あそこが、目的地?」

「そのようね」


 佑子が確認するように聞いて、涼子が頷きながら答える。2人は電柱の影に身体を隠して、尾行対象であるタケルが入っていく喫茶店を確認した。家から出て、ここに到着するまで一度もタケルの姿を見失うことなく、彼にバレた様子も無かった。


「いやでも、よくバレなかったね。こんな格好なのに」

「こんな格好?」


 佑子が言うこんな格好、というのは安物のスーツにフェルト製の中折れ帽、更にはサングラスと普段は誰もしないような格好。一昔前、ドラマの探偵がしていたような衣装を真似ているような格好だった。涼子がわざわざ、今回のために用意した物だ。彼女は、この尾行用の変装姿で自信満々だった。


「そりゃあ尾行と言えば、当然この格好でしょ? それにタケル君は、学校の成績は良いし頭も良いけど、意外と抜けてるところがあるから気にしてあげないと。まぁ、そこがまた可愛いんだけど」

「いや、格好については納得できないけどさ。タケルに関しては、まぁ分かる」


 実は周りから少し浮いたような格好で、尾行しているタケルにバレるんじゃないかとヒヤヒヤしていた佑子。


 そんな会話をしている間に、喫茶店の中に入っていったタケル。本日、会う約束をしているという例の人物と対面しているようだった。


 例の人物は、30歳前後の女性である事を涼子と佑子は遠くから目視で確認した。


「彼女。ものすごく、驚いてるわね」

「ホントだ。あの反応、大丈夫なのかよ」


 タケルと顔を合わせて会った女性が驚き声を上げてる姿を見て、心配そうな表情を浮かべる涼子。少し面白そうだとなと、気楽に眺めている佑子。


「あれ、お店に迷惑じゃない? タケルが困らないと良いけどね」

「あ、本当。ちょっと、マズいかもしれないわね」


 2人の視線の先で、女性が大声を出して驚いている。店内にいるお客が、タケルに視線を向けていた。万が一、何かあれば飛び込んで彼を守るつもりで構える2人。


「あ、タケルが自分で解決したみたいね」

「うん。店員と何か話して、下がっていったね。大丈夫そうかな」


 だけど、その状況をタケルが落ち着いた様子で収めたのを見て安心する。さすが、我が弟であると涼子と佑子の2人は自慢したい気持ちだった。


「長くなりそうだから、向かいのファストフード店に移動しない? あそこだったら隠れながら監視を続けられると思うよ」

「それは、良いアイデアね! さっそく行きましょう」


 ハンバーガーを売っているファストフード店が近くにあった。そこの2階の席から見下ろして、喫茶店の窓際に座っている2人の様子が監視できそうだった。


 良さそうな場所を発見した佑子は、お腹も減っていたのでついでにハンバーガーを買って、空腹を満たそうと考えていた。


 空腹については語らず、佑子は姉の涼子に提案する。タケルの監視に夢中になっている涼子は、即座に佑子のアイデアを採用して移動を開始した。何かあれば、彼女は喫茶店に飛び込んで弟を守るという強い決意を抱いていた。




 それから長い時間、タケルと編集者の女性との話し合いをハンバーガーショップで隠れながら、じっくり監視を続けていた涼子と佑子の2人。


 涼子の監視は次第に、相手の女性を嫉妬するような視線に変わっていった。あんなにも、可愛くて凛々しく真剣な表情のタケルを目の前にして、楽しそうに2人が会話している。その相手となっている女性を、彼女は羨ましく思っていた。


「うぅーっ、羨ましい」

「まぁまぁ、姉さん。あの人は所詮、仕事相手だからさ」


 口に出すほど、涼子は羨望する。心配しながら嫉妬をして唸っている姉を、ポテト片手に宥める佑子。妹の方は、最初に相手の女性を確認した時には大丈夫だろうなと冷静に判断していた。あれは明らかに、男性に慣れていない女性の反応だった。今も仕事の話だから、落ち着いて話していられるだけだろう、と佑子は判断している。


 タケルと漫画編集者の話し合いは白熱しているようで、まだまだ続きそうだった。夕方という時刻になって、佑子が席を立った。


「姉さん。私は一足先に家へ帰って、夕飯の支度をしておくから。この後の監視は、任せて大丈夫?」

「もちろん、最後まで問題がないかバッチリ監視を続けるわよ。夕飯の準備お願いね」

「りょ~かい」


 本日の夕食当番は佑子だったので、彼女は先に家へと帰り夕飯の準備をしておく。夕飯の準備をバッチリ終えて、家に居たというアリバイを作る。尾行していたことがタケルにバレないようにするために。


 後を任されて、涼子が1人だけファストフード店に残った。家に帰るまでタケルの監視を続ける。


「ようやく、別れたわね」


 喫茶店から出て、タケルが編集者の女性と別れたのを見届ける。何事もなく2人は別々になっていた。漫画編集者が後からついてくる様子もないので、大丈夫そうだ。疑いも晴れて、監視は終わり。後は、彼が家まで無事に帰るだけ。


「よし。じゃあ、私も先に家へ帰らないと」


 彼が家へ到着する直前を先回りして、涼子も家に帰っていった。





「ただいま」

「おかえりなさい」

「おかえりー、ご飯できてるよ」


 無事、家に帰ってきたタケルを何も知らなかったという風に装いながら迎え入れた涼子と佑子。最後まで彼には何も悟られず、任務を遂行した。


 そして、その結果は姉2人の口から全て母親である良子に報告されて、何事もなく終わった事を知り、良子を安心させるのだった。

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