第14話 これは誰のモノか《北島家》

 知らぬ間に、僕の描いた同人誌がネットの騒動が起こるキッカケとなっているようだった。新しい人生で初めて描いた、あの同人誌の漫画が。


 こんなに注目されるなんて思ってもみなかったから、事実を知った時に僕は本当に驚いた。そして、どうやって対処するべきなのか頭を悩ませる。


 とりあえず、再三にわたりメールで連絡が来ていたから急いで返信だけしておく。学生生活などが忙しかったから気付かなかったとはいえ、委託をお願いしている同人ショップの人からの連絡をずっと無視してしまった。その事を詫びるために、謝りのメールを送った。




 すると向こうから、僕がメールを送った直後すぐ返信が戻ってきた。もしかして、モニターの前でずっと連絡が来るのを待っていたのかもしれない。いや、そんな事はあり得ないと思うが。申し訳ないと思いつつ、メールを開いて内容の確認する。


 要約すると、問題はあったけれども気にする必要はありません、と書かれていた。コチラを気遣ってくれている内容の返信である。向こうも、これほどの反響があると予想していなかったから仕方がない、と言ってくれていた。


 メールの返信が遅れてしまったことに関して、何一つ責められていなかった。それよりも今後の対応について相談したいと、これから先について迅速に話を先に進めてくれていた。まだ僕と契約を続けてくれるらしい。前世だったら、今回のような件を起こしてしまうと、今後の関係を絶たれていたと思う。そう考えると、寛大な処置。


 それからメールのやりとりを何度か繰り返し、話し合った。その結果、先ずもって必要なのが僕の描いたあの同人誌を、追加で印刷するということ。ショップに入荷の問い合わせが殺到していて、大勢の人が手に入れたいと待ち望まれているらしい。


 急いで行動する必要があったので、同人誌の管理から印刷まで全て同人ショップのスタッフに任せることになった。僕の方から、なにかしら金銭を支払うようなことは無いと確認したので大丈夫だろう。


 作者がお金を支払って、印刷してもらい本を作るのが同人活動の基本だとは思う。だが今回は、個人の手では対処できる範囲を超えてしまっているようなので、無責任かもしれないが全てをスタッフにお願いして、全てやってもらう事にした。個人だけでは対処しきれないようだから。どうやら、それほどの反響があったらしい。


 漫画新人賞への応募があるので、あまり同人の方には力を入れて活動するつもりも無かった。だが意図せず、今回の件で多くの注目を集めてしまったようだ。なので、同人ショップ独占で新作の同人誌を制作するという約束を取り付けることになった。


 事態を収拾してもらう代わりの取り引きのようなものだったので、感謝をしつつも仕方なく。だけど新作の漫画を描くと売り出してくれるという約束なので、こちらのメリットが大きい。


 とりあえずは、これで同人誌の問題は一段落できたようだ。後は、同人ショップのスタッフにお願いして問題の解決を待つだけ。


 だと思っていたら、数日後には別の問題が発生することになった。



***



 北島佑子はリビングにあるテーブルに1人で座り、一冊の漫画を読んでいた。




 その本は今日、家に送られてきたモノ。郵便物の宛名には、北島という名字だけが書かれていて、下の名前が記されていなかった。誰宛の郵便物なのか分からないまま配達員の対応をした佑子が受け取って、その中身を確認してみた。


 荷物を空けると、中から出てきたのはエロい漫画本だった。あぁ、コレは姉さんがネットで買ったモノだろうな。そう察した佑子。




 自室に持ち帰って少しだけ堪能してから、その後にリビングで堂々と読んでみた。わざと姉の涼子の目の前で見せつけるようにしながら、エロ漫画を読んでみるというイタズラを仕掛けてやろうと考えた。


 佑子がエロ漫画を読んでいると、リビングに涼子が入ってきた。にやけ顔になってしまいそうなのをグッと抑えて、真顔のまま涼子は姉に声をかける。


「ねぇ。これって、姉さんの?」

「ん? それ? 知らないわよ」

「え?」


 しかし、掲げられたエロ漫画の表紙を目にした涼子は特に慌てた様子もない。姉が見せる薄い反応にアレ? と思った佑子。


「え? ほんとに? 姉さんのじゃないの?」

「違うわよ。というか、リビングで広げちゃダメよ。あの子にそんなモノを見せたら教育に悪いから」

「えー? 姉さんが買ったんじゃないの?」


 もう一度、次女の佑子はエロ漫画を広げて両手に持ち、表紙と裏表紙が見えるまで開いた状態のを長女の涼子に見せつけた。


「だから違うって。佑子が買ったんでしょ? タケル君がリビングに入ってくる前に片付けなさい」

「はーい、分かったよ」


 男の子には目の毒だから、さっさと片付けろと指示される佑子。確かに、この本は弟に見せられないと同意だったので、急いで自分の部屋に持ち帰る。ということは、このエロ漫画本は誰の荷物だったのか。


 佑子は考える。自分が買ったモノではないし、姉が買ったモノでもなかった。と、いうことはつまり残った可能性は1つ。佑子は、母親の存在に思い至った。




 でも彼女は、その考えが腑に落ちなかった。男の子であるタケルが生まれてから、母親は家の中にエロに関するモノを一切持ち込まなくなっていたはず。母親としての威厳を保つために。唯一の息子であるタケルにだけは、エロい母親と思われたくないと言っていたから。


 そんな母親が不用心に、ネットで買ったエロ関係の商品を家で受け取るなんて事はしないだろう。そんな考えがあったから、本人に直接聞いてみた。


「買ってないわよ?」

「え? ホントに?」


 その日の夜、タケルが居ないタイミングを見計らって姉の涼子と妹の佑子、そして母親である真理子まりこ。家族の女たち三人が揃っている場で、母親にエロ漫画を購入したのかどうかを尋ねた。そして、買っていないと否定の返事が戻ってくる。嘘をついている、という様子には見えなかった。


「姉さんも、買ってないんだよね」

「うん。さっきも言ったけど買ってないわよ」


 もう一度、確認のために尋ねた佑子の質問に、首を横に振って買っていないと同じ否定の答えを返す涼子。ならば、このエロ漫画を買ったのは一体、誰なのか。


 北島家には、もう1人の家族がいる。


「じゃ、じゃあ……」

「ということは……?」

「もしかして……」

 

 3人が頭に思い浮かべている人物の名は、一致していた。自分の息子であり、自分たちの弟である男の子の名前が。


 視線が上に向く。3人は無意識のうちに、息子であり弟の部屋がある二階を見上げていた。


「いやいや」

「そんな」

「ありえないわよ」


 そんな筈はない、と自分たちの考えを否定する。まさか、男の子がエロ本を買うだなんて聞いたことが無かったから。特に、あの年頃の男の子は性に関することを嫌う傾向にあるはず。


 それじゃあ、このエロ漫画の持ち主は一体誰なのか? 答えは出てこなかった。

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