2神界狂騒曲


 ―――死神イル、灰となる―――





 年明け早々の神界の司令塔、主柱庁は、大荒れに荒れていた。


「ハリシュ様が行方い不明ですって!?」


「年明けから見当たらないのですって!」


「ハリシュ様が……」


「ハリシュ様が……」




 それは、イルのいる冥府庁でも同じたった。

 上役に当たる、冥界神ハデス様も慌てふためいている始末。

 然もありなん、ハリシュ様のお仕事の主たるは、この神界そのものの運航、運用を指し示す物だからだ。

 彼女の存在その物が、この神界の方針を定める物であり、他に類をみない唯一無二の存在なのだ。


 その事を本人は知らず、神界の最重要機密事項となっている。

 知っているのは、ハデスを含めた幾人かの神々しかいなかった。


「イルよ、そなた暮れにハリシュと忘年会で一緒だったな?何か知らぬか……?」


 その言葉に、酒に酔い酩酊状態の中でのやり取りを思い出す。



 確か………。


『ハリシュ様のサインを頂ければ、今後の励みに成ります』


 そう言って、取り出した黒い革の手帳………ん?手帳?あの場に黒い…革の………手帳………?


 イルは顔を青ざめさせ、そーっと後ろを向き、自身の死神の書のページを捲っていった。


『天寿』『即死』『病死』『事故死』『殺害』………捲って行く、項目別に割り振られた見出しを広げて、そして……………



『死の宣告』



 死神が死の確約を与える、絶対不可避の

『死』――――




 そのページに、彼女ハリシュの名が彼女自身の字で記されていた!!!!





 オワッタ………………。







「イルよ………如何した?」


 低い、それはそれは低くて感情の読めない、威圧に満ちたハデス様の声が執務室に響いた。



「そ………それが………………」


 振り返ったイルは、ハデスの氷よりも冷たい凍える視線を全身で受け止めた。



「如何したかと聞いておるっ!!!」




 上役の凄みに隠しきれぬと洗いざらい打ち明けたイルは、ハデスの逆鱗に触れ塵芥の炎にさらされるのであった。




 死神イルは灰となりて、その魂は一つの任を得るのであった。



 即ち、女神ハリシュの捜索と帰還を促す任を与えられたのであった。








 ――暗黒神、他者に仕事を押し付ける――



 年明け早々発覚した、聖なる導きの女神ハリシュの行方不明事件のお陰で、通常は三人で行っていた新世界の評価表や、新規登用神の評定書にひたすら目を通していた暗黒神ダフネスは、早くも根を挙げていた。


「チマチマチマチマ、だあぁぁっー!!遣ってられるかこんなもん!!」


 そう言うと早々に席を立ち上がり、歩き出していった。


『ダフネス様ぁ~ダメです!まだです!!まだまだです!!』


『全然です!まだまだ、まだまだ沢山有るんですぅ~!!』


 ハリシュの二羽の神鳥、翠のフィールと碧のフュールが、ダフネスの退出を必死に止めよとしていた。


 なれど、たかが神鳥、神の御遣いでしかない二羽に、主柱神の一人である暗黒神の進行を止めることは出来ず………。


 ポーンと、軽く放り投げられてしまった。


『わぁぁぁっ~!!』


『きゃぁぁぁー!!』


 そして暗黒神ダフネスは、執務室を出ていってしまった………。



『ああああっ………』


『あわわわっ………』



『『どうしましょ~ぅ!!』』


 二羽の神鳥は、身を寄せ合い渾身の限り叫んだ。






 神々の勤める主柱庁。

 そのホールでダフネスは、目についた適当な神に声をかけた。

「おい、お前……。」

「は、はいっ!お早う御座います、ダフネス様ぁっ!!」


 ダフネスに捕まった神は、格上相手からのお声掛けにビビりまくりである。


 これが光の最上神であれは、名誉の極み感涙ものだが、今の目の前の相手は、である。

 どんな無理難題を回避不能を吹っ掛けられるのか……戦々恐々の面持ちで彼の二の句を待った。


 主柱庁に勤めるだけあって、勤勉優秀な人材が多い。

 俺がぱっと見で、声をかけても良いと思える人材はが、多い。


 能力的にも、娯楽的にも………………。


「お前、導きの女神の代行をしたいよな?彼女の代わりとなり、手となり足となり彼女が、心置きなく戻れる部署を護りたくて護りたくて、仕方がないよなぁ?」


 にぃーっこり、普段なら見せる事のない爽やかとも言える面持ちで迫ってくる。

 否は、決して言えない程の神力オーラを放ちながら、確りと肩を掴んで迫ってくるのだ………。


 タラタラタラタラ………。


 全身からどっと汗が吹き出し、断る術など決して赦されないこの状況で………………。



「…………はい」




 それしか、答えられなかった私を直属の上司は、赦してくださるでしょうか………?



 その様な中堅の神々が後数名………無理矢理ダフネスに連れ去られ、導きの女神の居た部署へと送り込まれたのだった。





「さて、まぁこれだけ送り込んどきゃどうにか成るだろ………」


 適当に捕まえて放り込んだ格下神々に一瞥をくれると、さっさと部屋を出て、何処かへと去っていってしまった。


「さぁて、ハリシュは何処に消えたんだかな………」



 ニヤリ、暗黒神ダフネスの口元が歪み捜索の気を数多の世界に向けて拡げるのだった。



 転生……なんて、面白そうな事を一人でしているんじゃねぇよ………。



 そして僅かな痕跡を頼りにダフネスは、ハリシュを求めて異空間を跳び続けるのであった。

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