第15話 温泉に行こう

「なぁ、今どこに向かってんだ? 神都はこっちじゃないよな?」

「えぇ、神都ではありません。今向かっているのは『ドーゴ』という街です」

「え!? ドーゴってあの温泉で有名な?」

「そうですよ、クレア。まだ怪我の治りが完全ではないのでね。湯治に行こうと思いまして」

「やったー。私行ってみたかったんだ、温泉」


 クレアはシンを抱えてはしゃいでいる。


「上にも温泉があるんだな。で、そのドーゴって街はどんな所なんだ?」

「そうですね。…………ちょっと変わった街ですかね」

「変わった街?」

「えぇ、独特な文化の街です。変わってはいますが悪い所ではないですし、他の街に比べれば比較的安全でもあります」

「安全? それは使徒とか神人にとってはってことか?」

「いえいえ、ドーゴはそういう身分格差が少ないんです。裏ではありますが、表立ってはね」

「そんな所があるんだな。でも、なんで?」

「ドーゴも神人が治めています。ですが、その神人と一派が他にある様な身分差別を嫌うのです」

「へぇ~、神人の中にそんな奴がいるんだな」

「神人と一口に言っても、全てがムーラの様な奴ばかりではありません。まぁ、多くは残虐性が高く、弱者をいたぶるのが好きな奴ですが」

「なるほどね。で、そいつらはどんな奴なんだ?」

「ドーゴを治めているのは『焔一家』という侠客。焔一家の頭首は先代が次代を直々に指名します。ですから強さと人格を兼ね備えた者が代々受け継ぐ形になっているようですね」

「お前、よくそんなこと知ってるな」

「まぁ、一応は使徒でしたから。色んな情報に触れる機会は多かったんです」


 話しながら歩みを進めていた一行の前に、大きな湖が現れる。


「さて、着きましたよ。あの湖にある島がドーゴです」

「なんか、卵がダメになった感じの臭いがするね」

「確かに」

「ク~ン」


 カミナシンは鼻を押さえてイヤそうな表情を浮かべている。


「仕方ありませんよ。あの湖の全てが温泉ですからね。湖の周囲は硫黄の臭いが強いんです」

「カミナとシンにはキツイんじゃない? 私でもちょっとイヤな気分だもん」

「あぁ、良い気分ではないな。これ、街の中はもっと臭いんじゃねーのか?」

「心配ないですよ。さっきも言った通り、湖の周囲が臭いだけで、街の中に入れば気になるほどの臭いはしません。基本的に」

「なんだ、その基本的にってのは。まぁ、良いや」


 湖の中ほどに浮かぶ島。そこに向けて一本の大きな橋が掛かっている。


「うわ~、大きい橋だね」

「ここがドーゴに渡る唯一の道です。島の周囲は高くて分厚い壁に覆われていますから」


 大きく長い橋を渡ると、これまた大きな門が現れた。


「うわ~、大きな門だね」

「ここがドーゴに入る唯一の問です。島の周囲は高くて分厚い壁に覆われていますから」


(デジャブ。……わざとだよな)


 カミナは二人のやり取りに少々不安を感じた。


「さて、ではチケットを買いましょうか」

「チケット?」

「えぇ、ドーゴは街に入るのにお金が掛かるんです」


 門の側にある窓口。そこにある料金表を見てクレアは驚く。


「えぇ~!! 3000ジールもするの?」

「子供は2000ジールですよ。まぁ、どちらにしても安い金額じゃありませんけどね」

「よかったね、カミナ。ラナさんが多めにくれたからギリギリ払えるよ」

「そうか、ギリか。お前は払えるのか?」

「えぇ、問題なく。それなりに持っていますから」

「…………なんかムカつくな。なんでちょっと得意気に上から目線。ま、良いや」


 入国料を支払い、大門から街の中に入る。そこには何とも艶やかで独特な雰囲気を醸し出す街並みが広がっていた。


「な~んか、オモシロい街だね。建物とかみんなの服とか、他の街では見たことないデザインばっかり。まぁ、そんなに色んな街に行ったことないけど」

「その感覚は合ってますよ。ドーゴはあらゆることが独特ですから」

「…………猿のところに似てるな」

「猿? なんのことです?」

「ん? あぁ、何でもねーよ。で、温泉はどこにあるんだ?」

「そこかしこにあります。どれも良いのですが、前に来た時にお気に入りになった所があるので、そこに行きましょう」


 服装や街並みは確かに独特。しかし、行き交う人々や店には活気があり、笑顔も多く見受けられる。


「ケルノスの言う通り、悪い街じゃないんだな。チケット代は高かったが」

「そうですね。あぁ、言い忘れてましたが、出来るだけ騒ぎは起こさないように」

「なんでだ?」

「そこら中に焔一家の目が光ってますからね。不要な面倒は起こさないに限ります」

「了解。って、別に俺からケンカ売ったりしねーよ。弱い者イジメも好きじゃねーし」

「はは、そうですね。アナタはそういう人でした」


 街を進むにつれ、どんどんと人が多くなっていく。


「お~い、クレア。離れないように気を付けろ……アレ?」


 雑踏を抜けた先で、ふとクレアが居ないことに気付く。


「げ! はぐれたか。こんだけの人の中から見つけるのは大変だな」

「大丈夫です。よっと」


 ケルノスが腕を引くと、雑踏の中からクレアが釣れた。


「こんなことも考えて、クレアの足に糸を巻いておきました。役に立ってなにより」

「あ、ありがとう。でも、もう少し優しくできなかったかな?」

「はっはっは。まぁ、良いじゃないですか。では、行きましょう。この先、もうすぐで目的地です」

(…………この人もアレだわ。気をつけよう)


 少々ゲンナリするクレアだったが、目的の場所に着き、一層テンションが下がる。


「ケルノスさん…………ここ?」

「そうですよ。ここが目的地です」


 他の湯屋とは違いただのプレハブ小屋、あばら屋という表現が一番しっくり来る建物がそこにあった。


「…………他にもいっぱいあったのに、なんでここなの?」

「入ってみれば分かりますよ」


 あばら屋の中には共用スペースがあり、その先に男湯と女湯が分かれている。


「この街は結構安全らしいが、一応気を付けとけよ。なんかあったら大声で叫べばすぐに行くからな」

「うん。わかった」


 服を脱ぎ、さっそく温泉に浸かるカミナとケルノス。


「いや~、癒し」

「そうですね」

「お前がここを選んだ理由はこの景色か」


 目の前には自然が生み出した何とも風情のある絶景が広がっている。


「ここはドーゴの中で一番高くて端にある湯屋なんです。だから他では見られない、この自然の美しい景色を堪能出来るんです」

「確かに、これはわざわざ来る甲斐があるな」


 ケルノスの傷の具合を見るカミナ。


「…………まだ結構だな」

「えぇ、これでも治った方ですよ。一応使徒ですから、怪我の治りは普通の人に比べて早い方なんですが。カミナは全くですね」

「あぁ、俺は基本的にスグ治るからな」

「不死身ってことですか?」

「いやいや、全然。元々傷の治りが早い体だったんだが、修行でそれを高めたんだ」

「修行ですか。それで傷の治りが早くなるものですかね?」

「実際に早くなってるからな。でも、許容量を超える攻撃を受ければケガもするし、治りも遅い。要は重くて速い攻撃を受け続ければ俺もお陀仏ってことさ」

「重くて速いですか」

「まぁ、そんじょそこらの攻撃じゃ、俺の体に傷一つ付けることも出来んよ」


 バシャっと顔にお湯を掛けるカミナ。


「ところで、前に言ってた『選別』とか『後天的な使徒』ってなんだ?」

「あぁ、そうですね。良い機会だから教えておきましょうか」

「おう、頼むわ」

「まず何かしらの能力を持って生まれるか否かは家系です」

「家系?」

「えぇ、親が能力を持っていれば、子供も何かしら能力を持って生まれてくるのが基本です。ただし」

「ただし?」

「どんな能力を持つかは分かりません。戦闘を生業にしている家系に生まれたからといって、必ずしも戦闘向きの能力を持っているとは限りませんし、逆もまた然り。こうした場合、その人は粗雑に扱われることも多いようです」

「ほぉ、能力は人それぞれで違うってことか」

「そういうことです。まぁ、どうあれ非が生まれながらに能力を持つことは無いということ。そして私はもともと非でした」

「あん? でもお前は能力持ってるじゃねーか」

「そうです。そこで出てくるのが『選別』と『洗礼』です」


「なんだ、それは?」

「神都では年に一回、選別というテストが行われます。これをクリアすると洗礼を受けることが出来るようになり、上手く行けば非であっても能力を得ることが出来るのです」

「…………ちょっと待てよ。ならみんな使徒や神人になるんじゃねーのか?」

「……選別のクリア率は約50パーセント。そして洗礼を耐えられるのがその内の5パーセントほど」

「そんなに難しいのか」

「難しいこともですが、問題なのはどちらも落第がそのまま死を意味することです」

「なに!?」

「非として生きることは辛く、生き地獄であることが多い。だから少しでも可能性のある者、命を捨てる覚悟がある者は挑戦します。一縷の望みに賭けてね」

「なるほどな。だから後天的ってことか」

「そうです。ですが、それだけのリスクを冒しても、非が得られる能力は先天的な使徒や神人に及ばないことがほとんど」


 ケルノスの表情は悔しさを滲ませている。


「どれだけ頑張っても、後天的では世界を変えることは出来ないんです」


(お前はなんでそんなリスクを冒して使徒になったんだ? なんて聞くのは野暮だな)


「さて、少しのぼせてしまいました。私は先に出ますね」

(…………まだ色々ありそうだが。お互い様か)


 一方、女湯に入るクレア。


「うわ~! 景色がすごいキレイ。なるほど、これがオススメの理由だったのか~」


 そのまま温泉に浸かろうとするクレアに一人の女性が声を掛ける。


「お嬢ちゃん、先に体を洗うのが決まりだよ」

「あ、そうなの? ごめんなさい」

「こっち来な。洗ってあげるからさ」


 声を掛けたのは年のころ二十歳前後、整った顔立ちに焔色の鮮やかな髪が目を引く、スタイルも抜群な女性だ。


(うわ~、この人のおっぱい大きい。でも太ってるわけじゃないし、憧れるな~)


 なんだかんだでクレアも13歳。いわゆるお年頃なのだ。


「ほら、ここ座んな」

「あ、ありがとうございます」

「な~に、いいって。それと、そんなにかしこまらくて良いよ。裸の付き合いだ、気楽にやろうぜ」


 背中を流してもらうクレア。


「よし、終わり。次はウチの背中を流してくれないかい」


 そう言ってクレアに向けた背中には、衝撃的な光景が浮かんでいるのだった。

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