第13話 臆病な手品師

「さぁ、ぶっ殺してやるぜ」


 満身創痍のケルノス、クレアとラナにも使徒が襲い掛かる。万事休すかと思われた次の瞬間、使徒の体はバラバラに切り裂かれ崩れ落ちた。


「え……え! なにこれ!? どうしたの?」

「こんな状態でもお前たちに殺されるほど弱くはない。あまり見くびられては困る」


 使徒の体を引き裂いたのはケルノスの糸だった。しかし体は限界に近く、その場に座り込んでしまう。


「私はここに置いて行ってください。これ以上アナタ達を守り切る自信はありませんから」

「何を弱気になってんだい。アンタがここに居るって言うんなら、私もここを動かないからね」

「私も」

「嬉しいですが、早く逃げてください。望みだった神殺しもムーラの粉塵に包まれている。あの密度だ、もう生きてないだろう。ほら、早く…………」


 二人に逃げるように促すケルノス。話し終わると同時にムーラの高笑いが聞こえて来た。


「はっはっは! もう死んだな。間違いなく、死んだ。私の粉塵をこれだけ受ければ生きていられるはずが無い。さて…………」


 勝ちを確信したムーラは粉塵を自分の元に戻す。ズタボロになって息絶えているであろうカミナを想像していたムーラの目に、予想外の光景が飛び込む。


「な! 馬鹿な。そんなことがあるはずない! 百歩譲って生きていたとしても、なぜだ? なぜ貴様は無傷なんだーーー!!」


 深く腰を落とし、腹の前で両手を交差させ、カミナは微動だにせずそこに立っている。その姿から感じるのは恐ろしいほどの静けさ、完全なる静寂。


 『神屠暁拳、忍ノ構え(しんとぎょうけん、しのぶのかまえ)』。

あらゆる攻撃を耐え忍ため、持ち得る能力のほぼ全てを自己修復に充てる構え。もともと自己修復能力も抜群に高いカミナが使えば、そんじょそこらの攻撃では傷を付けることすら出来なくなる。


「ふ~っ、忍ノ構えは久々だな。まぁ、このぐらいなら構えなくても問題なかったが」


 余裕を見せるカミナに対し、ムーラは動揺を隠せない。


「さてと。黙って攻撃を受けたおかげで、お前の正体がなんとなく掴めたぜ」

「な、なにを……。貴様の様な奴に、私の何が分かると言うんだ」


 ムーラは最大密度の粉塵をカミナに向けて放った。


「どうだ、もう一切の遊びは無しだ。どんな小細工を使ったか知らんが、これで耐えられる奴なぞ…………!!?」

 

 カミナは攻撃を一切気にすることなく、むしろわざと受ける様にしてムーラに向かい進んでいく。


「なぜだ、なぜ効かない!!?」

「お前も馬鹿の一つ覚えか。神人ってのはネタの引き出しが一つしかねーのか?」


 ズンズン突き進み、カミナはムーラの目の前に立つ。


「た、確かに私の攻撃は貴様に効かないようだ。だ、だが……貴様が私に攻撃出来ないことを忘れたか?」

「最初はお前のカラクリに気付かなかったからな。だが、今は違う」

「な、なにが違うんだ。現にこうして貴様は目の前で手をこまねいてい、る!?」


 ムーラの目の前から消えたカミナは、広場中央にある台座の下に手を伸ばしている。


「終わりにしようぜ、チンケで臆病な手品師さんよ」


 そう言うカミナの手の中には小さなネズミぐらいの人間の様なモノが握られていた。


「ま、まさか。貴様、私の正体を本当に?」

「気付いてるから今こうして捕まえてるんだろ?」

「な、なぜだ。なぜ分かったんだ」

「お前と長々話すのは気が乗らんが、冥土の土産に教えてやるよ」


 カミナは少しづつ手に力を込めながら話を続ける。


「お前の砂鉄? みたいな粉塵を遠隔操作する技術は大したもんだ。殺気の紛れ込ませ方も絶妙、俺も最初は気付けなかった」


 更に力を込めていく。


「真っ黒なローブで黒い粉塵を使って作った人型を入れて操作する。端から見れば不気味で顔の見えない人がそこに居る様に見えるだろう」


 さっきまでの粉塵で出来た傀儡とは違い、カミナの手の中にあるムーラ本体の表情はすこしづつ歪んでいく。


「わざと残虐な処刑パフォーマンスをしたのも上手い手だ。恐怖心を植え付けることで自分をあまり凝視されない状況を作れるからな」


 ムーラの表情はどんどん苦悶に満ちたものになっていく。


「ただ、まぁ、まだまだ殺気の誤魔化しが甘かった。忍ノ構えで集中するとハッキリ分かったぜ。殺気の元が別の所にあることがな」

「ば、馬鹿な……。こ、これに、気付けたのは、エリートの神人……だけなのに」

「エリートだろうが、所詮は神人だろ? 俺の神屠暁拳は神を殺すための拳だ」


「格が違う」


 カミナの圧倒的な力と迫力に、ムーラから抵抗する気力が一切消え失せた。


「さて、本当ならもっと苦しめて殺してやる所だが、そろそろ幕を下ろすぜ」


 力を込め、握りつぶそうとした瞬間、ケルノスの糸がカミナの腕に絡みついた。


「なんの真似だ? ここまで来てやっぱり私もコイツの仲間でした。なんてオチはなしだぜ」

「当然、そんなことはありません。ただ、そいつにはまだ利用価値がある。だから殺すのは待ってくれませんか」

「利用価値?」

「そうです。神人は定期的に自分の管轄する場所から神都に連絡をしなければならない。当然、神人本人がです」

「で?」

「その連絡が取れなくなると、より強い神人が派遣されてくる可能性が高い。だから」

「コイツを生かしたまま操った方が街の平和が続くと」

「その通りです」

「なるほどね……。しかし、コイツが元気になってまた同じようなことをしないとも限らんだろ?」

「その点は大丈夫です。今やタネが丸見えの手品師一人なら」


 そう言うとケルノスは糸で虫かごを作った。さらにムーラ自身も糸でぐるぐる巻きにする。


「この糸は私自身の腕の筋肉繊維です。これを自由に操れるのが私の能力」

「ほう、それが糸の正体か。それにしては強靭な気もするが」

「腕の筋肉繊維だけ、鉄と同じぐらいの強度になっているんです」

「…………なんか中途半端じゃないか?」

「そうですね。私は使徒として能力を持ちましたが、選別に通った後天的な使徒ですから」

「…………後天的だと中途半端になるのか?」

「おや、アナタはその辺りのことをご存知ないのですか。まぁ、長くなるので機会があればその時にでも」


 ムーラを虫かごに放り込み、眺めながら続ける。


「とにかく、この糸は私の意思で動かせます。例え離れている所からでもね。まぁ、緩めるか絞めるかぐらいの簡単な動きだけですが」

「そりゃ、便利だな」

「えぇ。ですから、コイツがまた何か企んでいる素振りを見せたら、街の人から連絡を貰えば……」


 虫かごのムーラに顔を近づけ、語気を強めるケルノス。


「どこに居ても、その糸で即座にキサマを八つ裂きにしてやるからな!」


 ムーラからは一切の生気が失われ、まさに傀儡の様になっている。


「カミナーー!」


 クレアとラナが駆け寄ってくる。


「なんだ、やっぱり来たのか。危ないからって大人しく言うこと聞くとは思ってなかったけどな」

「えへへ、バレてたか」

「只者じゃないとは思ってたけど、まさかムーラを倒しちまうとはね」

「それにしても、よくあの距離をこの時間で追いつけたな」

「さっき地下で話した人が車で送ってくれたの」

「あぁ、そういうことか」


「そうだ! ケルノスさん。地下にいた人たち、みんな美味しいって料理食べてくれたよ」

「…………そうですか、ちゃんと約束を守ってくれたんですね。ありがとうございます」

「あそこの人達はどうするんだい?」

「後で使いの者を送ります。街に帰って来て問題ありません、ご不便をおかけしましたと。それでは、私はこれで」


 ケルノスは虫かごを持ち、宿舎へと去って行った。


「さて、私達も帰ろうかね」

「そうだな」

「そうしよう、私もクタクタだよ」


 ラナの宿に戻り、美味しい料理でお腹を満たしてから眠りにつこうとするカミナとクレア。


「いや~、ドタバタの一日だったね」

「そうだな。しかし、どこに行ってもこんな感じなのか?」

「私もそんなに色んな街に行ったことないから分かんないけど。だいたい似たような感じだと思うよ。特に人がメインの所だとね」

「そうか」

「私たちもそうだったけど、やっぱり殺されるのは怖いから。ガマン出来るならガマンするんだよ。カミナみたいに強い人からするとバカみたいに見えるかも知れないけどさ」


 カミナは返答に困った。仕方ないという事も理解出来る反面、強くなろうとしない、立ち向かおうとしない人に違和感を持っていることも事実だったから。まるで心の中を見透かされた様な気がして言葉を失ったのだ。


「さ、私疲れちゃったからもう寝るね。おやすみ」

「あ、あぁ。おやすみ」


 難しく考える必要はない。自分の行動指針は己の義に従う事のみ。そう再認識し、カミナも眠りにつくのだった。

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