第四話 弟

「あ、お帰りなさい」

「誰!? 新キャラ!?」

 とりあえず顔の修理を終えて御笠博士の家に帰って来ると、男の子が夕飯の準備をしていた。年頃は私達と同じぐらい、だけど前髪が長くて印象には残らない感じだった。悪いけれど私の記憶にはない生徒だ。これで隣のクラスだったりしたら申し訳ないと思いつつ、誰と言ってしまった私に彼はあははとポリポリ頬を掻いて苦笑いをして見せる。

「あー……俺の仕事仲間の弟……ひとし

「へー……あの人の!?」

「あの人の」

 言われて思い浮かぶのはピンク髪、たれ目に眼鏡がチャームポイントの御笠博士だ。

「……夕飯、食べて行くか?」

「あ、うん」

 基本充電で良いって言ってたのは学校なんかの日当たりの良い席にいるからなのか、私のお弁当が食べたくなかったからなのか、それとも定期的に食事ぐらい摂らないと人間であることを忘れてしまうからなのか。どれにしても切ないな、と思いながら私は自家製シーザードレッシングの掛かったサラダを食べる。と。おおお。

「すごーい、仁君何でこんな料理上手いの!?」

「あの姉が料理なんかするわけないだろ」

「あ、あはは……まあ、そういう理由。でも志藤君の方がもっと上手いよ」

 思わずプチトマトを吹きかける。作るんだ……そして美味しいんだ……まあレシピとかインプットすればいいのかな、と私は適当に納得する。それを御笠博士や仁君には振舞ったりするのかな、と思うとちょっとだけ嫉妬しちゃうのは彼女の特権だ。

 思いながら私は志藤君に送られて帰り――


四月四日木曜日 某高校二年一組教室

――の、放課後


「そういやあ月曜日PCのOSアップデートで学校休みだったねえ……」

「連休だねえ……」

 漫研部室さながらに私と友人二人、漫研三人娘と呼ばれる(しかし一人は違う)私たちはたむろしていた。

「ところで悌子、テストはどうだったの? どーせ数学以外は良かったんでしょ?」

「うん、まあ、大体お察しの通りです……」

「進学だっけ。まあいざとなったら悌子なら大丈夫でしょ、こう……ねぇ?」

「……くらえ毒電波」

「ぐはっ」

 頭から黒い雲が湧き雷を落とすイメージをぶつけると、友達はのけぞった。これが演技なのかガチなのか、実のところ私にも解らない。と、ペンタブでも忘れたのか美咲ちゃんが入ってきて、お? と私たちを見た。

 こっちもお? っとなり、まず訊きたいことを聞く。

「先生、国語に赤点っているー?」

「一組にはいないねえ。あ、桂橋は惜しかったねー」

「え、九十九点!?」

「そうそ。百点は一組に一人、二組に二人かな」

「志藤……君?」

「そーそー、よく解ったねえ?」

「そりゃ志藤君の事となったら……ねえ?」

「もはや悌子には……ねぇ?」

「! へーそうかそうか、とうとう桂橋にも春かあ」

「……くらえ毒電波!」

 四方八方に飛んだ雷が三人の頭を痛めつける想像をした。

 ばっちり効いた。


 お風呂あがり、私は自室で飼い猫のトラッXーと遊びながらテレビを見ていた。話題はメカリンピック、各国が自作のロボやアンドロイドを競わせてスポーツマンシップにのっとり? 最強を目指す世界大会だ。

「『これ』のおかげで技術も上がってきてるんだけどねえ……日本は四回連続予選落ちかな?」

 日本の成績はこの四回ほど芳しくない。技術立国日本の時代は過ぎにけり、だ。

「たしかに『これ』のおかけで各国は競ってレベルを上げている」

 突然の志藤君の声に、私は窓の方を向く。

「志藤君。普通にドアから入ってよ……」

 不法侵入? 知らんな。と言う顔で志藤君は続ける。

「だが『これ』は悪党どもの稼ぎ場ともなっている」

 そりゃそーだ、世界大会だもんな。国際レベルで金が動くとなったら悪党は黙っちゃいまい。よくある話だ。だから私はニッと笑う。

「そんなやつら、やっつけちゃえ!」

「ああ、そのつもりだ」

 クールに言ってくれちゃうんだから私の彼氏はマジ格好いい。ニヤリとニヒルな笑いがまた良いのだ。はてしかし。

「志藤君、なんだってうちに?」

 まさか選手宣誓のためではあるまい。

 ごにょ、と口ごもる志藤君に首を傾げると、すいっと一枚の長方形の紙が渡された。よく見るマークはメカリンピックのもの。そこには四月六日土曜日の日付の入った、チケットだった。

「何々、デートのお誘い?」

「その、礼子……仁の姉がな、せっかくだからってな……」

「せっかく?」

「ついでだ。『あくまで』仕事の『ついで』だ」

 照れているらしい志藤君は可愛い。私は土曜日を待ち遠しく思いながら、チケットを受け取った。


四月五日金曜日 某高校二年一組教室

――の、放課後


 二年一組六番 桂橋悌子

 国語九十九点、数学三十五点、英語八十二点、公民八十点、化学九十一点。

 家庭科七十二点、保健八十三点、体育八十五点。

 クラス五位、全体二十九位。


「あんたって本当、数学以外で稼いでるねえ……斑がありすぎる」

 教室の隅、志藤君の席には人が群がっていた。

「すげー、オール百点でいきなり一位かよ!」

「あーでも、一位はまずいかもね」

 私も彼氏の偉業に浸らずそこは引き締める。

菊園院きくえんいんさん……」

 と、突如教室に花吹雪が舞った。そして開いた自動ドアから赤い絨毯が広げられてくる。その絨毯の上を一人の少女が歩いてくる。気の強そうな吊り目に、まっすぐ伸ばしたワンレングス。絨毯はそこのけとばかりに志藤君に向かっていた。多分最近開発された指向性絨毯って奴だろう。それをたかが高校に持ち歩くのが、現在の日本のトップクラス企業、菊園院グループの会長令嬢である、菊園院まどか嬢である。

「菊園院だ……気を付けろよ志藤」

 言い残して志藤君の周りにいた人々は去って行っていった。友情って儚い。

「あなたが天才転校生の志藤信二君かしら」

 人を見下ろすのに慣れた言葉使いに動じることなく志藤君は答えた。

「天才かどうかは知らんが、志藤は俺だ」

「全教科満点なんてどんな勉強をなさったのかしら」

「いや、特にしていない……」

 そりゃそーだ。サイボーグの記憶力、ナメちゃいけない。漫画オタの私は意味もなく鼻から息を吐く。でもそんなこと知ったこっちゃない菊園院さんは、

「極秘と言うことね……まぁ良いですわ」

 くるりと踵を返して。

 不穏な言葉を落としていった。

「次は……負けませんわ」


「やべーぞ志藤。入学からずっと一位張ってきた菊園院まどかのプライドを傷つけた」

「次のテストでは適度に手ぇ抜いてやれ、一度でも自分よりいい点数取った奴には超粘着質だから」

「ああ……?」

 志藤君は、胡乱げに頷いた。でもほぼ自動筆記に近い志藤君は『手を抜く』と言うことは出来ないだろうなあ、とも思っていた。

 私の彼氏はすごいけど、ちょっと厄介だ。こういう時は。


四月六日土曜日 御笠宅前


「はぁ、はぁ……間に合った……?」

「いやこれから出る所だからタイミングは良いが……どうしたんだその大荷物」

「女の子にはいろいろあるの!」

「姉さんほぼ手ぶらなんだけど」

 え、と私は御笠博士を見る。

「ん?」

 本当に手ぶらだった。

「…………」

「…………」

「何、どうかした?」

「何でもないです……」

 その手ぶらな人の危険な運転で飛行場に着き。

「んじゃこれから香港行くよー」

「わーい……って香港!?」

「どうした?」

「遠出なのはわかってたけど香港なの!?」

「今年の会場は香港だとテレビがしきりに中華街を映していたと思うが……」

「てっきり中華街でやるのかと……」

「アホか」

「うう。言い返せない。さすが学年トップ」

「それは関係ないだろう……」

 彼氏にあきれられるのはちょっと辛い。それより。

「私パスポートなんか持ってないよ?」

「ああ、それなら心配しなくて良いよ。自家用機で行くから」

 桜の代紋が入った飛行機が入って来るのが、空港の窓から見えた。

 自家用機って言うのか、それ。


 香港に着いてみると各国のメカニックたちがせっせと自国のロボを整備していた。ほあー、と入口に並ぼうとすると、志藤君に手を引っ張られる。

「おい。そっちじゃないぞ」

「え、だって入口はこっちって」

「俺達は仕事で来たんだ」

「うん、裏であくどいことしてる人たちをやっつけるんだよね」

「だから、入口はこっちだ」

 裏口のような方向に連れられて行く。

 分かりやすく『闇メカリンピック会場入り口』と書いていた。

「えっ? あんたらが日本の……ま、まあがんばれや」

 黒服の人に謎に勇気づけられ、中に入っていく。その際チケット確認として志藤君にもらったチケットを渡したら、何かのライトでスキャンされたようだった。正規チケットにはない細工がしてあるんだろう。大荷物は飛行機からホテルに置いてきたから、手軽なものだった。元々手軽な志藤君や御笠博士みたいな人もいるけれど。

 中はまさに『ミナミの帝王』の世界で、悪役商会ファンの私としては正直ときめかないではなかったけど、そんな場合でないのもちゃんと解っていたから、なるべく顔を引き締めた。三分で疲れた。

 とりあえずは日本代表としての潜入が成功し、各々が席に着くと突然会場の明かりが落とされ、リングの中央にスポットライトが当たった。どうやら司会が現れたらしい。第十三回闇メカリンピックの始まりだ。

 出場国はあらかじめ予選を受けているらしく、アメリカ、フランス、香港、日本と言った様子だった。スクリーンに映し出されるスコアはまだみんな零点。

「で、どうやってしょっ引くの?」

 日本語で志藤君に訊ねてみると、ああ、と彼は頷く。

「とりあえず取引の現場を押さえ……」

 とそこに、金塊の山が商品として公開される。小さな国なら一年分の予算になりそうだった。準備をするのは開催国だから、それだけ自国のロボットに自信があるんだろうけれど――。

「る、つもりだったけど、ついでに優勝してアレも持ち帰ろう」

 金に目が眩んだ御笠博士の割り込みにより、そうなってしまったらしい。はぁっと志藤君はため息を吐いたけど、あのキンキラキンに堪えられる人間はちょっと少ない、私に然り。お恥ずかしながらよだれが。じゅるり。満漢全席とか食べられるかな、あれで。

「ちょっと待て、優勝しないと、出場しないと、アレは貰えないんだぞ」

「うん、分かってるよ、出るよ……」

 なんか嫌な予感がしたのか志藤君が後ずさる。

「だ……誰が」

「ロボだよ? あんたしかいないじゃん。大丈夫だよ修理用の設備や道具は持ち込んであるし、優秀なスタッフたちもいるからね」

 警察にあるまじき行いだ。思いながらも志藤君は頭を押さえている。私はその背中をポンポンと叩いた。頑張って、最年少刑事。

「まあシドーちゃんの性能確認もしたいところだしさあ、こういうガチな所は良いと思うのよ」

「嘘を吐く……ぐはっ」

 当て身を受けて(多分緊急休眠装置があるんだろう)ぐったりした志藤君をよそに、開会式は始まりまずは香港とフランスのバトリングが始まろうとしていた。

 香港のロボットは志藤君みたいな人間型で、おっとりとした目をしてた。

 それと志藤君の目が合った、ような気がするのは、気のせいだろうか。

「志藤君?」

「いや……なんだか……」

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