第29話 右手が締め付けられるように痛くなった


「わかった、お前を俺の弟子にしてやる」


「あ、ありがてええぇ!」


 男は感激したのか、涙に加えて鼻水まで出しながらまた土下座してきた。なんか好奇の視線を感じると思ったら、いつの間にか結構客が入ってたんだな……。


「おい、別の場所行くぞ」


「へい!」


 男を連れて人通りの少ない路地裏に出る。


「あ、貴方様のこと、あっしはなんて呼べば……」


「真壁でいい。貴方様はやめろ」


「あ、へえ、それじゃ真壁兄貴と呼びやす!」


「……それでいい。そうだ、お前はなんて言う名前なんだ?」


「コージと呼んでくだせえ!」


「ああ、コージ。弟子にするといったが、条件がある」


「条件? なんでやんすか?」


「まず、お前から一番大事なお宝を奪ってやる……」


「……え……」


 男の顔に恐怖の色が滲むのも無理はあるまい。こいつは俺に対し、それだけのオーラを感じていたわけだからな。


「なあに、心配するな。すぐ返す……」


 俺の言葉に嘘はない。この男の忠誠心を試すためだ。


「……わ、わかりやした。真壁兄貴、どうぞ……」


 男は観念したらしく、正座して目をしっかりと瞑った。凄く怖がってて失笑しそうになったが我慢する。


「いくぞ……」


「へ、へい!」


 こいつの一番大事なお宝は、命か、金か、それともほかのものか……今それが明らかになる……。


「……」


 ん? なんだこりゃ。俺の手元にはがあった。骨董品の店にいくらでもありそうなものだ。こんなものがこいつの一番大事なものだと……?


 開けてみると、物悲しい音楽が流れてきた。確かに良い音色だが、なんでこんなものが……。


「……あ、あ……」


 オルゴールの音色につられたのか、コージが目を見開いていた。


「悪かったな。返すよ」


 手袋を使うまでもなかった。


「あ、ありがてえ。さすがは大盗賊さんだ。あっしが一番大事にしてあるものを盗られちまうなんて……」


「……なんでそんなものが……っと、失礼だったな」


「いや、そう思われても当然でやんす。こいつはあっしの子供の宝物でして……」


「……そうだったのか」


「へい。ダンジョンで死ぬ前にあっしにくれた宝物でやんす……」


「……」


 照れ臭そうにしつつも、まるで我が子のようにオルゴールを抱きしめるコージを見て、何故か手袋をつけた右手が締め付けられるように痛くなった。




 ◇◇◇




 コージが秘密のアジトに案内してくれるってことで、俺たちは路地裏を抜けてそこに向かっていた。目的地には情報屋の仲間がいて、宿泊も兼ててさらに食事も出るっていうから、そんな上手い話はあるのかと思ったが、例の件もあってこの男は充分信用できると思ったからな。


「もうすぐでやんす」


「ああ……」


 ……って、なんかこの辺、見たことあるような……。


 確か、館花理沙に告白された場所だったか。しかしこの辺に宿泊できるようなところなんてあったっけ? シャッター通りほど過疎ってるわけじゃないが、潰れかけの店も目立つからな……。


 まさか、ホームレス特有の段ボールハウスじゃないだろうな。んで食事はゴミ箱の中にある残飯とか……。さすがにまたああいう生活に戻るのは御免被るが……。


「――真壁兄貴、着きやしたぜ!」


「え、ここは……」


「どうしやした?」


 そこは、理沙から逃げるために入ったことのある、例の駄菓子屋だった……。


「あ! また来たね!? こんの糞泥棒!」


「ひ、ひいぃ! なんで鬼婆がいるでやんすか……。最近腰が悪くて店は六さんに任せてるって聞いてたのに……」


 あの婆さんの登場でコージが俺の後ろに隠れる。それじゃ、もしかしてコージの仲間って六さんか? そういや新聞記者だったよな……。


「腰は回復したんだよ! そこにいる真壁君のおかげさ!」


 ……俺、何かしたっけ?


「真壁兄貴……鬼婆の知り合いだったんでやんすね……」


「まあな」 


「そこどいとくれ、真壁君! そいつは意地汚いコソ泥なんだよ!」


「お、おいコージ。貧しい者からは奪わないんじゃなかったのか?」


「この婆さん、金はしこたま持ってるほうでやんすよ……。それに、あっしが盗んだのなんて、本当に極少々で……」


「だまらっしゃい! 早く飴玉代返しなっ! 五粒分だよ!」


「うひいぃぃ!」


「待ちなああぁぁっ!」


 婆さんとコージの追いかけっこが始まってしまった……。


「……あ」


「あ……」


 子供がいると思ったら鑑定士の理沙だった。そういや駄菓子屋の横に小さな鑑定屋があることに今気付いた。騒ぎを聞いて見に来たみたいだ。


「真壁さん、ついに決心なされたんですねっ」


「……いや、そういうわけじゃないんだが……」


「ありゃ……。では、今日は何のご用件でしょう。も、もしかしてお食事のお誘い、とか……」


「……い、いや、ちょっとコージっていうやつの師匠になったから、それでアジトに案内してくれるとかで……」


「えええっ。あの人の、ですか?」


 理沙が露骨に驚いてる。コージの知り合いなら泥棒なのは知ってるだろうし、まずかったかな?


「あの人、とってもお強いんですよ。そんな方の師匠になられるなんて凄いです……」


「え?」


「なんせ、グレーカードのCランクですから……」


「……」


 マジかよ。あいつがまさかそんなに強いとは思わなかった。なのに師匠が必要なのか……。


「ちなみに、駄菓子屋のおばさんはグレーカードのBランクですっ」


「……」


 グレーカードのBランクだと……。隙が見当たらなかったのはそういうことか。一体どうなってんだ、ここ……。

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