第20話 なんてもん食ってんだ


「……」


 逃げるように血生臭い道場を後にしたとき、すぐ背後に何かがいるとわかった。


 本当におぞましい気配で、俺の全身を虫が埋め尽くしているような感覚がする。……死ぬ、このままじゃお前は確実に死ぬと何かが必死に訴えかけてくるようで軽く恐怖を覚える。剣術の最高奥義枯葉を習得し、グレーカードのAからSランクまで昇格したこの俺が、だ……。


 ただ、俺じゃなかったら身が竦んで振り返ることすらできなかったはずだ。やつは道場の壁に背を預け、腕を組んだ状態で立っていた。こっちの気も知らずにアホみたいにリラックスしてやがる。


般木道真はんぎみちざね……」


「へへ……俺の名前、覚えてくれたのかー」


「……」


 何を考えている、この男。俺とやるつもりか……?


「おっと。ちょっと冗談で殺気浴びせただけでお前と戦うつもりなんてないぜ。道場破りの仲間としてな」


「……見てたのか。というか冗談は嫌いなんだが」


「へへ……それよりよ、お前、面白いもん持ってるなあ」


「……」


 手袋のことを知っているだと。まさか刺客か……?


「なんで知っている……」


「そりゃお前、そんな凄いアイテム見せびらかしてりゃなあ。俺も人のことは言えんが! かっかっか!」


「……有名なのか?」


「おうよ、コレクターとか一部の貪欲なやつにはなー。凄すぎて本当にあるのか疑わしいとされていた伝説のレアアイテムの一つだ。俺も正直、ありえねーアイテムだって思ってたんだけどよ、お前が剣技を盗むところを見て確信したってわけよ。そいつはS級アイテムの中でも1、2位を争うアイテムじゃねえか?」


「……」


 そりゃそうだよな。ここまでぶっ壊れたアイテムってそんなにあるとは思えない。これさえあれば俺はなんでも盗めるんだ……。


「正直欲しいけどよ……ここでお前とやりあえば俺がその手袋の犠牲になりかねないからなあ。へへっ……」


「……冗談か?」


「半分本気だぜ? んー、やろっかな、どうしようっかなあ……」


「……」


「ま、やるとしても今日はやらねーよ。確実に勝てるっていう状況じゃねーとよ……」


「図体に似合わず慎重なんだな。俺はもっと強くなるぞ」


「違いねえ。ならもー、寝込みを襲うしかねえよ!」


「おいおい……」


「へへ……。お前とは気が合いそうだ。名前はなんていうんだー?」


「真壁」


「フルネームで頼むぜ!」


「真壁庸人(まかべつねひと)」


「おっ、いい名前じゃねーか!」


「ぐっ……」


 ポンポンと背中を軽く叩かれただけなのにこの衝撃。俺もこいつには及ばないが相当なガタイになってるってのに痛くて仕方ない……。


「真壁ー、お前はなんで道場破りしてるんだー?」


「……」


 道場破りが目的ではない、とは言いにくい空気だ。


「技を盗むためかな」


「なーるほどなあ。えぐい野郎だぜ……」


「お前に言われたくないな……」


「言えてラア!」


 今思うと、こいつに首を刎ね飛ばされた廻神流華ってなんだったんだろう。まあいいや。できればあんなシーンは思い出したくもない……。


「あんたは……般木はなんで道場破りを?」


「俺はなあ……嫌いなんだよー」


「え?」


「圧倒的に有利な状況で調子こいてる剣使いどもがよー……」


「……」


 なんとなくわかった気がする。肉体で勝負するこの男にとって剣使いは傲慢に見えるんだろう。そりゃ、素手の格闘家と剣術使い、圧倒的に剣術使いが有利に決まっている。その分、この男の異様さが際立っているわけだが。


 って、なんかガリガリ音がするって思ってたら……驚愕した。この男、なんてもん食ってんだ……。


「ん、これが珍しいか? 見たまんま、コンクリートだよ」


「……いや、それはわかるが……旨いのか?」


「すげえ不味い。でもよー、これで空腹はしのげるしカルシウムも摂れるぜ!」


「……」


 さくさく食ってて美味しそうに見えてしまう。噛む力まで強靭なんだな。これもこの男が持つS級アイテムの鬼の腕輪のおかげなんだろうか……。


「それじゃ、俺はそろそろ行くぜー……って、なんかを言おうとしてた気がするんだけどよ、忘れちまった……」


「え?」


「んー……ま、忘れたってことはどうでもいいってことだろ! そんじゃなあ!」


「……」


 おいおい、気になるだろ……。

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