第15話 うずうずしている


「処分って……? 捨てろっていうのか?」


「はい」


「……」


 理沙の言葉を受け入れるつもりなんてないが、気味が悪くなってきたことも確かだ。処分しろだなんて、それじゃまるでこの手袋が呪いのアイテムみたいじゃないか。


「冗談だよな……」


 冗談は嫌いだが、さすがにこのときばかりは冗談であってほしいと心底思った。この手袋は手放せないからな。これさえあればなんでも盗める。俺のあらゆる願望をかなえてくれる夢のアイテムなんだ。


 今はモテすぎるためにマスクで隠しているが、イケメンの顔も殺し屋自慢の筋肉もブサイク師範の究極の奥義も……全部これで奪ってやった。でも、まだだ。俺の満足度は1%にすら達してない。これからこの手袋でもっと色んなものを奪ってやるつもりなのに手放せるわけがない。


「残念ながら冗談ではないです。そのアイテムは呪われています。なので処分することを受け入れてください」


「ふ……ふざけるな! 誰が渡すか! そんなこと言ってこの手袋を奪うつもりだろう!?」


「……そんなことしません。燃やします」


「はあ?」


 思いっ切り凄んでやったが、彼女は異常なほど冷静だった。なんなんだ。この子、見た目も仕草も子供っぽいが中身は違う。16歳という年齢以上に大人びたものを感じる。それと、妙に威圧感があるんだよな。重さがあるというか……。


 別に怖気づいたわけじゃないが俺も興奮して大人げなかった。せっかく鑑定してくれたんだし話くらいは聞いとくか。たとえどんなに恐ろしい呪いだったとしても燃やすつもりはないが、気になるのは確かだ。


「……で、どんな呪いなんだ?」


「もうおわかりになられているはずです」


「は?」


「……あなたは、あらゆるものを奪いたいと思っています。違いますか?」


「……」


「本当はもっと謙虚な方だったはずです。でも今のあなたは……」


 確かに、この手袋を装着してから俺は迷いがなくなっていくのを感じた。それどころか、どんどん欲望が湧いてきて次から次へと盗みたくなった。それが呪いなんだろうか。でも、それのどこが悪いんだ?


「黙ってりゃ声がでかいだけのバカに奪われるだけだ。だったらこっちから奪ってやるだけのこと。それを教えてくれたのがこの手袋だ。むしろ呪いを解放してくれたんじゃないか」


「……あなたはきっと満足しないでしょう。喉が渇いた者が海水を飲むように、奪っても奪っても飢えるはず……。その先にあるのは真っ暗な荒野だけです」


「……」


 この子の言いたいことはなんとなくわかる。でも、それでもいい。元々毒を食らわば皿までと思っていたし。結末が悲劇だったとしても俺は構わない。英雄面してる水谷たちから大事なものを奪いつくし、どん底に突き落としてやるんだ。その先は……それから考えればいい。今考えても仕方ない。


「俺のことを考えてくれるのはありがたいけど、残念ながら処分できない」


「そう……ですか」


「ああ。それにな、手袋がなくなったら目標も全部なくなるし……。今更どうしろっていうんだよ」


 手袋なしで英雄の水谷たちに勝てるほど世の中甘くない。汗水垂らしてちんたら努力しろってか。一体何年かかるんだ。その間に水谷たちとどんどん差がついちまう。


「それなら、私の助手になってください!」


「へ?」


「常連さんは別なんですが、新しいお客さんが来るときは必ずお子様扱いされるんですよ。酷いですよね!」


「そ、そうなのか」


「はい! こんな感じなんですよ。ねぇねぇ、そこのお嬢ちゃん、鑑定士はどこかね? ってよく言われちゃいます。とほほってなりますよね……。そこであなたの出番です!」


「なんで俺……」


「そこで鑑定士の助手ですって言ってくだされば……風格があるので逃げられる心配はなくなります! 鑑定士は私ですって言うと、そこでお帰りになられる方も結構いて……」


 確かに見た目は完全な子供だからな。別の鑑定士に頼もうかってなるかもしれない。てかそれだと俺って助手っていうよりただのバックにいる怖い人じゃないか。脅せば確かに逃げられる心配もなくなるだろうが……。


「でもそういう役目なら、あの婆さんか六さんってやつにやってもらえば?」


「あのお二人は忙しいんですよ。おばさんは駄菓子屋のマスターですし、六さんは新聞記者ですから!」


「へえ……」


 ここで働くってのもいいのかもな。そういう人生も俺にはあったのかもしれない。けど、もう遅い。俺は盗みたくてしょうがないんだ。うずうずしている。この先、どんなに飢えたとしてもそのたびにこの手袋で奪ってやればいい。


「もう、いいんだ。ありがとう。これ以上止めるならあんたからも大事なお宝を奪ってやる。俺は冗談を言わないからな」


「……わかりました。そこまで言うなら止めません。あの……」


「ん?」


「お名前だけでも……。私は館花理沙たちばなりさっていいます。あなたは?」


「俺は真壁庸人まかべつねひとだ」


「……真壁さんですね。いつまでもお待ちしてます」


「……ああ」


「そのうち処分してくださいね!」


「しない!」


「うぅ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る