朝霜の消やすき命誰がために

 今日は少し竜平と遊び過ぎた。

 竜平が帰った後、残っていた仕事に追われていると、いつしか辺りは真っ暗になっていた。

 時計の針は7時を回っている。


「そろそろ、終わりにするか」


 散らかっていた机の上を簡単に片付けて、高槻はそこに置きっぱなしだった煙草を手に取った。

 一本吸ってから帰ろうと、中身を取り出す。


「お…」


 いつの間にか、最後の一本だった。

 中身のなくなったパッケージをくしゃりと握りつぶす。

 最近、少し煙草の本数が増えている気がする。

 以前は一日一箱ぐらいだったのに、朝開けた煙草が家に帰るまでもたない。

 竜平が、煙草を吸っている姿が好きだなんて言うからだろうか。

 大人ぶって、揺さぶられる気持ちを抑えようとするからだろうか。

 初めの頃は、あまり竜平の前で煙草は吸わないようにしていたのに、最近では一人でいる時よりも吸っているかもしれない。

 あまり良くない傾向だ。

 自嘲ぎみに口端を上げると、くわえたままの煙草から灰が落ちる。


(少し、本数を減らすか)


 体に良くないものだということは、もちろん分かっている。

 それでもやめられないのは、自分の心の弱さだ。

 きっと、竜平みたいなタイプは、煙草に依存することもないのだろう。

 格好ばかりつけていても仕方がない。

 わかってはいるけれど。


(恋する男の性ってもんだろ)


 高槻は、煙草を灰皿に押し付けて、窓の鍵を閉める。


「竜平の体にだって良くないからな」


 電気を消した暗がりの中で、高槻は自分に言い聞かすように小さく声に出した。







「ねえ、先生」


 椅子に座る高槻の背中に負ぶさるようにして体を預けていた竜平は、ふと手を伸ばして机の上に置いてあった高槻の煙草を取った。

 まだ半分以上入っているその中身をちらりと見て、また元の場所に戻す。


「最近、煙草減ったね」


 そんなに、目立って禁煙しているわけではない。

 けれど、竜平はよく見ている。

 細かいところまで、高槻を見ている。

 そんな小さなことを、うれしく思う。

 今でも、竜平の激しく深い好奇心の対象である実感。

 どんな愛の言葉よりも、愛されていることを強く感じる。


「少し、減らそうと思ってね」

「なんで?俺、結構好きなのに」


 不服そうに口を尖らせる竜平を腕の中に引っぱり込んで、抱きしめる。


「俺は竜平よりだいぶ年食ってるからな、少しでも長生きしようという殊勝な心がけだよ」

「なあに、それ?」


 高槻はそれ以上語らず、キスで竜平の口を塞いだ。


「ねえ、もしかして」


 熱いくちづけから解放された後、竜平はふと思い付いたように口にする。


「それって、プロポーズ?」

「ん?」


 どこをどうしてそういう結論にいたるのか、突飛な考えに驚きはしたが、あながち間違ってもいない。


「ああ、まあ、似たようなもんだな」


 ずっと一緒にいたいと、そう思う。

 長く、少しでも長く。


「似てるけど違うんだ。残念」


 竜平は無邪気にえへへと笑うと、煙草を一本取り出して高槻の唇に挟ませる。


「かっこいいんだけどなあ、この姿」


 ひとしきり眺めた後、「でも火がついてないとやっぱり駄目だね」と肩を落とした。


「こら、俺の決心を揺るがすな」


 煙草を箱の中に戻して、高槻は大きくため息を吐いた。

 欲望に不誠実でいるのは、実に労力を費やすものである。



<終>

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