モノクローム11

 自分の心臓が、耳のすぐそばにあるみたいに、激しい音を立てている。

 高槻は縋るように、机の上の煙草を引き寄せる。

 背中に残る竜平の体温。

 頬に残る竜平の吐息。

 首元に残る竜平の手の感触。

 ほんの少し触れただけなのに、なぜこんなにも熱くなるのだろう。

 経験もない子供でもあるまいに、この余裕のなさは何なのだ。

 ライターの火が思うようにつかず、イライラする。

 二、三度、ジャリと端切れの悪い音を立てた後、ようやく立ち上った炎に安堵し、くわえた煙草に近付けた。

 深呼吸でもするように深く煙を吸い、吐き出す。

 頭に昇った血液が、すーっと降りていく感覚がした。

 不意打ちだったとはいえ、こんな有様で、自分の思いを隠し通す事なんてできるのだろうか。

 相手があの竜平なのだから、どんなに露骨でも気付かれる事はないような気もするが、他の人間には気付かれてしまうかもしれない。

 当人に知れるよりもそれは厄介な事である。

 誰にも気付かれず、高槻の心の内だけに止めなければいけないのに。

 自分を抑えきる自信がない。

 こんな風に、竜平が無防備に近付いてくる状況で、ニコニコ笑いながら普通に接することができるだろうか。

 この四年間ずっと、他人の目から自分の心を隠す生き方をしてきたのに、こんな大事な所でそれを実行出来ないなんて、あまりにも愚かすぎる。

 四年も訓練してきた事をまるで活かせないなんて、滑稽であるにも程がある。

 せめて、いつもの小道具が使えれば、何とか誤魔化せたかもしれない。

 けれど、それは、使わない事を既に認めてしまったのだ。

 気付くのが遅すぎた。

 こんなにも、抑えきれないほどに、あの少年を好きになっていた事に、どうして気付かなかったのだろう。

 生徒は恋愛対象にならないという勝手な思い込みに惑わされたのだろうか。

 今更悔いたところでどうしようもない。


 半分ほどになった煙草を灰皿に押し付けた頃には、すっかり冷静な頭に戻っていた。

 どうする事が一番最善なのか、考える。

 けれど、頭で考えたってどうにかなるものでもない。

 問題なのは、自分の恋心ただひとつなのだから。


 目の前には、やりかけの仕事。

 高槻は再びペンを取った。

 先程書いていた最後の文字が、途中から変な方向に伸び、ノートの端に消えている。

 竜平が抱きついてきた衝撃でおかしなことになってしまったのだ。

 消したくとも消せないボールペンのインク。

 どうしようかと思案しつつ、その線を左手の指でなぞった。

 こんなものをも愛おしいと思う自分がいる。

 これほどの思いを、消せるはずもない。

 ただひたすらに、隠す努力をする以外にどうしようもない。

 引き出しを探って修正ペンを探したが、見つからなかった。

 それはまるで、高槻を嘲笑うかのように。

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