モノクローム3

 その授業の間、竜平は高槻の視線をずっと感じていた。

 初めての生物の授業で、顔を覚えたいからと一人一人の顔を見ているのだが、なぜだかそれだけではない視線がちらちらとこちらに向くのだ。


(なんだろう…)


 嫌な視線ではなかったが、何かあるのだろうかと気になる。

 気になるので竜平の方も高槻の様子をじっとうかがっていたが、結局何事もなく1時間を終えて高槻は教室を出ていった。


「ねえ」


 高槻が出ていくとすぐに、竜平は後ろの席の岡田則史おかだのりふみに声をかけた。

 まだ入学して数日しか経っていないが、明るく人懐っこい性格の竜平には既に親しくなった友達が何人もいた。席が近いという事もあり、岡田とは一日中喋っている気がする。


「今の先生、どう思った?」

「うーん、なんか、掴めないっていうか、ちょっと無気味な感じかな」


 岡田は竜平のように喜怒哀楽がはっきりしたタイプではなく、人畜無害でいつもニコニコ笑っているようなのほほんとしたやつだ。人の悪口なんかは言いそうもない彼だったが、やんわりと悪印象を告げる。


「俺、すごい見られてたんだけど、なんだろう」


 竜平は、さほど悪い印象ではなかったのだけれど、やはりそれだけが気になった。


「みんなの事見てたんじゃないの?顔覚えるって言ってたし」

「それとは別に、俺の事だけ余計に見てた気がするんだ」

「何か目付けられるような事した?」


 心配そうに眉を顰める岡田に、竜平は首を横に振った。


「自意識過剰なんじゃねえの?江森ちゃん」


 いつの間にか隣の席の栗山和俊くりやまかずとしが近寄ってきていて、ふざけて竜平の首をホールドする。彼とも、入学式当日から仲良くしている。


「なーんてね、俺も思ったんだよ、なんか視線がこっちの方に来るなって。そっか、江森の事見てたんだ」

「俺、何か変な格好してる?今までそういうので目付けられた事ってないんだけど」

「別に、全然普通だよね」

「わかった、あれだろ?あの先生、そっちの趣味なんじゃね?江森ちゃんがあんまり可愛らしいんで、惚れちゃったりなんかして」


 栗山は人形でも可愛がるみたいに竜平のさらさらの黒髪を撫でた。

 竜平より20センチは背が高い栗山から見ると、竜平はおもちゃみたいなものなのだろう。

 幼い頃から見かけがこんな風だし、そんな扱いには慣れている。嫌な相手でなければされるがままに可愛がられておく事にしていた。栗山は口は悪いしお調子者だけれど、いい奴だ。


「そっちの趣味って…。そういう熱い視線じゃなかったよ。なんていうか、そう、顔見知りに出くわしたみたいな感じかな」

「顔見知りなの?」

「いや、知らない。でも、なんとなく、どこかで見た事がある顔のような気もするんだよね」

「ふーん、じゃあ、江森君が覚えてないだけで、向こうは知ってるのかもね」


 岡田がにこやかにまとめたが、栗山はまだ「あの先生、絶対ショタだな」などと言っている。


「悪かったね、ガキで」

「悪かないよ。江森ちゃんはそれだからいいんじゃないか」


 竜平とは対照的に、栗山も岡田も同年代よりだいぶ大人びている。

 うらやましいと思うのは竜平の方だけではないのかもしれない。


「ふん、中身は俺のが大人!」

「どこがだよーっ」


 言い争う二人を前に、岡田は芝居がかった大きな溜息をつく。


「同レベルだね」


 肩を竦め、くすりと笑った岡田が、やはり一番大人だった。





(どこかで会った事が、あるのかなあ)


 しかし、竜平の記憶に、合致する顔はなかった。

 気になる。

 気になる。

 何か他の理由があるのか。

 まさか、栗山の言っていた理由ではないと思うけれど。

 それもまた一つの可能性として考慮に入れながら考えてみる。


「あー、もう」


 高槻の顔が、いつの間にか頭から離れなくなっていた。

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