真夜中のシ役所

平中なごん

壱 配属先

 この春、東京の大学を卒業したわたし――篁野々花たかむらののかは、地元・六波羅ろくはら市に戻ることを決め、市役所の職員採用試験にもなんとか合格することができた。


 学生売り手市場の昨今とはいえ、安定していて時間的余裕もある公務員はやはり人気が高く、まだまだ競争率ハンパない狭き門である。


 そんな〝天国への門〟を辛くも開くことのできたわたし……見た目も性格も平凡で別にカワイイわけでもなく、これといってパッとしない学生生活をぼんやり送ってきたわたしだけれども、きっとこれからは薔薇色の人生が待っているに違いない!


 …………はずだったんだけど。


「――へえ~篁さんって、あの昼間は朝廷、夜は地獄の閻魔王庁に出仕していたっていう平安貴族、あの〝小野篁おののたかむら〟の子孫なんだあ……へえ~それはなかなかおもしろいねえ……」


「はあ、まあ一応、家の言い伝えによりますとそんなことに……」


 採用が決まった後の配属先希望を訊く面接で、わたしの珍しい名字について問われたので素直に答えると、質問した職員課のいかにも仕事できそうなおじさんが、なぜだか妙に興味を示してえらく食いついてきた。


「じゃ、もう〝シミン課〟で決まりだね。うん。それ以外にはもう考えられない!」


 そして、どういう理由だか知らないが、自分独りで納得して配属先を即決してしまう。


民課ですか? まさに市役所の顔ですね。春の引っ越しシーズン、まだ不慣れな新米でご迷惑かけるかもしれませんが精一杯がんばります!」


 定時に帰れて気楽そうに見える市民課だが、その実、様々な行政手続きのために市民がひっきりなしに訪れ、時にはクレーマーも来たりなんかする。特に春の入学や転勤などが多いシーズンには転入・転出届が山のように集中し、それはもう戦場のようだと話には聞いている。


 入って早々、そんな戦場へ送り込まれるのはちょっと心配だが、どんな仕事だって大変だろうし、市役所職員のスタートが、公共サービスの基本ともいうべき市民課というのも案外悪くはない。


 そう考え、これから始まる仕事に対して、新人らしく前向きな意気込みを見せるわたしだったが……。


「うーん…むしろ、お盆・・とかお彼岸・・・の方が忙しいかな? ま、いつでも新しいシミン・・・は出てくるから、それほど季節選ばないんだけどね……あ、いや、季節の変わり目はやっぱりいつもより多いかな……?」


 だが、職員課のおじさんはなんだか妙なことを言い始める。


「お盆とお彼岸? え、お休みでみんな出かけたりするし、むしろあんまり来ないような……それに、わたし達職員も大概お休みとってるんじゃないんですか?」


「いや、〝シミン課〟は別だよ。お盆とお彼岸休んでちゃ仕事にならないからね。ああ、それから勤務時間だけど、他と違って夜の11時半から朝の7時15分までになるから、間違って普通に日中出勤しないようにね」


 それどころか、小首を傾げて疑問を呈するわたしを他所に、彼はますますもって訳のわからないことをさも当然というように話してくれる。


「11時半…って、真夜中じゃないですか!? え、六波羅市の市民課って、真夜中もやってるんですか? っていうより、もしかして昼夜交代制の24時間営業?」


「……ん? ああ、ごめんごめん。誤解させちゃったね。君の配属されるのは市民課じゃなくて民課。市内で〝亡くなられた方達〟の行政手続きを行うところだよ」


 そのありえない勤務時間に思わず驚きの声を上げる私に対し、職員課のおじさんはおかしそうに屈託のない笑顔を無責任に浮かべ、実にさらっと、ものスゴくとんでもない情報を口走ってくれた――。

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