第5話


 保健室に着くと俺はゆっくりとベッドに恋を寝かせた。保健の先生がいてくれて助かった。


 俺一人ではどうすればいいか分からず、オロオロしていたに違いない。そんな格好の悪い姿、とても恋には見せられない。


「うーん。見た限り、寝不足と極度の緊張から解放されて気が抜けた……というところかしら」

「寝不足……ですか」


 極度の緊張の理由は分かる。さっきの『全校集会』だろう。


 しかし、寝不足の理由は一体何なのだろうか。そりゃあ、高校生になって勉強も難しくはなったと思うが……いや、その寝不足も『全校集会』が理由なのかも知れない。


「じゃあ、担任の先生に連絡するように言いに行くわね」

「はい、お願いします」


 俺が、先生を見送ると恋がちょうど目を覚ましたところだった。


「……ここは」


 どうやらすぐにここが『保健室』だという事に気がついた様だ。


「……大丈夫か? 恋」

「えっ、あっ……はい」


 俺の姿に気がつき恋は、すぐに起きあがった。


「ははは、そんなに驚かなくてもいいだろ」

「…………」


 そう言って笑う俺の姿に……なぜか今度はすぐに寝て頭にすっぽり布団を被った。


「今度はどうした」


 何か反応はされるだろうと思っていたけど、まさかこんな反応をされるとは思わなかった。


「……怒っていませんか」


 そう、小さな声が布団から聞こえてきた。


「何を怒る必要がある」

「ちゃんと自分で出来るってところを見せようと思って頑張ってきたのに。それなのに結局、永兄えいにいに助けてもらって……」


 この時、俺は「久しぶりに呼んでもらったな。その呼び方」と思っていた。昔は、俺の事をそう呼んでいつもひっついてきていたのに……。


「本当に……自分が情けない」


 声が震えている様に聞こえるのは、泣きそう気持ちを我慢しているからだろう。


「……」


 確かに、恋は今回やけにはりきっていた。


 それは、自分が生徒会長になれたのは俺の力があったからこそだと思っていたからだろう。


 後は、小さい頃を知っている俺に「ちゃんと出来る」という姿を見せたいという気持ちの両方があったから……という事も簡単に想像が出来た。


 でも、結局――俺が助けた。恋はそれをものすごく後悔しているのだろう。


「助ける……か。むしろ、それが俺の仕事だ」

「…………」


 俺はベッドの横にあるイスに座って天井を見上げた。


「元々、副会長の仕事は生徒会長を影で支える事だ。だから、むしろ俺の事は頼ってくれて構わない。そうじゃないと俺の仕事がなくなる」


 むしろ、恋はちゃんと自分の仕事をしてくれていた。今回の事も、助けたのは『俺の仕事だったから』とも言えるくらいだ。


「…………」


 俺のその言葉を聞いて、被っていた布団をゆっくりと持ち上げて起き上がった。


「……それに、今回は期末テストもあった。確かに両方がんばるのは良い事だ。でも、倒れられるのは困る」

「そっ、それは……ごめんなさい」


 そう言って頭を下げて反省している恋に対し、俺は彼女の頭に軽く手を触れた。


「っ! ……永兄えいにい

「あんまり無理はするな。お前に倒れられると俺だけじゃなく黒井や上木……みんなが心配する」


 俺がそう言うと、恋の顔がどんどん赤くなっている様に見えた。


「だから、あまり無理はするな。後、気になるような事があればすぐに言ってくれ。今回の話も俺が『確認』すれば良かったんだからな……って、大丈夫か? やけに顔が赤いが……」

「だっ、大丈夫! 大丈夫だから!」


 やけにあわてた様子の恋に驚きながらも、俺はポンポンと二回軽く頭をてのひらで軽くたたいた、


 そして「じゃあ、お大事に。後で同じクラスのヤツがカバン持ってくるだろうから」と言ってそのまま保健室を出て行った――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……うぅ」


 市ノ瀬が出て行った保健室で、私はさっきまで市ノ瀬が触れていた自分の頭に触れて……顔を真っ赤にした。


「……」


 この時、私の頭には「なっ、なんで?」という疑問が浮かんでいる。


 今のはいわゆる『頭ポンポン』というヤツである。それこそ少女漫画に出てくるような『夕焼け』という絶好のシチュエーション。


 しかし、さっき『頭ポンポン』をしていた市ノ瀬の表情には照れや恥じらいなどは一切なかった。


「だから、今の行動に意味なんてない」


 そう、彼にとって今のは『特に意味はなく』いつもの『妹の様な扱いをした結果』なのだろう。


「だから。かっ、勘違いしちゃいけない。今のは……何も意味は無い。ただ私を元気づけたかっただけ。だから……何も感じちゃいけないんだけど……うぅ」


 そう、私は真っ赤になった顔を押さえながら窓から見える夕焼け空を見ながら、自分の心にそう言い聞かせ続けていた。

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