《西暦21517年 菊子2》その二
そんなコロポックルたちが、今はまだブーツ一人とは言え、大人になってしまったのは、菊子にはひじょうにショックだった。鉛筆がとつじょ消えてしまったときより、衝撃は大きい。
オシリスによれば、菊子たちが甘味料をやたらと与えたことが原因らしい。そのほかにも要因はあるらしいが、そちらはまだ謎だ。
ジャンクが近ごろ、いつも神妙な顔をして、何か悩んでいる。
ジャンクにはブーツが成長したもう一つの理由がわかっているのかもしれない。問いただしても答えてくれない。
とりあえず、コロポックルたちはお菓子が禁止になった。泣きそうな目で見つめられると、ほんとにつらいのだが。
原因をつきとめれば、またお菓子をあげても問題はなくなる。それまで待ってねと菊子は言い聞かせているのだが、あるいは他の研究員には、こっそりお菓子を与えている者がいるのではないだろうか。
そうこうするうちに、オシリスのようすがあわただしくなった。自分たちのクローン五人だけで、しきりに何事か話しあっている。または無言で円陣を組んでいる。そういうときは他人に聞かれないように、テレパシーで話しているのだ。
「とにかく、いったん月へ帰ろう。もし、この仮説が正しいなら、月の人々を救えるかもしれない」
そのように話していたと思うと、オシリスDとオシリスEは月へ帰還した。残るオシリスAたちに菊子は聞いてみた。
「何かわかったのですか?」
「まあね」としか、オシリスAは答えなかった。
オシリスはたしかに素晴らしい統率者だし、天才的な研究者だ。外見だって美しい。しかし、やや独裁的な気質であることはいなめない。本人が人類の平和に貢献することが生きがいだからこそ、その気質がプラスに働いているものの、でなければ、人類にとって恐ろしい脅威になっていただろう。
そのせいか、どうも菊子は彼になじめなかった。蘭とくらべるから、なおさらなのかもしれないが。
「オシリスは何か重大なことを発見したようね。わたしたちに話してくれないのは、なぜかしら」
「あの人は精神性が神だから。何を考えているのかなんて凡人には計り知れない」
そんなふうに森田と話していたときだった。
とつじょ、医療センターに警報が響きわたった。
「いったい何? 火災でも起きたの?」
「妙だな。火災なら自動消火する。コンピューターのインフォメーションも入るだろうし」
「そうね。わたし、ちょっと見てくるわ。コロちゃんたちに何かあったら大変だもの」
菊子がデスクの椅子から立ちあがろうとしたときだ。頭のなかにちょくせつ声が響いた。菊子は巫子だが超能力者ではない。生まれて初めて、テレパシーというものを体験した。
『テロリストがセンター内に侵入した。研究員は自身の安全を守れ。なお、近くにいる者はコロポックルたちを保護するように。状況が変わりしだい、この方法で連絡する』
オシリスだ。彼はトリプルAランクの精神感応力者だから、エスパーではない菊子たちにも『声』を聞かせることが可能なのだ。センター内の全員に、テレパシーのいっせい配信をしたもよう。
「テロリスト? そんなものいるの?」
「いるんだろう。侵入したと、オシリスが言うからには。菊ちゃん、この部屋は鍵がかかる。しばらく、ここに隠れてようすを見ておこう」
「ダメよ。コロポックルたちを助けに行かないと」
「ここから第三セクションまでは遠い。危険だ。テロリストはおそらく武器を持ってるだろう」
「わたしは巫子よ。多少の怪我なら問題ない。行くわ」
「菊ちゃん……」
森田はため息をついた。
森田自身も巫子なのだ。昭和初期生まれの幼なじみ。だから、おたがいの長所も短所も知りつくしている。
「……君はまったく、昔から変わらないなぁ。わかったよ。私も行こう」
「武器になるもの、ないかしら」
「簡易消化器くらいだな」
「じゃあ、それを持っていきましょう」
菊子は森田とともに無人の廊下へとすべりだした。
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