《西暦21517年 ジャンク3》その二


「あれは土星の環境を生きぬくために必須だった慣習です。恵まれた国へ移住したわれらには必要ないのではないですか?」


 知恵袋のエビフライはそう意見した。

 賛成する者もかなり多かった。ジャンクもお菓子があるのだから、もういいんじゃないかと思う。でも、反対者もまた多い。


「先祖からずっと続いてきた大切な祭ですよ。絶対に続けるべきです。第一、卵になれなかったら、これからさきの一族は全員、死んでしまう。誰も蘇らなくなるんですよ」


 もう一人の知恵袋、鉛筆は反対派だ。言われてみれば、たしかにそのとおり。

 ぜんぜん関係ないが、みんなが集まって話しあっている最中、ジャンクは菊子に見せてもらった『鉛筆』を思いだしていた。この賢い鉛筆と、あの文字を書くための『鉛筆』が同じものだなんて、とても不思議な感じ。


「鉛筆の言うとおりだ。祭をやめるのはよくない。それはわれらの霊の終わりをさしている。祭は続けよう」


 長老は鉛筆の意見をとった。

 それで、今回の卵は祭続行派の鉛筆自身が志願した。鉛筆はかなりの高齢だったし、誰も反対しなかった。


「では、祭は明日の夜に」


 そう話は決まった。

 もちろん、地球人たちにはナイショだ。卵の儀式は一族の儀礼のなかでも、もっとも重要で神聖な儀式だ。地球人たちは快適な住処とお菓子をくれるし、菊子やキャシーは優しくて大好きだ。

 でも、この儀式のことは言えない。言ったら、たぶん、地球人はジャンクたちのことを嫌いになってしまう。これは勘だけど、なんとなく、そんな気がする。


 それで、祭はこっそり行われた。

 鉛筆が卵になって、一族は鉛筆の復活を祈りながら、それをわけあった。甘いお菓子をわけるように、全員、平等に。


 祭はぶじに終わった。

 これできっと数年後には、鉛筆は夫婦のあいだの誰かの子どもとして蘇る。

 そのころには、もしかしたら、ひよこ豆と自分がいっしょになっているかもしれないなと、ジャンクはほのかな夢を見る。


 けれど、その直後だ。

 とつぜん、ブーツがになってしまったのは。


 ブーツがそうなってしまう前日、ようすが変だった。体調がすぐれず、ひざが痛いとか、あちこちの骨が痛いとか、吐き気がするとか、いろいろ言っていた。熱も高かった。

 ジャンクは心配になって、菊子に相談した。


 菊子はこう答えた。

「風邪かしらね。あなたがたの免疫は、わたしたち地球人と違うから、わたしたちが平気な病気でも、重篤化してしまうことも考えられる。ブーツは治療室に移して経過を観察しましょう」


 むやみに地球人と同じ薬は使えないという。そのままブーツは集中治療室に隔離された。


 ジャンクが別れたときには、ブーツはまだいつものブーツだった。ところが翌朝、治療室に行ってみると、ブーツは大人になっていた。身長がいっきに伸びて、体つきも細長くなって地球人みたいだ。顔も変わってしまっていて、最初、ジャンクはそれが幼なじみのブーツだと気づかなかった。


 菊子によれば、地球人の十八歳相当の肉体だという。細胞や血液や声紋や、とにかく、いろいろなものを調べると、その年齢に達しているのだとか。


 菊子たちも驚いていたが、ジャンクも驚いた。ブーツ自身はもっと驚いていた。体は大きくなっても、心は臆病なままのブーツで、べそべそ泣いていた。


「僕……どうなってしまうんですか? もとには戻れないの? なんでこんなことになってしまったの?」


 菊子や森田がたくさんのデータを見ながら真相を究明しようとした。


「見て。これが昨夜のブーツのデータ。ホルモンバランスが急速に変化してるの。脳下垂体から大量の成長ホルモンが分泌され、それにともないES細胞が全身のあらゆる場所で爆発的に増殖——つまり、ブーツは一晩で第二次性徴期を迎え、完了したようなもの。やはり、あなたたちコロポックルは、見ためどおり子どもなのよ。幼形成熟——ふだんは幼児の体のまま成長が止まっている。何かの刺激で、急にブーツだけが成長を促進させたのね」


 何かの刺激……?

 まさか、あの事だろうか。


 ジャンクにはそれしか心当たりが思い浮かばない。

 ブーツ一人だけが他者と違っていたこと。それは、お菓子の盗み食いだ。ブーツが悪いことをしたから天罰がくだったのだろうか。


 ブーツは泣いていたが、どうやら簡単にはもとに戻れないらしかった。あるいは一生、このままだと聞かされた。


 この事態に誰よりも興味を持ったのは、オシリスだ。AからEの区別はつかない。


「キャンディが幼形成熟をとく魔法か。おもしろい」

「キャンディですか?」と、菊子。


「食生活の急激な変化が体に影響を与えている可能性は高い。土星の重力下を逃れたことも、当然、関係しているだろうが、それだけなら、もっと早く、全個体に変化が現れていたはずだ」

「わたしたちが過度の栄養を与えてしまったことが原因ですか?」

「一因ではある。でも、ほかにも要因はあるようだ。そうだろう? ジャンク。卵の祭って、なんのことかな?」


 ジャンクは立ちすくんだ。


 そういうことか。

 ブーツだけが大人になってしまった理由。


 キャンディを食べただけでは魔法はかからない。

 あの祭だ。

 ブーツは人よりたくさんお菓子を食べた上に、祭の卵をいただいた。だから、栄養をとりすぎてしまったのだ。

 ジャンクたちは土のなかのわずかの養分で生きていける種族だ。そんな体質の人間が山ほどのお菓子と祭の卵を食せば、いったいどうなるのか。

 とりすぎた栄養がすべて体の成長に使われてしまった——ということなのだろう。


(じゃあ、僕たち、このままお菓子を食べ続けたら、みんなになってしまうの?)


 ジャンクは急いで仲間たちのもとへ戻り、このことを報告した。自分たちは今すぐお菓子をやめるか、祭をやめるか、どちらかしかないと。二者択一のわかれめだ。


 どちらも大切なものである。どちらか一つを選ぶことは難しかった。今度はなかなか話がまとまらない。


 決着がつかないうちに数日がすぎた。

 今日になって、神さまから連絡が届いた。もうじき会いにきてくれるという。これでもう大丈夫だと、みんなは思っているようだ。


 ジャンクはまだ少し不安だった。

 ブーツは盗みを働いたから、宇宙海賊だった先祖と同じものに返ったのではないかと思って。

 ブーツが悪いものに堕ちていく気がして怖かった。あるいは、ジャンク自身も。


 神さまが会いにきてくれたのは、そのすぐあとだ。ちょっと前から、なんだか地球人がさわいでるみたいだったが、ジャンクや仲間たちは、これからの先行きを話しあうことに忙しく、センター内で何が起こっているのか、まるきり気づいていなかった……。

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