アマンドは良く笑う

 カフェを出たのが午後四時。

 それから僕らは道中ガソリンスタンドや朽ちたバス停で休憩しながら、八時間ほどひたすら歩いている。月と星に照らされた荒れ果てた道を誤れば、砂漠へと迷い込んでしまうだろう。僕はスキットルを取出してウイスキーを一口飲んでからガスパルに手渡して、尋ねた。


「この先の街には何があるんだい?」

「ちょっとした用事があってね……俺の用事は別としても良い街だ。ビール工場があるし、若い女も多い、それに安宿が沢山ある」


 周囲に響く虫の声と風の音、風に運ばれて届くコヨーテの遠吠え。透明な音、と形容したくなる自然の音色。空気が乾いてるから日が落ちてからは寒くなる一方で、草臥れたジャケットをバックパックから引っ張り出した。


 目的の街の影が見えてきた頃には東の地平線が紫色に染まり始めていた。疲労で口数の減っていた僕らは歩きながら安宿のベッドを夢見た。そこから、さらに歩いて午前八時ごろ。街の中心地にある広場に辿り着き、久しぶりに舗装された道を踏みしめたところでガスパルが

「朝飯にしよう」


 彼は路肩に並んだ屋台で山盛りのカウサとエストファドのかかったライスを僕の分まで注文した。礼を言うとガスパルははにかんで適当なベンチを顎で指した。


「この国の料理は気に入ってるんだけどさ、一つだけ欠点があると思うんだよ」

 カウサを頬張りながらガスパルが言う。


「ジャガイモにライスに……こんなもんばっかり食ってたら太るに決まってる」

「カロリー不足に陥りがちな僕らには有難いけどね。それにこの国の女の胸と尻がでかいのは、きっと食事のおかげだよ」


 唇にマヨネーズを付けてガスパルは笑い、僕はスプーンでエストファドとライスをかき混ぜていた。

 エストファドは細切れの玉ねぎ、ジャガイモ、ニンジン、グリーンピース、肉が入った煮込み料理で、カウサと同じように唐辛子を使った香辛料で味付けされている。辛くないけど、辛い風味が暑さを忘れさせ食欲を蘇らせる。ライスと一緒に頬張れば一晩中歩いて、内臓までくたびれていても容易く平らげてしまう。


 食事を終えた途端、僕は根が生えてベンチに張り付いてしまった。風のある日で目蓋がすぐに重くなってくる。まどろんでいると隣に座っていたガスパルが突然立ち上がって広場の中央へ歩き始め


「Senhor!!」


 両手を上げて叫ぶから驚いた僕もベンチから立ち上がって後を追った。広場中央にある噴水近くに立ってた男がその声に振り向いてガスパルに歩み寄る。


「Puta madre!!」


 二人は立ち止まり握手をすると肩を叩きあった。


「アマンド、生きてて良かった。元気そうだな」

「そっちこそ。ところでガスパル。そちらさんは?」


 アマンドという男が僕に視線を向けた。


「ああ、今一緒に旅行してる奴なんだけどな……それより時間だ」


 ガスパルが広場の時計を見上げると時刻は九時五十九分を指していて、二人は慌てて握手していた手を放すと噴水へ走って行くので僕は不思議に思いながらも後を追った。

 二人が噴水の前に着いたと同時に広場には時計の鐘が鳴り響いた。合わせるように二人は噴水の水で顔を洗い始めた。水を掬ってはごしごし顔を擦り、汗や脂や砂埃を洗い流す。あらかた洗い終わると彼らは服の裾で顔を拭いた。


「ガスパル?」


 僕の疑問をよそに顔を上げた二人は満足そうな表情をしてて


「世界中探してもお前ほどクレイジーな奴はいなかったよ」

 とアマンドが笑った。彼の笑い声は拡声器を使ったみたいに大きくて広場中に響いた。


「アマンド、改めて紹介する。今俺と一緒に旅してるレナルトだ」


 ガスパルに紹介されて僕はアマンドと握手をした。彼は多分、スペインの人間だろう。肩まで伸びた茶色い髪にはまだ石鹸の匂いが残っていて、整った顔をしているが言葉遣いは良くも悪くも品が無くて好感が持てた。彼は心地良い巻き舌を多用して、訛りの強い英語を使う。


「ところでアマンド、すぐに別の街に移る予定か?」

「いや。今はここを拠点に少し稼いでるんだ。お前らも紹介しようか?」

「それはありがたいけど、まずは宿を紹介して欲しいな。俺たち隣町から一晩中歩いて来たんだ」

「一晩中? Puta madre!!」

 再び大声でアマンドは笑った。

「ガスパルだけじゃなくて……あー、レナルト、お前もだいぶクレイジーだな」


 アマンドはそう言って僕の肩を叩くから僕は少し肩をすくめて笑った。

「全くだ」

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