剣聖と聖剣と剣精と

釈乃ひとみ

第一章

第1話 探索者ミーツ少女?

 松明を手にした俺は辺りを照らすと危険がないかを確かめながら慎重に歩みを進める。

 壁や床に怪しいところはないか。材質は。どれくらいの年月が経っているのか。それらを常に考えながら進む。

 一瞬たりとも緊張と思考を解くわけにはいかない。遺跡探索の心得その一、だ。

「げっ」

 突き当りの角からがしゃん、がしゃん、と重い金属の音が近付いてくる。

 主の居なくなった現在でも遺跡を守護する仕事熱心な魂なき鎧リビングアーマーだ。

 俺は背中に背負った剣の柄を握るとじっと待つ。

 足音は一度止まると、その場から動く様子はなかったのだが異常なしと判断したのか来た道を引き返していく。

「助かった……」

 剣の柄から手を離し、安堵のため息を付く。

 いかんいかん。早速心得その一を忘れるとこだった。

 背中を壁に預けながら曲がり角を窺う。

 既に魂なき鎧リビングアーマーの姿がないことを確認する。

 

 遺跡探索者トレジャーハンターの俺はそこにお宝を持ち帰り富と名声を手にする……予定だ。

 生まれた土地を飛び出し、剣で一旗挙げてやる、と心に決めたものの、どうにも自分にはそっちの才能が無いと気付くのにそう時間は掛からなかった。

 同年代に比べて小柄な体格、筋肉の付きにくさは自分の理想とする剣士とは真逆で、そこで選んだ道が遺跡探索者トレジャーハンターだった。

 世間では泥棒紛いとか墓荒らしといった嫌われ者、ならず者のような扱いを受けがちなのだが、俺にはこれが……残念ながら性に合っていた。

 最初は数人で組み色々な知識を教わり、今ではなんとか一人で稼げる程度の知名度と信頼、そして技術を獲得した。

 そんな俺の元に懇意にしている情報屋が声を掛けてきたのがつい三日前。

『まだ誰も最奥に達していない』という噂の遺跡を信じ、そこに眠るお宝を目指してきた、というわけだ。

「遺跡の存在自体は本物だったけど……っと」

 どれだけ正確なのかはいまいち自信はないが、道中制作した地図を見る。そろそろ最奥部が見えて来てもいいはずだ。というか見えないと食料や装備の観点から帰還をしなければいけない。

 魂なき鎧リビングアーマーの向かった先は一本道の通路となっており奥にはこれまで見たことのない流線型の取っ手も付いていないドアを見やる。

「やるしか、ないかぁ……」

 持ち場なのか鎧はその場に留まると仁王立ちをする。

 俺は背中の直剣を引き抜く。

 狭い遺跡内でも振り回せるように少しだけ短く調節された剣を構えると、松明を放り投げ走る。

 鎧の位置、距離、間合いは想定した。後はタイミング―――!!

 鎧が斧槍を構え鋭い突きを繰り出す。

「ふっ―――!」

 俺は横に跳ぶと、壁を蹴り更に上昇。身を捻り天井すれすれを舞うと剣の切っ先を兜の隙間にねじ込み持ち上げる。

「———そこかっ!」

 鎧の中に付けられた印。魂なき鎧リビングアーマーを動かす為の魔法陣が描かれた箇所を見つける。

 俺は落下する直前、剣を内部に引っ掛けるように突き出す。

 チリリ、と金属をひっかく感触が伝わり手応えが無くなる。

 着地すると鎧は武器を構えた姿勢のまま微動だにしなくなっていた。

 動かなくなったことを確認すると、奥の扉を見る。

「はーい、じゃあちょっと失礼しますよ……ってこれ、どうやったら開くんだ?」

 明らかにここまでの道中と作りが違う。いや、作りというかが違う、とでも言えばいいのだろうか。

 遥か昔に作られた物の筈なのに、現代の物よりもずっと高度に創られたような……。

「ん……?」

 扉の横に、何か台座のような物が置かれていた。

「なんだこれ……?」

 辺りを伺い何かを設置するものなのかとも思ったが、それらしきものがないことを見るとそれも違うらしい。

「ふーむ……叩いたら動いたりしてな。なーんつって」

 と独り言を呟きながら台座に手を当てると。

『セキュリティロックの解除をします』

「は?」

 どこからともなく声が響くと、蒸気と共に扉が開く。

「…………なんで?」

 意味が分からなかったがとりあえず先へ進もう、と決めた。

 この雰囲気―――!間違いなくここが最奥部に違いない―——!!

 逸る気持ちを抑え、最後の最後に罠がないかを確かめるように全神経を尖らせようとした―――のだが。

「————————」

 視界に入ったその存在に目を奪われた。

 いくつもの管が繋がれた―――棺桶、だろうか。

 妙な色の液体に満たされたその中には、美しい金髪の少女が眠っていた。

 いや、あれが棺桶なら眠っているというのは語弊があるだろう。

 だが、今にも目覚めそうなその美しい姿に俺は完全に目を奪われていた。

 (しかし―――目のやり場に困る―――!)

 棺桶の中の少女は、長い髪の毛で女性として見られたくないであろう部分が隠れていたが、全裸だった。

「とっ、とにかく。この娘がお宝なのか、それ以外にもあるのかを確かめないとな!うんうん!」

 自分に言い聞かせると再度周囲を見回す。

 広い部屋だった。少女の眠っている棺桶の管を辿ると、よく分からない機械が置いてある。巨大な箱のようなものに数えきれないくらいのスイッチが配置されたそれを適当に弄ってみる。

『—————これを見ている者が誰なのかは知らんが』

「うぉぉっ!?誰だこいつっ!!」

 箱の中に人が入っていた。

 白髪に眼鏡を掛けた老人で、厳しい目つきをしている男は、俺の声など聞こえないかのように続ける。

『ここに入ってこれを見ているということは―――君に『資格』があるということだ』

「『資格』だと……?」

 なんのことだかさっぱり分からない。

『私の名前はジョシュア。そしてそこで眠っている少女の名前は―――ティア』

「……名乗られたからには名乗り返すのが礼儀ってもんだよな。俺の名前は―――ナゲキ」

『登録者名:ナゲキで初期設定を開始します』

 ジョシュアと名乗った男とは別の、この部屋全体から響くような平坦で抑揚のない声が響く。

『どうかその娘をよろしく頼む―――。そして―――君の思う、正しい事に使って欲しい。それが……私の………』

 その言葉を最後に箱の中にいた男―――ジョシュアの声が途切れる。

 意味が分からず困惑するしかない俺の後ろで、今度はごうんごうん、と何かが動き出す音が聞こえる。

「今度はなんだよ!」

 振り返ると、少女の入っていた棺桶、その中の液体が外へ流れていく。そして棺桶が磔のように縦になっていたところからスライドして横に倒れていき、俺の目の前に来ると蓋が開く。

 ごくり、と唾を飲む。

 少女―――ティアと呼ばれていたその少女はゆっくりと目を開ける。

 空よりも青い、碧の瞳が俺を見つめる。

「よ、よう……」

 辛うじて口から出たのはそれだった。

 少女は気怠そうに起き上がると、そのまま―――つまり全裸で俺の前に立つ。悔しい事に俺より背が高い。

「———最悪です」

「は?」

「ですから最悪です、と言ったのです」

 なんでいきなり喧嘩売られてんの俺?

「貴方のような、如何にも頭の悪そうな方が私の主になる、というのは最悪の気分です」

「お前出会い頭に最悪って三回も言われる側の気持ち考えたことある?」

 怒りをこらえてこめかみがひくひくと痙攣するのを堪えながら、俺はティアと呼ばれた少女に言う。

「ていうか主とかなんだよワケ分かんねーぞおい説明しろ」

 その言葉にティアは―――きょとん、と驚いたように目を丸くする。

「———あぁ。成程。それすらも分からない程時は経っていたのですね」

 ティアは何か一人で納得したようだがこっちは何が何だか分からない。

「おい、だから説明を―――」

 しろ、という前に入口の方からがしゃがしゃと鎧の足音、しかも3~5人、統制取れたものだから傭兵かが聞こえてくる。

「えぇ。そうですね。ナゲキ。ですが―――」

 名前を呼ばれて不意に胸が高鳴る。落ち着け俺。こいつは見た目だけはかなり、まぁまぁ、ちょっとはいいかなーなんて思ったが、口と性格は最悪の女だ。関わらない方が良い。うん。そうと決まれば見なかったことにしてこの場は去ろう―――ってあーーー入口から何か来てるんだったーーー!!!!

「動くなコソ泥め!!」

「誰がコソ泥だこの野郎!!」

 誇り高き遺跡探索者トレジャーハンターに向かって何てことを言いやがる。

「我々は王国軍の者だ!大人しく投降すれ……ば……」

 鎧を着込んだ男が俺の横にいたティアを見て驚く。

「た、隊長!少女が既に目覚めています!!」

「遅かったか……」

 隊長、と呼ばれた男は悔しさの入り混じったような顔でこちらを見る。

「こうなっては仕方ない。命令を変更する。小僧を殺せ」

「し、しかし……!」

「命令だ」

 冷徹な声に鎧を着た兵士がしばし逡巡する。

「う、うおおおおおおっっっ!!」

 兵士は迷いを振り切るように雄たけびを上げると剣を振り上げて突進してくる。

 不味い。このままじゃ確実に殺される。どうすればいい―――!?

 高速で思考を巡らせる俺を放って、ティアが俺の前へ歩み出る。

「説明しろ、と言いましたね。ナゲキ」

 彼女は至極冷静だった。目の前に迫る剣を意に介さないように。

 彼女は迫る剣を半歩、斜めに避けて兵士の手を取る。

 すると兵士は一回転し背中から床に叩きつけられる。

「この時代の兵士の質はこんなものですか」

 はぁ、とため息を付くティア。

「ナゲキ。貴方の剣をお借りします」

 彼女が俺の背中の剣を見やる。

「あ、ああ……」

 俺はそれを引き抜き、彼女に渡そうとするが―――。

「違います。お借りするというのは―――こういうことです」

 彼女は剣を持った俺の握りながら

「え―――」

 剣が彼女を貫く。

 しかし、不思議なことに

 いや感触はあるにはある。しかしそれは生き物に剣を突き立てるようなものではなく、そう―――まるでような自然な感覚だった。彼女の背には切っ先など見えず、どういうわけなのかいた。

「さあ、ナゲキ。唱えない」

「な、なにを―――」

 渇いた声で言うが、何故だろう。その先が

 ティアと視線が合う。

 これで合っているのか、という困惑の意志を彼女に示すと、彼女は黙って頷いた。

 俺は、頭に浮かんだその言葉を―――、彼女に差した剣を引き抜きながら叫ぶ。

「『聖剣―――抜刃———!!!!!』

 これが、俺、ナゲキとティアの初めての戦いだった。

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