女神試練! ~三条ミツヒデ編~ ④-③

「春が、来てるわ」


 私の突然の重大発表に対し、パーソナルスペースに遊びに来ていたブッキーは、悲しそうにこう答えた。


「もう、夏が来るんだよ……」


 下界では、大きな入道雲がみんなの様子を覗きに行くような季節が訪れようとしていた。


「いや、そうじゃなくて二階堂先生の春よ」


 残念そうにこちらをみてくるブッキーに二階堂先生について説明してあげると、ようやく納得したようで、


「でもそれってさ、りこっちの管轄外じゃね?」

「まぁ、そうなんだけどさ」


 言われるであろうことを率直に言われた。


 でも、そのツッコミがあるのは想定内なので言葉を続ける。


「それで、お願いがあるんだけど」

「ごめんね、力は貸せないよ」

「うええ、マジで!?」


 それは想定外だった。


「どうしてよ、ちょっとくらいいいじゃない」

「あー、まぁ、気持ちはわかるんだけどね」


 どう説明しようか悩んでいる様子のブッキーは、必死に言葉を選びながら答えた。


「えーっとさ、いっつもお仕事のお手伝いをしてるじゃん? あーし的には全然いいんだけど、結局それは依頼を通してないから、あーし自身の評価にならないの」


 ふむふむ?


「つまり、いくらお手伝いをしても奇跡の力が回復するわけじゃないの。だから、力の浪費になっちゃうわけ」


 報酬で力の譲渡はしているけど、それじゃダメなんだ。


「仕事以外での力の浪費は堕落につながるから厳禁、ってなってるからやりすぎはちょっとね」


 難しい言葉や説明に慣れてないようで、彼女の眉間にはしわが寄っていた。


「そしたら、このチョココロネと紅茶はあんまり出しすぎない方がよかったりする?」

「ちゃんと仕事をこなしていたら問題ないよ?」


 ここ最近はその二つが主食になってたから、その言葉を聞いて安心した。


「話を戻すけど、そんな感じだからちょっと今回は手伝えないかな」


 両手を合わせてごめんねっって仕草を交えてお願いを断られてしまった。


 それならば仕方ないので、今回は自分で頑張ってみようかな。


「いいの? さっきも言ったけど、りこっちの管轄外だから本来の目的から外れるようだと……」

「わかってるよ。でも、多分これが私の性分だと思うから」


 アズサさんの時にもそうだったけど、やっぱり関わった人の誰しもが幸せになってほしいと思っている。


 人間の時ならきっとやれることは限られていたけど、今の私はちょっとばかり融通が利くから、やれる限りのことは最大限やりたい。


「やっぱり、りこっちはいい人だね。うめっちがああまでした理由がよくわかった気がする」

「え、何か言った?」

「んーん、何でもないよ」


 ブッキーが言ったことが気になったけど、それを問いただす前に彼女はこの場から退散していた。


 ホントなら縁結びの女神様からの協力がほしかったけど、望めないなら自分でどうにか努力して成し遂げるしかない。


「よっし、やるか!」


 自分の頬をぱんぱんと叩いて気合いを入れると、来客用の皿の上に用意していたラス一のチョココロネを頬張って、依頼人である三条さんの元へ飛んでいった。


 ◆


噂の彼は、いそいそと検定の勉強に勤しんでいた。


 ――猫カフェで。


「好きなのはわかるけどこの人、なんで自分から毒沼に飛び込んでいくのかな」


 案の定、くしゃみばかりしていて自学が全く進んでいる気配がないし、試しに症状が緩和するかと奇跡の力を使ってみるも効果はなかった。


「なんでわざわざこんなところに……」


 せめて場所を変えさせようと力を使おうとしていると、彼の奇行の答えがカランコロンと入店音を鳴らして登場した。


「あら、ごめんなさい。待たせてしまいましたか」


 いつもスーツを着ている二階堂先生が、今日は初夏にぴったりな爽やかな色合いの私服姿で現れた。


 デニムってのが先生らしいね。


「って違う違う。いつの間に誘ったのあんた?」


 見慣れない恩師の姿に新鮮さを感じていて気付くのが遅くなったけど、これってデートじゃん……デートじゃん。


「こんにちは。僕も今しがた来たばかりなので気にしなくても大丈夫ですよ」


 私のツッコミもスルーして、机の上に広げていた教材を乱雑にカバンの中に詰め込んでスペースを開ける三条さん。


 そこに控えめに座る先生はいつもの威厳は控えめでまるで借りてきた猫だ。


「あの、お誘いは嬉しいのですけど……どうして猫カフェに?」


 確かに普通のカフェでなくて猫カフェとはちょっと不思議ではあるけど。


「えぇ、実はですね……ほら!」


 三条さんがキャストの一匹を拾い上げると、二階堂先生の前に連れてくる。


「この前の学校にいたネコの一匹ですよ。みんなではないですが、運よくここで何匹か雇っていただけまして」


 君、そんなことしとったんか。


 結局くしゃみをして逃げられしまったけど、まるで我が子の事のように誇らしげで嬉しそうにしている彼に、


「そうですか、それはよかったです」


 口調は固いけれど、トオル君に向ける様な柔らかい表情の彼女。


「おお、これはいい雰囲気なんじゃない……?」


 二人には見えないことをいいことに彼らの傍でニヤニヤしていると、妙な視線を背中に感じた。


 トオル君の前例もあるので、恐る恐る後ろを振り返ると、


「うにゃうううぅぅ」

「にゃにゃああぁぁ」


 猫カフェ全キャストがこちらをむいて臨戦態勢を取っていた。


「ちょっと待って、なんでそんな殺気溢れてるの。私何もしていないよね……ねぇ!」


 弁解空しく、ネコ達は勢いよくとびかかってきた!


「にゃんにゃにゃにゃあああああ!!!」

「やっちまえって言ってる気がするのは気のせいだよね!? うわあああぁぁぁぁ!!」


 狭い店内、所狭しと逃げ回る私と追い回すネコ達。


「へっくしょいっ! お願いだからもうやめ……へっくしゅっ!!」


 いかん、鼻がむずむずしだした。


「今日の所は引いてあげるから! お、おお、おぼえてなさい! へっくしょん!!」


 のぞき見の代償は馬に蹴られるでもなく、ネコに追い回されるというなんともコミカルな罰となったが、字面から想像するメルヘンさは欠片もない。


 敵意むき出しのネコって予想以上に怖い……。


 ネコにちょっとしたトラウマを植え付けられてしまった私は、泣く泣く店を退散していった。



「うふふっ、なんだかここのネコってすごいアグレッシブなんですね」

「え!? いやー、みんな大人しかった記憶があるんですが……あは、あはははっ!」


 身体を張った演出で二人のデートに彩りを与えていたことは、必死だった私には知る由もない。

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