女神試練! ~三条ミツヒデ編~ ④-①

 私は今、一人の少年の門出に立ち会っていた。


「それじゃ、また来ます。今度は、立派な先生になってから」


 そう言い残し、去っていく少年の行く先には、想像を絶するような困難が多く待ち受けているだろう。


 それでも安心して見守ることが出来るのは、彼が進むべき道を決めることができたから。


 迷ったり、悩んだり、立ち止まったりして、無数の選択肢から自分のやりたいものを選んでいく。


 こうやって、人は成長していく生き物なのだ。


「ま、私がこんな感慨にふけってもしょうがないんだけどね」


 彼を後押しした女神の正体が、まだ社会の酸いも甘いも経験していない元JKだと知ったらどんな顔になるだろうか。


 彼はいい子だったから気にしないかもしれないけど、少なくとも偉そうな顔でお説教は出来ないよねってちょっと自己嫌悪。


「このままで大丈夫なのかな。上手くいってるからいいけど」


 基本的には『受験』関連だが、時には年上の相手からの相談もあるほど、学問の女神様の依頼範囲は広いようだ。


 何とかごまかしごまかしやっているけど、いずれボロが出るんじゃないかって不安で仕方ないのが本心だ。


 そんな時、ちゃんとそれらの人たちの背中を押してあげることが出来るのだろうか。


 不意に感傷に浸ってしまい、弱気になっていると、突如としてお守りが光り始めた。


「タイミング悪いなぁ……ん?」


 光っている、まではいつも通りなのだが、どこか様子がおかしい。


 光り方がギラギラと七色にきらめいているのだ。


 なんと言うか、目に悪い。


 もうちょっと光り方に配慮は出来ないのかと文句の一つも言いたくなったけど、どうにか出来た試しはないので放っておくことにした。


 さて、今回の依頼人の元にでも行くとしましょうか。


 まるで光が漏れないようにするかの如くお守りを握って、いつものように呪文を唱えようとした時である。


「あれ、社に誰かいる」


 先ほどはトオル君が利用していた社に、一人の男性が立っていた。


 まだ年若い見た目で、さっぱりと短く整えられた髪と相まって爽やかな印象を受けた。


 一応学校の敷地内なので、それを考慮すると学校の先生だろうか。


 その人は周りを見回して誰もいないことを確認すると、むむむっと念じ始めた。


「お願いします神様。次は、次こそは上手く行きますように……!」


 もしかして七色に光っていたのって、近くに依頼人がいたからとか?


 うーん、依頼の二連撃は先ほどの不安も相まってますます自信ない。

 

 けど、


「いずれはこういう事をしなきゃいけない時もあるだろうし、ちょっとでも場数を踏んだらちょっとは自信つくかな」


 人は失敗で成長する、と考えは後ろ向きだけど、物事は前向きに捉えていくべきだ。


 彼の傍によると、いつものように彼の頭上に絵馬が出現したけど、これもまた虹色にきらきらしていて目に悪い。


 あまり直視していたくなかったので、特に内容を確認しないでいつもの呪文を唱える。


「ちぢんふゆう、ごよのおたから。女神代行、滑川梨子の名において、この人の試験合格を応援します!」


 この時に、学んだことが一つ。


 ちゃんと依頼内容は確認すべきだと。


 そうすれば、これから待ち受ける苦労を回避できたはずだから。


 絵馬に勢いよく押された判は、いつものように朱い『受領』の文字がぐにゃっと形を変えていき、彼の名とその依頼内容を明らかにして――。




『にゃんこ検定に合格しますように  28歳 三条ミツヒデ 』




 ――ねこ?




 いや、少しだけ待ってほしい。


 彼は言っていた。


 次の試験の試験こそは上手く行きますように、と。


 神前に必死に願掛けまでして、内容がネコちゃん検定とは。


「世の中、こんな検定もあるもんなんだね」


 頭を抱えてしまいたくなるような依頼内容だが、さらに最悪な設定が重くのしかかってきた。


 都合よく通りかかった一般通過ネコが一匹、彼の足元にすり寄ってきた。


 餌を貰ったりしているのか、妙に人懐っこいこのネコを彼が抱きかかえると、


「おーよしよし、お前は可愛いな……ふぇっ、ふぇっ、ふぇっくしょん!!」


 抱かれていたネコは勢いのあるくしゃみにびっくりして、じたばたと暴れだす。


「ちょっと、暴れるなって、いてっ! 爪を立てないでくれっ! いたたたっ、あっ!」


 彼の哀願空しく、腕やら体の至る所に爪痕を残していったネコは華麗に脱出すると、そのまま退散していった。


「くそっ、こんなにもネコが好きなのに、なんで猫アレルギーなんだ……っ!」


 鼻をすすりながら、好きなものと触れ合えない悲しみに暮れる彼の横で、


「っくしゅん。……まったくだよ」


 同じく猫アレルギーの私は、彼を慰めるように肩をたたいてやる。


 前回、前々回とは違った苦労をしそうで、何だか先が思いやられる気分だ。


 この段階で分かったことが一つ、女神様になったとしても、猫アレルギーは治らないということだった。

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