第7界 正体不明の異常

「風紀、委員?」


 貴重な昼休み、突然の全館放送で生徒会長室に呼び出されたわけだが、この時は心底拍子の抜けた顔をしていたに違いない。


 一緒に付いて来たホナタとルゥも怪訝そうだ。そりゃそうだろう。転入したばかりの人間にいきなり風紀委員をやれだなんて、どうにも筋違いだ。


「風紀委員ってなんだ?」


 え、そこから?


「ほら、学園のルールを守るための」

「ルール? んなもん、強ぇやつが仕切ればいいんじゃねぇの」


 こいつ脳みそまで弱肉強食か。王様であるらしい親父さんの苦労が偲ばれるな。てか隣でルゥまで頷いてるー!? 獣人族ってみんなこうなのか…? 戦闘民族が過ぎやしないか。


 コホンと咳払いが一つ。呼び出した張本人、学園の生徒会長だと名乗る和装の美人が、何を考えてるか読めない瞳でこちらを伺ってくる。

 匂王館菊世。一見しただけでは種族はわからないが、小さな見た目に沿わない年季の入った雰囲気は、校長だと言われても信じられそうである。


「あら、どうかしましたか新辰さん」

「いえ、なんでも…」

「それでこのお話、受けていただけますかしら」

「そもそも、なんで俺なんですか?」


 匂王館会長は、ホナタにちらりと視線を寄越してから、にこやかに微笑んだ。どういうことだ。


「あなたはそこの姫君と、友情を結んだ。彼女は御世辞にも素行がいいとは言えませんでしたが、最近では随分と大人しくなりましたでしょう? 実績はそれで充分だと思いませんか」


 思いませんかと言われましても。同意したら、後ろで唸っているお姫様にどやされそうなんですが。


「別に風紀のためにやった訳じゃないし、このパワーイズジャスティスな学園で風紀委員なんて無理ですよ。俺には」

「ふふふ、何と言おうと実はこれは決定事項でして。生徒会長としてあなたに依頼します。校内で頻発している通り魔事件を解決してくださいな」


 勝手に決定されてた。というか、通り魔だって。そんな物騒な事件が起きてるのか、確かに気になるな…。


「学園の平和を守るための役職、それが風紀委員ですから。あなたのやりたい事でもあるはずですものね?」


 …どこまで知られてるのやら。生徒会長へのイメージは、底が知れない恐ろしい人物という評価で確定。とりあえず拒否権はないと悟って、その通り魔の情報確認に昼休みの残りは費やされてしまうのだった。






 その日の放課後、俺は校舎屋上に来ていた。最初に事件があったのがここというとこで、現場検証の真似事だ。なぜかルゥも一緒だが、本人によるといざとなれば役に立ちますよとのこと。ホナタは野暮用ができたと言って何処かに行ってしまった。


「襲われたのは、木霊族プランターの男子生徒か…。年齢は120歳、能力は《アカシア》…」


 日向ぼっこによる光合成中を狙われたらしい。被害者側なだけあって、細かな情報が揃っている。だが、肝心の通り魔についてはほとんど記されていない。


 背格好とか、どう襲われたかとかわかっていてもおかしくなさそうなのに。まるでわざと開示されていないみたいじゃないか。


「なんて、まさかな」


 単純に襲われたショックで思い出せなかったとかだろうと思う事にして、一度眼下の世界を眺める。広大な敷地を持つこの学園、《ユニベルシア》はそれなりに開けた土地に位置する。先日の襲撃事件もそうだったが、侵入自体は比較的簡単だ。外部へのセキュリティ対策は甘い。


「犯人は校内の人間でしょうか…」

「まぁ、そうなるよなあ」


 地球人にこの学園を害することはできないと判断されている現状だと、その可能性が一番大きい。事実、今の地球の科学力ではここを襲うのは不可能に近い。

 異世界と繋がってから技術革新も起きてはいるが微々たるもので、まだ《エイリアス》の技術や異能には遅れを取り続けている。


「被害者に外傷はなく、今も普通に登校しているようですね」

「だとしても、襲われた恐怖とかは消えないだろ…。異世界人て言っても、人間なんだからさ」

「ですね。……そういえば、なぜ急にやる気を?」


 そう問われれば、答えは決まっている。別に風紀委員になりたいとかじゃない。


「通り魔なんて野放しにしてたら、のんびり学園生活できないだろ?」

「そんな適当な理由ですか!」


 ずっこけながら突っ込みつつ、本当にお人好しですとルゥは呆れてる。でも仕方ない。昔からこの性格のおかげで、よく貧乏くじを引くけれど、自分が動くことで誰かが少し助かるのなら、それはきっと良い事だ。


 引き続き屋上を調べようとした、その時。


「新辰さんっ!」


 いきなりルゥがスカートを翻して、貯水タンクの上に飛び乗った。頭の上で、ウサ耳がピーンと張り詰めている。何か見つけたのか、一点を凝視して。


「中央校舎の隅! 誰かが襲われてます!」

「なんだって!?」


 視線の先を追うと、確かに黒いモヤのような影が女子生徒と対峙しているのが、僅かながら見て取れた。襲われてる側も能力を使って抵抗している様子だが、効いてる感じはしない。不味い。


「ルゥ! 俺を抱えて、あそこまで "跳べる" か!?」

「任せてください!」


 自分より小柄な体とは思えない膂力で、ルゥに首根っこを掴まれる。数秒の溜めの後、浮遊感。体に掛かるGに耐えながら、ルゥの "跳躍" により、見下ろしていた校舎横の地面に向けて超特急で飛び出す。

 突然空から降ってきた二人に、ポカンとした顔の生徒と、一瞬動きを止めた黒いモヤ。迷うことなく突撃して、呼び出した白剣をモヤに叩き込んだ。


「っ…?」


 手応えは無し。透明なバリアに阻まれているが如く、一ミリも刃が進まない。競り合っているというよりは、縫い止められているというか。そんな違和感を気にする間も無いまま、モヤは奇怪な、—— CDのディスクを空回しさせたような音を発しつつどこかに消失してしまった。


 ……ひとまずは阻止できたって事でいいのか。


「大丈夫ですか! 怪我はありませんか?」


 女子生徒の方は、ルゥが面倒を見てくれているようだ。


(今のモヤが通り魔? 確かにアレなら背格好や性別なんてわからない…!)


 一真の脳内に混乱が渦巻く。誰がどんな目的でこんな事をやっているのか。情報が足りなさ過ぎて、早くも暗雲が立ち込め始めていた。





 一つ目の歯車が噛み合い、全ては動き出す。


 謎の連続通り魔事件。これが、遠からず学園全てを巻き込んだ大事件に発展していくのだと、この時の彼が知るはずはなかった。

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