第12話 修羅

 不意ふいを突かれたとはいえ、流石さすが腕利うでききの傭兵ようへい達である。

 最初に怪我けがわされた者以外は、特に目立った傷を負っていない。


 ただ、先の戦闘からの連戦、さらに山の中を歩いて来たこともあってか、疲れがまり、たまに鬼の動きに遅れをとる者がちらほらと見受けられる。



(まずい、このままだとつぶされる。

 やっぱりここは、何とかして一旦引いたほうがいいか?

 だが、あの身体能力じゃ、いずれ追いつかれる。どうするか……)


 徐々じょじょに押されつつある戦局を前にして、衛実もりざねは、何か有効な手立てがないか思案しあんする。


 先程から弓で狙うことも試していたが、鬼の動きがはやく、照準しょうじゅんが追いつかない。

 また、味方を誤射することにもつながるおそれがあったため、早々そうそうあきらめた。


 今、衛実に出来ることは、朱音あかねを最優先に守りつつ、他の傭兵の援護に入ることだけ。

 それも彼女から離れすぎるわけにもいかないので、全員分、特に討伐を優先している4名はどうしても援護出来ない。


 何回か考えをめぐらせた結果、衛実は朱音の護衛の1人に討伐部隊の方へ回るよう、頼むことにした。


「悪いが、あいつらの援護に回ってくれないか?」


「へっ?

 いやまあ、かまいませんが、ここの護衛はどうしますか? 2人で守れます?

 ただでさえ、片方は負傷しているのに」


 最前線ではないとはいえ、ここも楽ではない。時折ときおり、鬼からするどい石や先のとがった木の枝などが飛んでくる。

 鬼が飛ばす物の速さは弓矢ゆみやみであり、何より急に飛んでくるので、決して気を抜けるような場所ではなかった。


「大丈夫だ。それにこいつだって、動けるって言ってたぞ。

 そこまで大きく動き回るわけでもねえし、何とかなるだろ」


「分かりました。それじゃあ追加報酬、期待していますよ」


 そう言って、衛実に頼まれた朱音の護衛は、討伐隊の方に加わっていく。


「へへっ、最初にしくじらなきゃ、俺も今頃は、」


 先程、あしを負傷したために、衛実と共に朱音の護衛に回った傭兵が、加勢しに行った者をながめてくやしがった。


あきらめろ。それに店を出る前にも、報酬はそれぞれ平等に払うし、働きにおうじて追加も出すって言っただろ?

 護衛だって大事な役目だ。だから今は朱音を守ることに全力をそそいでくれ」


 衛実がくぎを刺すと、手負ておいの傭兵は『当たり前だ』というようにうなずいて見せた。


「わかってますよ、そんなことくらい。

 でもまあ、あんさんもよく、このの頼みを聞き入れましたね。

 俺なら絶対に反対しましたし、そうなるよう、あの手この手を使って分からせちゃいますよ」


「俺も、初めはそうしようとしたんだけどな、弥助やすけも朱音の味方をするもんだから、まあそれならやるしかねえ、って思ったんだ」


 手負いの傭兵は返ってきた答えに若干じゃっかんあきれながらも、衛実に対する印象を口にした。


「あんさん、なんて言うか甘い御仁ごじんでさあ。良くいえば、優しい人ってとこですかい?

 俺が言うのもなんですが、よく傭兵ようへい稼業かぎょうなんてやってられますねえ」


「別にこれでこまらなかったからなッ!」


 鬼からの攻撃が飛んできたため、一旦会話を中断し、飛来物ひらいぶつはじく。1発では終わらず、連続で物が飛んできた。


「けっ、流石さすがに2人になると、少々しょうしょうきついもんでさあ!」


「だが、きっとあれは討伐隊から距離を取ったってことだろ?

 どうやら1人送って正解だったみたいだな」


 事実、護衛から1人が加わったことで攻撃のあつみが増した討伐部隊は、息を吹き返し、衛実の読みどおりに鬼を追いめていた。


「確かに、これならなんとかなりそうで、」


 衛実と共に朱音を護衛する傭兵が同意を示した瞬間、鬼の姿が彼らの前から忽然こつぜんと姿を消えた。


「どこにいった!? 総員、警戒しろ!」


 衛実の警告もむなしく、討伐部隊の中で鬼に最も近かった傭兵の首が飛ばされて行く。


「!?」


「チィッ! られたか!」


 1人が倒されてしまったことで、戦局は、また振り出しに戻る。


 だけでなく、討伐部隊が4人、護衛が2人では、状況は前よりも悪い。

 必然ひつぜん的に、そこからの鬼との戦闘は、衛実達にとってさらきびしく、はげしいものとなっていた。


「くそっ!」


大事だいじないか!?」


「ッ、何とかな!」


 やがて1人、また1人と次々に負傷する者が続出する。

 完全に動けないわけではなかったが、巻き返しをはかるには絶望的な状況だった。




「……衛実さんよ、俺も行かせてくれ。」


 こらえきれなくなった手負ておいの傭兵が、衛実に自分も討伐部隊に加えるよう進言しんげんする。


「待て、それなら俺が、」


「あんさんはダメでさあ!」


 代わりに出ようとした衛実を、傭兵は強い口調くちょうせいする。振り返った衛実の顔には、困惑こんわくあせりの感情が浮かんでいた。


「何でだ? お前は負傷している。俺が行った方が、」


「あんさんが行って、もし、死んじまったら誰がこのを守るんですか!? 」


「ッ!」


 傭兵の剣幕けんまくにおされ、衛実は口をつぐむ。


「あんさんには、俺達の身よりも最優先で守らなきゃいけないもんがあるでしょう!

 優しいのは、いい事でさあ。

 けどね、本当に自分が守らなきゃいけないもんを守りきれなかったら、そんなもの、何の意味もありはしませんぜ! 」


 傭兵にはなたれた言葉が、衛実の心に深く、突き刺さる。


「だからね、ここは俺にまかせて下さい」


 衛実が1歩も動かないことを了承りょうしょうしたと見て、傭兵は鬼との最前線に向かい出す。

 そしてその直前、振り向くことなく、ポツリとつぶやいていった。


「すみませんね、あん時少しでも、あんさんの話を聞いときゃあ、こんなことにはなりませんでした。

 俺がこうあせったばかりに、」


 そのまま衛実の返事を待たず、突撃していく。


「待て!吉之介きちのすけ!」


 衛実が制止せいしの声をあげる頃には、吉之介と呼ばれた男は、すでに鬼との戦いに身をとうじていた。


「も、衛実、わらわも、」


 朱音も後に続こうと衛実の前に進み出ると、衛実に強く後ろに引かれた。


「衛実!?」


 衛実に抗議こうぎする朱音。その目の前に鋭い木の枝が突き刺さった。


「なっ!」


 驚愕きょうがくし、動きが固まる朱音に、衛実は出会ったばかりの時とまた同じ、どこかかわいたような声で忠告ちゅうこくする。


心意気こころいきはいいが、もう少し落ち着いて周りを見ろ。死ぬぞ?」


「じゃが! あの者はわらわ達のために!」



「朱音、これが戦場いくさばだ」


 鬼からの第2撃をはじきつつ、衛実は朱音に語りかける。


「1つの判断の間違いが、時に最悪の結末をむことがある。

 どうやら今回、俺達はそれをやっちまったらしい」


 そう語る衛実の目の先では、さらに1人の傭兵の命がうばわれていた。それを皮切かわきりに、もろくなった砂の城が気まぐれの風にかれてあっけなくくずれ去るかのような速さで討伐部隊の崩壊ほうかいが始まっていった。


 それをただ呆然ぼうぜんめきった目でながめながら衛実は続ける。


(……思えば、ずっとそんなことをり返して、俺は生きて来た気がする)


 また1人、腹をかれて地に倒れていく。


(自分の村を燃やされ、父さん達を失ったあの時から、いつもこんな修羅場しゅらばえて、俺の中に残っていたのは、『あの時こうしていれば』、『あれをやっておけば』っていう、後悔こうかいだけだ)


 衛実と朱音の近くに、誰かも知れない者の両断りょうだんされ、千切ちぎれたはらわたき散らしながら、下半身だけの物体が、


 きびしくも物腰ものごしやわらかそうだった老兵の、切断された首が飛ばされてくる。


(何の達成感も、げた物すらも無く、それにいつまでっても向き合わない。

 今みたいに、誰かからの言葉に甘えるように勝手に理由付けして逃げ道を作って、誤魔化ごまかして……。見ろよ。こんな状況だってのに、俺の足は1歩たりとも動きやしねえ)


 鬼の凶爪きょうそうが吉之介と呼ばれた男を斬りく。

 それでも、吉之介は何とか踏みとどまって、一矢報いっしむくいようと刀を振り上げ、



 鬼の腕につらぬかれた。



「……そんでそのツケがついに回ってきた。それだけの事だ」


 吉之介から抜きとった心ノ臓をらう鬼。たちまち先の戦闘でけられた傷がなおっていく。


「朱音、この前俺に見せてくれたやつは、今ここで使えるか?」


 鬼と朱音の間に立って、静かに武器をかまえながら問いかける衛実。


「う、うむ。一応いちおうもとの姿に戻れば、出来なくもないのじゃが……」


「それなら、もう素の姿に戻ってくれていいぞ。それで俺の援護をしてくれ。出来るな?」


「わ、分かったのじゃ」


「くれぐれも無理はすんなよ。いざと言う時は、お前だけでも逃げろ」


 衛実の言葉に不吉ふきつな予感を感じた朱音は、それを振り払うかのように、咄嗟とっさに声をあげる。


「衛実! それは!」


るぞ!」


 鬼が地をり、猛然もうぜんと突っ込んでくる。それを衛実の薙刀なぎなたが受け止め、鬼と衛実の一騎打ちが始まった。




(……これが、鬼の強さ!)


 一騎打ちが始まって数分がち、衛実は6名の傭兵達をほふってきた鬼の強さを思い知らされていた。


 先程から、朱音も衛実の援護をしているが、彼らに逆転の機会が訪れるような気配は一向いっこうに見られない。


 そんな中、衛実が腰辺りを目がけて横薙よこなぎに振るったやいばを、ひらりと跳躍ちょうやくしてかわしてのけた鬼が、着地したと同時に、地面を足でけずりあげて衛実達に土の目眩めくらましを食らわせる。


 一瞬だけ顔をそむけた衛実と、朱音の間にわずかばかりではあったが、すきができてしまった。


 そこを突いた鬼の攻撃により、あしを負傷する朱音。

 すかさず鬼が朱音を仕留しとめようと、その異様に発達した凶爪きょうそうが彼女の顔の先に肉薄にくはくする。


「あっ………、」


 奇妙きみょうにゆっくりと時間が過ぎていくような意識の中で、朱音は、その光景をただ呆然ぼうぜんながめているだけだった。


「朱音!」


 と、その間に衛実が朱音をかばうようにって入る。


(くそっ! 防ぎきれない!)


 鬼の鋭い爪が衛実の首筋をとらえようとする。


「衛実ェ!」


 朱音が悲痛ひつうの叫びを上げるが、どうすることも出来ない。




 パキンッ!




 何かがれる音がし、朱音がおそる恐る顔を上げると、衛実は無事で、どこにも怪我けがっていなかった。


 その事実に、衛実自身が一番驚いていた。


(確かに俺はられたはず。なんでだ?)


 その時、何かが地面に落ちる音がし、衛実がその方に視線を向けると、くだかれて粉々こなごなになった首飾くびかざりが転がっていた。


(あの首飾りは、朱音の……。………そうか!)


 と、そこへ鬼の追撃が衛実を襲う。

 それをいなし、反撃をり出すと、鬼は跳躍ちょうやくし、衛実達から距離を取った。


(あの首飾りが俺を守ったのか。……初めて弥助の品が役に立ったな)


 何の意味もないと思っていた首飾りが、初めてその効果を発揮した事に、驚きと (彼にしてはめずらしく、) 弥助への感謝のねんを感じていた衛実に、過去、おのれが死にぎわの父とわしたちかいが突如とつじょとして降りかかってきた。




『衛実……、最後に…お前に伝えたいことがある。この先、何が起ころうとも…“生きる”ことだけは、あきらめるな。

 どんなにつらくても…希望を捨てず、前を向いて、生き続ければ…必ず、ことげられる……』


『分かった……。分かったよ、父さん。

 俺、父さんが言ったことは必ずつらぬいてみせるからさ、だから父さんも生きていてくれよ!』


 涙ながらにうったえかける衛実の頭の上に手を置いて、微笑ほほえみながら、彼の父は最後の力を振りしぼって口を開いた。


『それでこそ…俺の、自慢じまんの、息子だ……。

 衛実……強く、生きろ』


 そうして静かに手を降ろし、満身創痍まんしんそういの衛実の父は、彼の腕の中で、その生涯を終えた。


『父さんッーー!』




 ここで回想は終わりを告げ、衛実はわれに帰りながら、き父との誓いを再確認する。


(そうだった。俺は約束したんだ、『生きることをあきらめない』って)


 そしてふと、何かを思い出した様子の衛実は、みずからのふところに手を差し入れ、そこから手首にぴったりと巻き付く程の大きさの数珠じゅずを取り出す。

 それは、き父の遺体からせめてもの思いでゆずり受けた形見かたみの品であった。


 手のひらの上にるそれを、衛実は目を閉じながら、優しくつつみ込むようにそっとにぎり、心の中でつぶやく。


(………ありがとう、父さん)


 閉じていた目を開いて、形見である数珠を懐にしまい込んだ衛実は、再び自分の武器を力強く握りしめながら、振り返って朱音の安否あんぴを確かめる。


「朱音、無事か!」


「大丈夫じゃ! それよりぬしの方こそ、」


「安心しろ、お前がくれた首飾りのおかげで傷一つねえぞ」


 そして再び鬼を見据みすえ、


「さて、これでだいぶ、てめえの動きにもれた。

 そろそろらせてもらうぞ、鬼!」


 体勢たいせいを立て直した衛実と朱音は、今度こそ決着をつけるべく、鬼とこうから相対あいたいした。

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