妻の帰還

 妻は帰ってきた。外に出してあげてから三日目の夜に帰ってきた。有給は全員五日分とってあったから、これは嬉しい誤算だ。


「おかえり」


 最初に声をかけたのは、末弟だった。出て行った時の同じ格好のまま玄関で立ち竦んだままの小さな體をぎゅうっと抱きしめる。


「こんなに冷えて……寒かっただろう?」

「…………」

「風呂入ってこいよ。それからメシしようぜ。リオンと世鷹がお前の好物作ってる」

「……ぅぁっ……」

「嬉しいよ、黒猫さん」


 つぶらな双眸に目に涙がたまる。噛み締められた唇と細い顎がわなわなと震え、今にも小さい子のように泣きだしそうだった。あぁほら、もう限界みたいだ。何かから隠れるように、両手が顔を覆う。


「ぅぅぅっ……嫌、嫌……何で……あああぁぁぁ―ッ!」


 全身を震わせ、泣き喚く彼女を更に強く抱きしめる。きちんと行動範囲を把握していなかった自分達にも落ち度があるので、誰も妻の我儘を咎める気はまるでなかった。きっと暫らくは泣いたり怯えたりして怖がるから、心穏やかに過ごせるようにこれから更に甘やかしてやろう。部屋も外の喧騒が聞こえない場所に換えよう。なんて可哀想で可愛い奥さん。


「僕達のために帰ってきてくれてありがとう」

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