第11話【第三章】

【第三章】


 翌日、昼休み。


「おい、拓海!」

「ん……」

「拓海ってば!」


 ぐいぐいと肩を揺すられ、僕は目を覚ました。


「何だよ祐樹、僕ぁ疲れてんだよ……」

「あーったく! これ見ろよ! 地方紙の今日の一面!」


 僕は渋々、重い頭を上げ、顔を向ける。


「どうせまたUFO騒ぎだろ? このネタ、祐樹は散々話したじゃないか、今朝のうちに」

「だってなあ拓海、お前がやたらと眠そうなのが悪いんだぜ? ちゃんと話を聞いて、現実を直視しろ!」


 あまりに喧しいので、僕はやむを得ず上体を起こした。祐樹の手にした新聞の第一面を視界に入れる。


『市内西部の山中で謎の事件! UFOの墜落か⁉』とある。


 僕は深いため息をついた。何がUFOだ。いや、確かに一昨日、テロリストに我が二年五組が急襲された折、僕が使ったネタではあるけれど。


「でもなあ」

「でも、じゃねえよ! 拓海ってすげぇんだな! やっぱUFO見てたのか!」

「そんなんじゃないよ」


 僕は再び、机に突っ伏する。


 教室を滅茶苦茶にされてしまった二年五組の面々は、同じく二階の空き教室に移動し、授業を行う体制を整えていた。今が昼休みだから、一校時から四校時までは終わったらしい。


 それにしても、UFOだって? 僕や梅子の活躍ぶりは、そんなデマに塗り潰されてしまったのか。

 もちろん、ローゼンガールズの活動が世間の目に触れないようにと、配慮してのことだろう。完全に意図的なフェイクニュース。大人の都合というやつだ。

 だが、こんな稚拙で好奇心を煽るような情報操作は止めてもらいたい。


「ほら拓海、この写真見ろよ! 警察や消防だけじゃなくて、自衛隊まで出動してるんだ! 化学防護車が派遣されてくるなんて、よほどのことだぜ!」


 しかし、治安維持に関わる公的組織の人々に対しても、秘密は守られなければならないだろう。今頃、緘口令でも敷かれているのではあるまいか。


 こっそり覗けないかなあ! とか、何なら山に侵入してみるか! とか、あまりにも幼稚なことを並べ立てる祐樹。

 こいつの元気を少しは分けてもらいたい。今はそんな気分だ。


 僕は朝から昼休みに至るまでの記憶がなかった。きっと、爆睡していたのだ。

 更に言えば、昨日の夜から既に意識がぼんやりしていたような気がする。きっと疲れていたのだろう。

 そんな態度の僕を、教諭陣は見て見ぬふりをしてくれた。彼らは事情を知っている。だからこそ、僕のことを注意せずに、ゆっくり休ませてくれたのだ。

 感謝すべきか反省すべきか、迷うところである。


 そう言えば、梅子は今頃どうしているだろう? 疲労困憊してぶっ倒れてなければいいが。

 あたりを見回す。学年の違う彼女がここにいるはずはないのだが、それでも心配なものは心配だ。

 しかし、僕の目が捕捉したのは、別な戦闘少女だった。石切香澄である。


 彼女は最前席で、一人でカロリーメイトを齧っていた。味気ない昼食。すると、僕の視線に気づいたのか、ゆっくりとこちらに顔を向け、ジロリ、と睨みを利かせてから大きく舌打ちした。


「うお、こえぇ……」


 震える祐樹。無理もない。あの三白眼で睨みつけられ、何の脈絡もなくガンを飛ばされたら、恐れおののくのは当然のこと。

 しかし僕と香澄には、一定の脈絡、関係性がある。ローゼンガールズの一員である、という細い絆のようなものが。


 そうこうするうちに、あっという間に五校時、六校時が終わり、この日の授業は消化された。案の定、記憶は皆無。相変わらず僕は爆睡していたようだ。


 僕はまだUFOネタを引きずる祐樹を押し退け、鞄を肩にかけるようにして教室を出た。

 向かうは、地下の理事長室である。香澄はさっさと行ってしまったようなので、僕も教室を後にすることにした。


         ※


「ううむ……」


 前方に、階段を下りていく香澄の姿を捕捉した。しかしなあ、声かけづらいんだよなあ。

 下手に声をかけたら、零距離でも蜂の巣にされそうだし。それほどの殺気みたいなものが、彼女の背中から立ち昇っている。


 しばらく行くと、香澄は立ち止まって、先日の実咲同様の所作を経て鉄扉を開いた。ギスギスという擦過音を立てながら、扉が開いていく。


 しかし香澄は、そこから先に進み入ろうとはしなかった。扉の向こうに行く前に、壁に背中を預けてスマホを開いている。

 こうなったら、エンカウントするしかあるまい。


「や、やあ、香澄さん」


 我ながら固い口調で、片手を上げてみせる。香澄はこちらに一瞥もくれずに、再び舌打ち。

 僕がちゃんとついて来たのを確認したのか、今度こそ鉄扉の向こうへと歩み去っていく。


「あ、ちょっと待ってよ!」


 歩幅を広げて、僕は香澄に追いついた。背後で鉄扉は封鎖され、ガチリ、と施錠される音が響く。

 本当なら、僕は無言で、距離を取ったまま香澄と歩いて行きたかった。だって怖いんだもの。だが、同じ治安維持組織の一員である以上、一定の交流は持たねばなるまい。向こうが話しかけてこないなら、僕の方から声を掛けなければ。


「あの、香澄さん?」

「あ?」


 じろり、と音がするような勢いで、僕に目線を遣る香澄。


「昨日は、学校の方は大丈夫だった? ほら、僕と梅子は裏山で、えーっと、仕事? してたから」


 本当なら『戦っていた』と言いたいところである。が、実際問題、非力な僕は囮役を買って出ただけだ。戦ったのは梅子のみ。自分も含めて『戦っていた』というのは、あまりにも横柄だろう。

 すると香澄は目を背け、


「何も起こっちゃいねぇよ」


 と吐き捨てるように言った。よくもここまで徹底して、一語一句に悪感情を込められるものだ。逆に感心してしまう。

 噂だが、クラスの男子の一部には、『彼女に踏んでもらいたい!』という異常な性癖を持つ者たちの勢力が存在するとか。わけが分からん。


 また無言に戻ってしまった。どうしたものか。僕が左頬をぽりぽり掻いていると(右頬は梅子に殴られたため、湿布を貼っている)、意外なことに、口を開いたのは香澄の方だった。


「あんたの方こそ大丈夫だったのか? その顔」

「え? あ、ああ。大した怪我じゃないよ」


 それは一瞬だったかもしれないが、香澄の目には、苛立ち以外の感情が浮かんでいた。少なくとも、隣を歩く僕にはそう見えた。


「あっそ」


 素っ気なく顔を前方に戻す香澄。だが、今なら話をしておくチャンスかもしれない。


「あの、香澄さん」

「何だよ。まだ口が利き足りねえってのか?」

「ありがとう」

「ッ!」


 あれ? 香澄は歩みを止めてしまった。どうしたことか。


「だって、香澄さんは僕が遅れてくるのを待っててくれたんだろう? 悪かったね」

「そっ、そんなんじゃねえよ、タコ」


 切れ長の瞳をギラリと光らせ、再び香澄は歩き出した。

 僕は一刀両断された形だったが、それほど悪い気はしていなかった。


         ※


 理事長室の扉が開く。最初に聞こえてきたのは、梅子の声だ。


「あっ、お兄ちゃん! ほっぺた大丈夫?」

「お前が殴ったんだろうが、馬鹿」

「えー? せっかく心配してあげたのにぃ」


 うるせえ。ほっとけ。

 梅子の隣で腰を上げたのは、実咲だった。今日も今日とて凛々しいお姿である。


「昨日はご苦労だったな、拓海くん! 君の活躍は梅子から聞かせてもらった。流石、我輩の見込んだ男だ」

「あっ、いえ、そんな!」


 梅子や香澄の前なので、僕はさっと視線を逸らした。

 彼女たちとは違い、実咲は実にふくよかな胸部をお持ちである。そこに目を惹かれていると勘違いされては、残る二人にどんな目に遭わされるか、分かったものではない。

 いや、実際惹かれかけたけど。


 そんなアホなことを考えていた、その時だった。


「それでは、昨日の報告会と、次回の作戦立案会議に入ります。拓海くん、香澄さん、座ってください」

「あ、玲菜さん!」


 僕は思わず快哉を上げてしまった。なあんだ、僕の天使はちゃんとここにいるじゃないか。

 しかし、僕が喜びの滲む声を発した瞬間、少しばかり室内の空気が冷え込んだような気がした。

 何故か、凄まじい罪悪感に襲われる。取り敢えず、今は自重した方がよさそうだ。いろいろと。


「よし、全員揃ったな! それでは、昨日の詳細を教えてくれ! 梅子くん、拓海くん」


 理事長は奥の執務机に腰かけたまま、どこか楽しそうに僕たちを促した。

 報告は、主に梅子が行った。思いの外、慣れた様子だ。僕は個別に意見を求められた際に答えるだけで、概要は梅子が語り尽くしてしまった。


 玲菜の前で目立つ機会を奪われたのは無念である。しかしそれはそれ、日常生活の中で親交を深めていけばいいだけだ。今、この場においては、状況把握と脳内整理に努める方が賢明だろう。

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