第4話

 淡い間接照明で照らされた、広い廊下。ぼんやりと壁や天井が輝いているように見える。床には赤紫色の絨毯が敷かれ、古めかしい洋館を連想させた。


 ゆっくりと、戦闘少女三人の後に続く僕。ふと目を上げると、廊下の両側に小部屋が並んでいるのが見えた。ドアの上には小さなプレートがあり、教諭陣の名前が書かれている。

 どうやら、教諭一人一人に個室が与えられているらしい。以前見学に行った、大学の研究棟みたいだ。


 そこまで頭が冷静になったところで、僕ははっとした。

 梅子、香澄、そして実咲。彼女たちは一体何者なんだ? 当然、各々が僕と同じ学校に通う幼馴染、クラスメイト、生徒会長であるのは分かる。分かるのだが、あの戦いっぷりは凄まじかった。


 どこで訓練を受けた? 目的は何だ? そして何より、あの時彼女たちの武器に宿った光は何なんだ?


 僕が顎に手を遣りながら進んでいると、すぐ前を歩いていた梅子が立ち止まった。


「おっと」


 僕も足を止める。顔を上げると、どうやらこの回廊の最奥部に到着したようだ。そこには、二枚目の鉄扉があった。先頭を行く実咲がパスカードを出し、鉄扉のわきのスキャナーに通す。それから『生徒会長、大河原実咲です』と名乗りを上げる。声紋認証も必要とされているのか。


 すると鉄扉の上方から、聞き覚えのある声が降ってきた。


《ご苦労だった。皆、入ってくれ》


 この声、この学校の理事長のものだ。猪瀬高雄。去年の四月、入学式の時にしか姿を現したことがない、いわばレアキャラである。教育全般のことは、校長や教頭に任せっきりだというのが生徒たちの認識だ。

 それも無理はない。純粋に、彼は多忙なのだ。生徒に最先端の教育を施すべく、毎日いろんな大学や企業の研究室を訪れ、コネクション作りに余念がない。


「失礼します」

「……」

「失礼しまーす!」


 実咲は慇懃に、香澄は無言で、梅子は楽し気に入室していく。

 僕はおずおずと、小声で『お、邪魔します……』と言いながら彼女たちに続いた。


 理事長室は、廊下を明るくしたような風情だった。廊下よりも明度の高い間接照明が、部屋全体を隙間なく照らしており、観葉植物が壁沿いに配されている。

 ボディガードらしき警備員が二人、部屋の隅に控えていた。


 そして、教室一つ分ほどの広さの部屋の、教壇にあたるところに彼はいた。

 がっしりとした、肩幅の広い身体つき。オールバックにした銀髪と、淡い色のついたサングラス。部屋の雰囲気に溶け込むような、濃い紫色のスーツ。

 間違いなく、猪瀬高雄理事長その人だった。レアキャラとはいえ、見間違いようのない個性的な外見である。


 猪瀬は事務机の向こうにある、皮張りの椅子から立ち上がり、ゆっくりとこちらに近づいてきた。かなりの長身。百九十センチはあるのではないか。

 僕は他の三人を真似て、猪瀬の前に整列した。


「おや、君は……」


 猪瀬がサングラスの向こうで目を細める。


「あ、えっと、僕は、二年五組の、平田拓海です。い、いつもお世話になっております!」


 そのままぐいっと頭を下げる。何だか保護者が言い出しそうな言葉だな。

 それに答えたのは、猪瀬の快活な声だった。


「君が拓海くんか! 確か、全国数学コンテストで、準優勝を獲ったのだったね?」


 僕ははっとした。


「お、覚えていらっしゃるんですか?」

「もちろん! この学校に集まるのは、何かしらに特化した生徒がほとんどだからね。まあまあ、そう緊張せんでくれ。そこのソファにでもかけたまえ」


 振り返ると、僕を除く三人は既に腰を下ろしていた。

 部屋中央にある長いソファ。梅子と実咲はリラックスした様子で座っている。

 それはいい。問題は香澄だ。


「ねーねー香澄ちゃん、お行儀悪いよ?」

「うっせーな、ガキは黙ってろ」

「えー? テーブルに足を載っけるなんて、香澄ちゃんの方が悪ガキっぽいよ?」


 露骨に舌打ちをする香澄。


「あー、構わんよ、梅子くん。我々の授業の安全が保障されているのは、君たちのお陰だ。自由にしてもらっていい。それに、香澄くんに礼節を求めるのが無益だということは、私も把握している」

「おい、何で上から目線なんだよオッサン」


 ぎょろり、と香澄の眼球が動く。だが、猪瀬は笑みを絶やさない。慣れっこなのだろうか。


「さあ、君も座ってくれ、拓海くん」


 そう言って、自分の隣のスペースを叩いたのは実咲である。


「あ、じゃあ、失礼して……」


 僕は軽く一礼してから、いそいそと実咲の隣に着席した。

 すると同時に、実咲はすっと立ち上がった。


「それでは、今回のテロリストによる急襲事件に関しまして、我々から報告を」

「いや、待ちたまえ」


 軽く掌を差し出し、実咲を止める猪瀬。


「今は、彼に状況を説明すべきだろう。なあ、拓海くん?」

「え?」

「気になるだろう? 彼女たちがどうしてあんな目の覚めるような活躍をしてみせたのか。彼女たちが一体、何者なのか」


 言われてみれば、当然だ。まるで彼女たちは、歴戦の猛者のような戦いぶりだった。何か秘密があるのだろう。


 僕が肯定の意を表しようと頷いた、次の瞬間だった。小柄な人影が僕の前に回り込み、こう言い放った。


「あたしたちね、特殊能力持ちなんだ! 他の皆には内緒だよ、『お兄ちゃん』!」

「ぶふっ⁉」


 にっこりと微笑む梅子。思わず吹き出す僕。沈黙に支配される他三名。


「あー……。拓海くん、梅子くん。君たちは随分複雑な家庭環境に育ったようだね? それとも拓海くん、君は、その……年下の幼馴染に自分を『お兄ちゃん』と呼ばせる性癖の持ち主なのかね?」

「ち、ちがっ!」


 僕は猪瀬に向かい、ぶんぶんと首を振ってみせる。


「ほう? 我輩は生徒会長として、君を随分高く買っていたのだが……。なかなか興味深い趣味をお持ちなようだな」

「か、会長!」


 僕が振り返ると、豊満な胸の上に腕を組んだ実咲が半目でこちらを見つめていた。


「マジ最低。死ねば?」

「か、香澄さんまで……。しかも死ねって……」


 僕はがっくりとその場に膝を着いた。駄目だ。もう立ち直れない。

 香澄はクラスでは無言だが、実咲は常に校内の情報発信の中心に立っている。この学校全体に、この一件が広まるのは必然だ。

 ちなみに僕は一人っ子である。


「ちょ、ちょっと香澄! そんな酷いこと言わなくてもいいじゃない! ねえ、お兄ちゃん?」

「お、お前なあ……」


 僕は両の掌を床に着き、ぐったりと項垂れた。もうどうとでも言ってくれ。

 しかし、ふと違和感を覚えた。梅子は先輩であるはずの香澄を呼び捨てにしたな。やはり、この学校を守るチームの一員として、仲良くしているのだろうか。


「ったく、調子狂うなあ。まずは俺たちの素性を明かしてやるのが筋ってもんっしょ、先輩?」

「うむ。我輩としたことが、校内にこんな変質者がいるとは思わなくてな。つい話題を逸らしてしまった。許せ、拓海。……拓海?」


 僕はゆっくりと立ち上がり、部屋の隅へ。観葉植物の鉢の間に座り込み、膝を抱え込んだ。


「ふ、ふふ……。僕が変質者だなんて……。ふふふふ……」

「そう気にするな、拓海。というか、我々の素性に興味はないのか?」


 もうどうにでもなれ、畜生め。

 そう胸中で呟いた、次の瞬間だった。


「ああったく、ウジウジしやがって!」


 そんな罵声と共に、軽い銃声が轟いた。同時に、眉間に激痛が走る。


「~~~~~~~ッ!」

「乱暴なことしないでよ、香澄!」

「うるせえ! 全く、こんな意気地なし、見てるだけで反吐が出るぜ!」


 って、彼女たちの会話はどうでもいい。僕はどうやら、香澄に拳銃で撃たれたらしい。それも眉間を。

 それを認識し、ワンテンポ遅れて僕は跳び上がった。


「こ、殺さないでくれ! 僕は良識ある一般市民だ!」

「殺しちゃいねーよ、変態シスコン野郎」

「だって僕、眉間を撃たれて――って、あれ?」


 額に遣っていた手を下ろすと、そこには僅かに鮮血が付いているだけだった。


「か、香澄、それ、エアガンなのか?」

「はあ? 実銃に決まってんだろ」

「じゃあどうして、僕はまだ生きてるんだ?」


 と、疑問を口にしながら、僕は気づいた。先ほどと同様、香澄が黒い拳銃を手にしていることに。そして、そこから黄色い光がぼんやりと立ち昇っていることに。


 もしかして、あの拳銃を装備すれば、攻撃力を自在に調整できるのか?

 梅子のメリケンサックだってそうだ。威力を加減していたように見える。実咲の竹刀に至っては、防火壁をバッサリ切り裂きながらも、テロリストに対しては気絶させる程度の威力しか発揮しなかった。


「拓海くん。この三人は、この学校を陰から守り、生徒の健全育成に協力する特殊部隊だ」

「は、はあ⁉」

「その名も、『ローゼンガールズ』!」

「どうして薔薇なんだよ!」


 つい猪瀬相手にタメ口になってしまった。しかし猪瀬は気にも留めず、自慢げに胸を張った。


「君も聞いたことがあるだろう? 『綺麗な花には棘がある』と!」

「……」


 確かに、三人共美少女の域だとは思うが。しかし本当に棘、というか、戦闘能力を有しているとは。


 満足気に頷いている実咲に向かい、僕は尋ねた。


「あの、あなた方は、やっぱり特殊な能力を持っているのですか?」


 すると、『ご明察!』と言って実咲が顔を上げた。


「その洞察力! そして先ほどの戦闘で見せた、機転の利かせ方! 素晴らしい!」


 ううむ、確かに巨乳の美少女に褒められるのは悪い気がしない。悔しいけれど、僕も男である。


「時に拓海、君も補助要員として、我々の一員に加わる気はないか? 今はいろいろと事情が立て込んでいてね、君のような頭のキレる人間がいてくれると、我輩も心強いのだが」


 実咲の言葉を聞いて、今度は香澄がやれやれと首を振っている。

 

「で、でも僕、皆さんのように戦うなんて……」


 そう言い淀んでいると、再び鉄扉が開き、一人の生徒が入ってきた。

 心臓が飛び出しそうになった。何故なら、そこにいたのが小原玲菜だったからだ。

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