5.その魅力に惹かれない者はいない(確信)




「いっ……痛くはないけどなんでそんなことを!? 普通にビビったんだが!?」


 顎を抑えて目を白黒させるワタルの胸に人差し指を突き立てながら、僕は文句を言う。


「ヨナ、とかいう勇者パーティーのやつに余計なこと言ったでしょ! 何余計なことしてくれちゃってるの!?」

「い、いや、あれはだな、聞かれたから答えただけで……」

「嘘だね! 絶対僕の執務室の場所とか教えたでしょ! というかあの後勇者たちはいろいろやることあったはずなのにあの人が僕より先に部屋にいたのおかしいよね!? 絶対何かやって先に帰したでしょ! 僕の部屋の鍵何故か開いてたしさ!」

「だって……キノアが部屋に帰ってからだと絶対お前部屋に入れないだろ?」

「確信犯かよ! ほんとどうしてくれるの!?」

「いや……だって……」


 目を泳がせながらもぞもぞ文句を言うワタルに僕は溜息を吐いて椅子に座る。

 やっぱり余計なことしたのはこいつだったか。良かれと思ってやったのかもしれないが、僕から言わせれば余計なお世話としか言いようがない。こいつは僕より年上だからかいちいち世話してこようとするのだ。


「はぁ……まぁいいけどさ。なんでそんなことを?」

「ほら、オレのこと助けてくれた一人だしさ、協力してやりてえって思うのは当然だろ?」

「ほんと、勇者の性格してるよ」


 別に嫌いなところではないのだが、だからこそ下手に責められなくて困る。

 僕がそう思っていると、シヘイさんが僕のことを驚いたような目で視ていた。まぁ確かに『勇者』に頭突きを食らわせた挙句文句を言うなんて普通の人が見たら驚く光景ではある。


「お二人は何というか……本当に仲がいいんですね。確かキノアさんがワタルさんに魔法を教えたんでしたっけ?」

「あ、はい。召喚されてきたばかりのワタルに魔法を教えましたね。もう一年近く前だっけ?」

「そうだな……あの頃が懐かしいよ」

「さすが勇者なだけあってどんどんどんどん魔法を覚えてくんだもん。あの成長スピードは怖かった」

「オレは自分よりも圧倒的に年下のやつが先生だって聞かされた時に驚いたよ。あの時まだ十六だったろ? まぁ、お前でよかったとは思うけどよ……」

「え……ということは今十七なんですか? その歳で宮廷魔法師とは……ヨナさんもすごいですけどキノアさんもすごいですね……キノアさんは精霊にも愛されているようですし」

「ああ、ほんとそう思うぜ。二人とも今十七だしなぁ。ただ、オレの体感だとヨナよりキノアのほうが強いな。まぁ二人の限界をしらないから何とも言えないけどよ」

「噂には聞いていましたが……そこまでですか……」


 シヘイさんは真面目そうな顔でそう言うと、真剣な顔でジィっと僕のことを見てくる。

 微妙に気まずくなった僕はシヘイさんから目を逸らすと、話題を変えるべくワタルに話しかけた。


「そういえば、良く『魔法の教師がお前でよかった』って言ってくるけどさ、なんでそう思うの? 何回も言われるから気になるんだけど」

「んー、なんというかな……ほら、お前って髪と目が黒いし何か雰囲気がニホンジン――オレの故郷の民族っぽいんだよな」


 僕の髪は確かに黒がベースでそこに少しの翡翠色の部分が入っているという感じなので、言われてみればワタルに似ている髪の色かもしれない。黒髪も黒い目も珍しいし。

 よく考えてみれば、急に来てしまった異世界で自分の故郷に似た特徴を持つ人がいるというだけで安心感はあるのかもしれない。


「なるほどね。だから何かあるとすぐ僕のところにくるんだね」

「まぁな。とはいえ、キノアも今オレの部屋来てるじゃないか。文句言いに来たってだけじゃないんだろ?」

「なんか僕の部屋でヨナさんとシファさんが言い争っててさ。気まずいから避難してきた」

「あーーーーー……そうか、その可能性は考えてなかったな……

 まぁ、頑張れよ」

「他人事みたいに言いやがって……」


 僕は精一杯の恨めしそうな視線をワタルに送ると溜息を吐く。溜息を吐くと幸せが逃げるとマスター・・・・が言っていたが、溜息の一つや二つや三つ吐かないとやってられない。


「でもまぁ、ヨナは口数は少ないけど悪いやつじゃないし優秀なやつだから、仲良くやってくれないか?」

「……急にいいこと言おうとするなよ。でもまぁ、話聞いた感じ魔法に関する知識はそこそこあるみたいだからとりあえずは仲良くしようと思うよ。王が認めてる以上は追い返すのは無理そうだし」

「それは良かった。お前が強引にでも追い返そうとしたらどうしようかと思ってたんだ」

「それに、勇者の頼みを断るのは不敬だしね」

「今更何を言っているんだ……?」


 心底不思議そうにそう言う勇者に僕は苦笑を返す。


 およそ半月ぶりに話したからかワタルは話したいことが山ほどあるようで、その後も数時間ずっと話をしていた。その過程でシヘイさんとも仲良くなれたのは僥倖だった。どうせこれから面倒ごとが増えるだろうから、勇者パーティーの一員と仲良くなるのは後々僕にとってプラスになるはずだし。


 夕食もワタルとともに食べ、酒に酔ったワタルに絡まれながらも執務室に帰ってきたのは夜十時を回った頃。

 護衛の騎士もいないし二人ともさすがに帰ってるかと思って鍵穴に鍵を差し込んで開けようとするが、施錠はされていなかったようで鍵が回らなかった。

 施錠を忘れているだけなのだろうか。それとも中にまだいるのだろうか。

 僕はドアノブを回して中に入ると、灯りが消されているのを見て誰もいないと判断する。そしていつも通りソファーに座ろうとするが、そこに『何か』がいるのを見つけて思わず声を漏らしそうになる。

 魔法で光源を生み出してそれをよく見てみると、昼間に見た覚えがありすぎるローブを来た少女……ヨナだった。何故ここで寝ているのかはわからないが、軽く揺すってみても起きる気配はない。

 どうしたものかと思ってあたりを見てみると、ローテーブルの上にメモが置いてあるのを見つける。そこには女子らしい丸っぽい文字で「疲れたからここで寝るけど気にしないで」と書かれていた。

 まぁあんな式典に出席した後に激しい言い争いをしたら眠くもなるだろう。言い争いで疲れたことに関しては完全に自己責任だが、式典に関しては不可抗力だし起こすのもかわいそうだ。とはいえ毛布も掛けずにソファーで寝ていたら風邪を引きかねない。

 僕は溜息を吐くと体を魔力で強化し、ヨナを横抱きにしてベッドまで運ぶ。その際ヨナのフードがポロリと外れてずっと隠れていたところがあらわになる。

 ずっとフードで見えていなかったがその頭には猫耳が生えており、時折ピコピコと動いていた。それを見て僕は、「うっ……」と声を漏らす。

 何を隠そう僕は……無類の猫好きなのだ。

 動物としての猫も好きだし、何なら獣人の猫の部分すらもかわいがれる自信がある。そんな僕の大好きな猫耳が突如として目の前に現れたのだ。

 急に目の前に猫耳が現れたらどうなるか知らんのか?

 死ぬ。


「か……かわいい……」


 ほんとはその猫耳を撫でてしまいたいのだが、横抱きにしたままでは撫でることはできないし、本人の許可なく触るのは良くない。僕にだってそれくらいの常識はあるのだ。

 ただ……一度でいいから触ってみたい。僕は猫好きではあるものの、何故か猫含め動物には好かれないのだ。僕を見た瞬間全力で逃げていく。

 そのため僕が触れたのは同じクランに所属する人の犬耳だけ……なのだが、それもこの国に来てから一回も触れていない。つまるところ、僕は今この猫耳を触りたくてうずうずしているのだ。

 だが本人が寝てるのに触るのはよくない。獣人の中には耳を触られるのを極度に嫌がる人もいるらしいし、勝手には触れない。

 泣く泣くヨナをベッドに下すと布団をかけて寝かせ、僕自身はローブを布団代わりにしてソファーに横になる。

 今日はいろいろあったからさすがの僕も疲れた。猫耳を触りたい気持ちを抑えて寝ることにしよう。


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