姫毒 本編

プロローグ

『食い物の恨みは恐ろしい』


 よく聞く言葉である。

 古来から使われいるので、真実に近い言葉なのだろう。


 例えば、人生の友ともいうべき好物があったとする。


 ある時、食べようとすると、即効性の猛毒が混入しているとの情報がもたらされる。

 事前に知れたのだから、食べることはないだろう。

 悔しい思いをして好物を見つめるくらいだ。


 でも、その猛毒の情報が間違いだったらどうだろうか?

 それなら、安心して食べるに違いない。


 しかし、猛毒の情報が不確かだった場合は?

 加えて、他人が食べてもなんともなかったら?

 他の奴らは、いくら食べても死ぬどころか美味うまそうにほおばっている。即効性の猛毒なんて混入していないかのようだ。


 心が強い者ならば、それでも大事をとって食べないだろう。


 だが、好物なのである。

 普通の食べ物ではない、人生の友というべき好物なのだ。

 それが、目の前なのだ。美味そうに食っている奴がいるのだ。


 心が弱い者ならば、不確かな猛毒情報なんて薄れてしまい、『食ってる奴がいるならきっと大丈夫』と、ガブリッと食らいついてしまうだろう。


 その場合、果たして猛毒の効果はいかに、ということになる。


 一方、大事をとって我慢した者はどうだろうか?

 美味そうに食っている奴もいたのに、自分一人が好物を目の前にして食えなかったのだ。強いはずの心に黒い何かがまりそうだ。


 やがて、その黒い何かは『食い物の恨み』という名前に代わって恐ろしい方向へ向かう、という可能性を誰も否定できないのである。



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