第3話 登天石

二、登天石


伊集院比奈子と南琴代と阿部清美。

家もごく近所で幼いときから同じ年の姉妹のように育ってきた清美にとって、比奈子と琴代は、かなり変わった不思議な少女たちだった。


もっと分りやすく言えば、琴代は不思議な話や昔話が大好きな不思議少女で、比奈子は神秘的な雰囲気を出している神懸かり少女だった。


三人が一緒にいた頃、学校のことや友達のことを比奈子が予言すれば大体その通りになったのだ。

そういう時の彼女の眼は、犯しがたい神懸かり的威厳に溢れていたものだ。


二人の性格を際立たせる出来事は色々とあった。

例えば、清美たちが小学校三年の時だった。

秋の夕暮れの時間に、「琴代がいない!」と言う事に気付いて、大騒ぎになった事がある。


その日は、土曜日で学校の授業は午前中に終わって、家に戻って三人で遊んでいたのだ。

その日琴代は、なんだか様子がおかしかった。

何か考え事をしていて、心ここにあらずと言った感じだった。

そして遊びの途中で、琴代は不意にいなくなったのだ。

だが、清美と比奈子は別に気にしなかった。琴代は時々そういう事がある子供だった。三人の家は隣同士。そして家同士の付き合いも極めて親密で家族同様だった。子供達も自分の家のように、いつも出たり入ったり気軽にしていたのだ。


その時も二人は、琴代が先に自分のお家に帰ったと思っていたのだ。

「琴代、夕ご飯よ」

と、琴代の母が迎えに来た時に、はじめて琴代が家にかえってない事に気付いたのだ。

皆で手分けして近所を探した。だが琴代は見つからなかった。


周辺に住む住民は、親戚同様の付き合いで気兼ねの要らない間柄だ。子供達の事も良く知っていた。

だがその日、近所では琴代を見かけた人はいなかった。

「一体、今度は何処へ行ったのだ」

と、知らせを聞いて駆け付けてきた琴代の父親が力無く言った。


 実は琴代と比奈子は、ふらっといなくなる事が良くある。

と言っても、比奈子の場合、その時には祖母か母親と一緒で、それは別に問題にはならなかった。

 琴代の場合は、ふいにいなくなる時には、子供たちだけで行動していた。

そう、いつも比奈子か清美が同行していたのだ。

しかし、今回は一人だった。


「本当に自分で出かけたのかしら?」

と、母親の知子がそれを心配して言った。或いは誰かに浚われたかも知れないのだ。


「心当たりはないか?」

と聞かれて、首を振った清美は、傍で比奈子が瞑想しているのを知った。

それに気付いた一同は、黙って待った。皆、比奈子の神懸かり的な能力を知っているのだ。


「・・・琴代は、自分で行った・・、北に向かっている・・、岩、石を見たがっている・・」

と、比奈子が呟く。


「北・・、石だと何の石だ?」

と、父親が呟くように問い掛ける。


「あっ、」

と、清美は思わず声が出た。


「何か思い出したの、清美ちゃん」

「天神さんの石!!」


 それは昼間にコンビニにおやつを買いに行った時の事だった。行ったのは琴代と清美、比奈子は家に残っていた。

おやつと一緒に小さなアイスクリームを買った二人は、コンビニの前に設置しているバーに腰掛けてそれを食べていた。隣でタバコを吸っているオジサンたちの話が聞こえていた。


「・・・・・何でも、そこに菅原道真が天に登ったと言う岩があるそうやで・・」

「へえー、菅原道真言うたら、九州で死んだんやなかったか・」


「そうや、妬まれて九州に左遷されたんや。そいで失意のまま死んでから、怨霊となって京に戻って来て暴れたんや・・」


 清美は、話を聞いた琴代の目つきが変わったのが分かった。

普段は知らない人とは話をしない、人見知りでおとなしい琴代が、躊躇なく彼らに近付くと、聞いた。


「そ・それ、何処ですか?」

琴代は自分の興味がある話を聞くと、性格が大胆に変わるのだ。

普段はお家のトイレにも付いてきてと言う小心で臆病者なのに、不思議な話を聞くと夜の墓場でも一人で出かけて行くのだ。


「あ・ああ、場所か。上京区の「水火天満宮」と言う小さな神社らしい。じゃが、わしも行った事はないで、詳しい事はわからん・・」


「すいか天満宮、天神さんですね」

「そうや、小さな天神さんやけど、えらい力は強いらしいで。なにせ、京の都を洪水で埋めた事があるちゅう話や」


「そこに石があるの?」

「おお、洪水を鎮めようと、通り掛かった道真はんの師匠にあたる偉い坊さんが祈ると、石の上に道真はんが現われたんやて。道真はんは、師匠ににっこり微笑むと、そこから天に登った。と言う話や」


「天に登った・・」

「おお、奇妙な形をしていて、実は隕石じゃないかという話もあるらしいのや」

「いん石・・」

 それを聞いた琴代の目がさらに輝いた事を清美は思い出した。琴代は不思議な話の他、宇宙や惑星の果てしない話も大好きなのだ。


「それだ!」

と、話を聞いた父親が言った。

琴代が京の都で最強の怨霊であり、学問の神様として祀られている菅原道真に大きな関心を持っている事を、廻りの人は知っていた。


「スイカ天満宮ね。早速行ってみましょう。あなた、タクシーを拾って!」

 母親の指示に、頷いた父親が外に飛び出した。


「あとをお願いね」

と言うと、母親もバックを持つと外に飛び出した。比奈子と清美は付いていった。彼女らを止める大人はいなかった。

もう外はすっかり暗くなっていた。


「水火天満宮は、二条堀川の辺りだそうだ。そう遠くも無い。もう帰っていても良い頃だ。入れ違いにならないかな?」

と、助手席に乗込んで、タクシーの運転手と話していた父親が、後部座席に子供達と一緒に座っている母親に向かって言った。


普段子供たちに、どっかに出掛けて遅くなる場合には、タクシーで帰っても良いと言う話は日頃からしているのだ。タクシーの代金は、戻った家で払えるからだ。


「うん、そうね。でも・・大丈夫よ、入れ違いにはならないわ・・」

と、和代は比奈子を見ていった。

比奈子がここにいる以上、必ず琴代に会えると信じているのだ。それは、廻りの大人達にとって、今までの経験から想像できる事だった。


「・・そ・そうだな。では宜しくお願いします」

と、父親は運転手に言った。

「上京区の天神さんやね」

「はい。どの位掛かりますか?」

「一五分くらいですかね」

「と言う事は、十㎞ぐらいですか。子供が歩いていけない距離ではないな・・」

と、最後は呟きに変わった。琴代はそう言う事を判断出来ない子供では無いと父親は考えたのだ。


 タクシーは何度も曲がって、巧みに渋滞している道を避けて予定どおりの時間にそこに到着してくれた。


 石の鳥居にしめ縄が掛けられて、鳥居の両側には「水火天満宮」と書かれた提灯が一行を迎えてくれた。


境内に入ると朱い鳥居の先に、やはり朱く塗った社があり、それが本殿だった。

小さな神社だ。

その本殿に向き合うようにしてその石はあった。

高さ六十センチメートルほどの黒い石だ。

石組みの台座に乗せられて、廻りは石柱で囲まれた立派な扱いが成されていた。


「いた!」

と、清美が声をだした。

 その石の横で覗き込んでいる少女は、確かに琴代だった。

立ち竦んだようにじっと石を見ていた。すると、比奈子が皆を制するようにして、すっと琴代に近付いた。


「それ、触らない方が良いよ」

 比奈子の声に振り向いた琴代。

「私も何となくそう思ったの。でも何か不思議な形で・・」

「カリントウの出来損ないみたい」

と、遅れて近付いた清美も感想を言った。


「確かにそうね。黒くて巻いている。カリントウの親分ね・・」

「だけど琴代。こんな物を今まで見ていたのか」


「あっ、ごめんなさい。でもさっき着いたばかりなの。場所がわかんなくて時間が掛かったの、ちょっと見たら家に電話してすぐ帰るつもりだったの・・・」

と、皆が来たことで状況を察した琴代が謝った。


「琴代、何故一人で来たのだ?」

「だって、日暮れまでに時間が無かったし、言うと反対されると思ったの・・・」


その理由は分かる。誰かを連れて行く場合は、当然その理由を説明しなければならない。

だが琴代の場合は、衝動的な行動でその理由をうまく説明出来ない時が多い。そのもどかしさを嫌ったのだろう。


「・・そうか。でもな、誰かに伝言して行かないと皆が心配するのだぞ」

「これから、一人で来たらだめよ。約束して。比奈子ちゃんが透視してくれなければ、ここだとは分らなかったのよ」

「はい、約束します」

と、琴代はまた頭を下げてその場は治まった。


「ねえ、お父さん」と、琴代が父親に言う。帰りのタクシーの中だ。

「ん、なんだ?」

「あれが隕石だとしたら、どうなるの?」

「どうって?」

 父親には、琴代の言いたいことが解らなかった。


「私、前に見た事があるの。大きな窪みを作った隕石がこぶしくらいの大きさだって言うのを・・」

「そうか、確かに隕石は殆ど燃え尽きて小さなものしか残らない・・。あれが隕石だとすると、京都盆地を作るぐらいの衝撃があったかも知れないな・・」


「やっぱり・・」

 二人の会話は、皆にも聞こえていた。

清美はあの隕石が降ってきて京都盆地を作る光景を思い描いてみた。それは、とても恐ろしい光景だった。そして、残ったあの石にもとても大きなエネルギーが残されているのかも知れないと思った。


(きっと、道真さんもあの石に触ったのだわ)

 自分は触らなくて良かった。と清美は思ったのだ。それが、その時の記憶だった。

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