暗黒神は楽がしたい~真のラスボス的存在になったのに万年新人冒険者として暮らします~

岡島

プロローグ「三人の幼馴染」

 「なあ、進路決めたか」


 幼馴染の雨宮ショウがそんなことを聞いてきた。この時、俺は高校2年、

ちょうど進学か就職かで迷う時期となっていた。俺はすでに決めていた。


「俺は進学かな、少し遠いけど、俺の偏差値で入れそうな大学があるから、

そこに行こうって」


すると雨宮は


「そうか、俺も進学だ。専門学校に行こうと思っている」

「もしかして、料理の?」

「ああ」

「それじゃ、店を継ぐんだな」


雨宮の家は、食堂を営んでいる。なによりも


「いいねえ。お前、料理得意だもんな。お前が後を継いだら、絶対繁盛するぜ。」


すると雨宮は、右手で虫を払うように左右に振りながら


「まだまださ、親父の腕には、程遠い」。


と謙遜する。


「いやいや、お前の料理の腕は俺が保証する。もう親父さん以上だ。つーか、料理実習の時は、いつもお前の所に人が集まるじゃねーか、

みんな、お前の料理目当てだぞ。

しかも関係ないクラスの生徒や先生やらも集まってくるし……」


 料理実習の時はいつも大騒ぎ、まるで行列のできる料理店の様、

とにかく雨宮の料理は美味い。その上、レパートリーが多く、

和食、洋食、何でもござれ、って感じ、

本人曰く、お菓子作りが苦手との事だが、アイツの作るお菓子も、結構美味い。


 さて俺たちが話をしていると、


「私も、繁盛すると思うわ」。


と女子が話に割り込んできた。彼女は、俺のもう一人の幼馴染、大十字久美。


「それより、進学するのはいいけど、その先は決めてる?」


そんな事を彼女は俺に聞いてきた。


「まだ何も……」


この時は、大学進学以外、何も考えてなくて、ハッキリ言って将来の事は白紙。

大学だってとりあえずって感じ。


「将来の事は早めに決めておいた方がいいわよ。大学選び、入ってからの授業選択、

サークル活動、そのすべてが、将来に関わってくるんだから」

「そんなこと言われてもなぁ、そういや大十字は、決めてるのか?」

「そうね、ジャーナリストとか、研究者、官僚、地方公務員、外交官、教師

貿易商、メディアプランナーも捨てがたいかも、まずは進学だけどね。

志望校は……」


このあと大十字は、あまり聞いた事のない大学名を上げていく。

彼女曰く、どの学校も先に述べた職種になるのに必要な勉強ができるらしい。


大十字の方向性は、わからないが、

ただ彼女なら、どの職種についてもおかしくない。

彼女は、幼馴染の俺たち三人のリーダー格で、器用で何でもできる。


 更に、これは俺たちだけの秘密だが彼女は超能力者だ。

漫画の主人公みたいに、怪物やら悪の組織と戦ったことがある。

もちろん冗談抜きで、


ともかく彼女には不可能な物がないんじゃないかと思えてしまう。

まさに完全超人。ただし料理は雨宮のほうが上だ。


「いいねえ、選択肢の多い人間は」


彼女の話を聞いた後、思わずそんなことを口にした。すると彼女は


「選択肢は誰だってたくさん持ってるわよ。気づいてないだけ」


と言ったのち


「今のは、他人の受け売りだけどね」


と付け加えた。


 俺は、先のことは白紙であったが、ただ一つ決めていることがあった。


「先の事は、ともかく、俺的には楽に暮らしたいね。静かに、穏やかに、そしてグータラと」


これが、俺、時任和樹のモットーだ。いつも俺は楽な方を選んできた。

高校選びも、選択科目も、体育祭の競技も、学園祭の役割も、あと掃除当番の時も、

いかに楽できるかを基準に考えてきた。

それで失敗したかというと、意外と、どうにかやってこれた。

俺の言葉を聞いた二人は、そろってあきれ顔で


「相変わらずだな、昔っから、そうだ、いつも楽しようとする」

「いいだろ別に、これまでうまくやって来たんだからさ」


と俺が反論すると


「これまではでしょ、これからはどうなるやら、なんだか、和樹が仕事もせず、

ブラブラしてる姿が目に浮かぶわ。時々ショウの店に行って、

飯をたかってたりして」

「失礼な」


少し、腹立たしさを感じたので、少々きつめに言うと


「ごめんなさいね」


と大十字は謝りつつ


「まあ、貴方がどう生きるかは自由だけどさ、楽に生きるにしても、

苦労はついて回るわよ」

「苦労ねぇ、そんなものか」


楽あれば苦あり、なんていうけど、

この頃は、楽だけでもいけるんじゃないかと思っていた。


「あなただって、夏休みの宿題、いつも早く終わらせてるじゃない」

「そりゃ、夏休みはグータラしたいからな、宿題が残ってると

気になって休めやしない」

「そのグータラは宿題を早く終わらせるって苦労の上で成り立ってるじゃない。

まあそういう事よ」


大十字の話を聞いても半信半疑だった。更に大十字は


「後、これも他人の受け売りだけど、あと苦労すればいいってものじゃない。その時は目標をもつこと。目標もなく人生の糧、あるいは漠然とした幸せを期待するだけなら、破滅するだけだから」


と付け加えるように言った。その言葉は、俺の心にわずかに突き刺さったが、

軽く受け流した。いつもの事だ。


 俺たち三人は、幼稚園の頃から仲が良く、いつも一緒だった。小中高も同じ、

特に、高校の頃は、二人にはかなり世話になった。二人がいなけりゃ、俺はこの世にはいなかったかもしれない。


 この先もそれこそ、大人になってからも同じような付き合いが続くんだなと、

漠然と思っていた。そう雨宮が失踪するまでは



 雨宮の失踪は不可解なものだった。正に神隠し。

ただ昔からこの地には神隠しの伝説があって、実際に同じような失踪が起こっていた。


「雨宮も神隠しに遭ったんだ」


と噂した。


 以降、大十字は俺以上に雨宮を探すことにのめり込む様なり、

結果として大十字とは疎遠なった。

そして俺はと言うと、心に穴が開いたような感じになってしまい。

以来15年間、俺は、変わることのない日々をただ適当に過ごすだけの存在となり、

気づくと、俺は、ろくな定職に就かず、ブラブラしてるだけの、ニート状態で、

正に大十字の言う通りになっていた。


 先の事に希望は感じてなかった。だからと言って不安も感じない空虚な日々。


 そんなある日のことだ。俺は日課の散歩をしていた時、いつも通る裏路地で

思いがけない人物と出会った。


「大十字……」

「和樹」


 久しぶりに、見た彼女は、黒いスーツを身にまとっていて、

手には何かの機械を持っていた。雰囲気はだいぶ変わっていて、妙に怖かった。

危ない世界に足を踏み入れ、幾多の修羅場をくぐってきたような感じがした。


 ただ、この時は、恐怖よりも懐かしさのほうが上を行き、彼女に声をかけ


「久しぶり……」


と言いかけた時、彼女はものすごい剣幕で


「今すぐここを離れて!」

「え?」


 次の瞬間、何かが起きた。何が起きたかは、はっきりとは分からない。

ただ何かに足元から吸い込まれたような、そんな気がする。




 その後は、あまり覚えていない。ただ大十字の


「和樹!」


という、俺を呼ぶ声が最後の記憶だった。

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