赤毛のキュンメル、テンション高め

 ギクリとして慌ててカウンターの奥へ視線を向けたゴンベエに対して、ランツは振り返りもしない。

 カウンターの奥から現れたのは、先ほどバビンスキーのところで粗相をしていた従業員だ。


 印象的な赤い髪を左右で三つ編みにしており、近くで見て気付いたが、髪の色とは対照的に綺麗な蒼い瞳をしている。


「キュンメル、このクエストはギルドマスターではなく、私個人で受けたものです。ギルドには迷惑をかけませんよ。それよりも―――」

「あー、はいはい!ごめんなさいっす!バビンスキー様のところでお酒をこぼしてしまったっす!」


 言葉の割に悪びれた様子も無く、足首まである服をヒラヒラさせながら、キュンメルが近づいてきた。

 ランツは、はぁと大きくため息をつくと、キュンメルに左手を差し出した。


「キュンメル、出しなさい」

「え?なんのことっすか?」


 キュンメルがゴンベエの方をチラチラと見ている。


 何か言いたげだが、俺が邪魔なのだろうか?


 空気を読んで立ち上がろうとしたゴンベエを、ランツが手で制した。


「彼は大丈夫です。良いから出しなさい」

「はぁい」


 観念したキュンメルが、ランツの手の上に黒い物体を乗せた。

 ランツは素早くそれを耳に取り付け、耳を白髪で隠す。


「……ほう、これはいい。彼らの会話がよく聞こえますね」

「いやー、流石マスターには、ばれてたっすね。盗られた方はまだ気づいてないってのに。……はあ、ぶっちゃけキモかったっす」


 遠目から見ていた時、バビンスキーに頭をポンポンされて喜んでいたように見えていたが、どうやら演技だったらしい。

 

 バビンスキーを気持ち悪いと感じる人間は、俺だけでは無いらしい。


 自分に近い感覚を持った人間もいると分かり、ゴンベエはちょっと嬉しい気持ちになった。


「キュンメル良くやったと言いたいところですが、彼らは危険です。先程は偶然上手くいきましたが、もうここで手を引きなさい」

「えー、でもー」

「ランツさん、ちょっといいか?」


 二人の会話を遮って、ゴンベエが言葉を挟んだ。


「今ランツさんが耳に付けている黒いのはなんだ?」

「ゴンベエ様!お声を静かに……」


 表情を変えないままランツが人差し指を口に当てて、静かにするよう促してから、声を潜めて口を開いた。


「……キュンメルがバビンスキー様のテーブルで魔道具です」

「なる程……」


 確かにキュンメルは先ほどお酒を拭いていた。その時にさっきの黒い魔道具を拾ったということか……。

 ん?ということは本来はバビンスキー達の物ではないのだろうか。


「拾ったものは、もらっていいものなのか?」

「時と場合によりますが、この場合は良しと致します」


 なるほど。人間のルールでは拾ったものはもらえるらしい。

 これは良い事を知れたと、ゴンベエは満足げに頷いた。


 ふと横を見ると、キュンメルが驚いた顔でこちらを見ている。


「ギルドマスター、この子拾ったって信じてるっすよ!」

「キュンメル、拾ったで、間違いないですよね?ま・ち・が・い・な・い、ですよね?」

「いや、盗ん―――」

「給料天引き!」

「拾いましたー!!」


 キュンメルが姿勢を正してビシッと敬礼ポーズを見せた。

 ランツは鬼の形相から、元のにこやかな好々爺の表情にゆっくり戻ると「分かれば宜しい」と頷いた。


「ギルドマスター、給料天引きはずるいっす」


 キュンメルが脱力してうなだれると、恨めしそうにランツを見上げた。

 一方ランツは髭を擦りながら涼しい顔をしている。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんゴンベエ様。紹介が送れましたが、こちらは我がギルドのメイドの一人、キュンメルです」


 キュンメルが服のヒラヒラしているところを、両手で広げると軽く会釈をしてみせた。(後で聞いたのだが、このヒラヒラした服の事をメイド服と言うらしい)

 

「ゴンベエ様、キュンメルと申します。どうぞお見知り置きをっす」

「あ、どうも」


 喋り方がどこかオリちゃんと似ていて、ちょっと懐かしい気持ちになった。

 キュンメルの挨拶に対して軽く会釈を返したゴンベエの背中を、ランツが軽くポンと叩いた。


「さあ、それではゴンベエ様もキュンメルにとご挨拶ください」


 ゴンベエは、ランツに向かって一度頷くと、今日三回目の自己紹介を行った。

 三回目ともなると、より感情を込めて挨拶が出来そうだ。


「ナナシ=ゴンベエです。初対面ですがこの人しか居ないって思ってました。友達からよろしくお願いします」


 ゴンベエが左手を差し出すと、キュンメルの顔がみるみる赤くなり始めた。

 差し出されたゴンベエの手を少し握ると、慌ててランツの側に駆け寄って行った。

 

 ……これは一体どうしたことだろうか


「ギルドマスター、どうしよう。私生まれて初めて男の人から告白されたっす!しかも年下男子っす!萌えシチュエーションっす!」

「は?コクハクってなんだ?」

「それは良かったね、キュンメル。でも、付き合うかどうかを決めるのは相手の事を良く知ってからですよ」

「いや、だからコクハクって……」


 キュンメルのテンションの上がり方がやばい。

 どうやらコクハクとはキュンメルを瞬間的に発火させる言葉であったようだ。

 会話で置き去りにされ、オロオロするゴンベエを尻目に、二人でどんどん盛り上がっていく。


「あ、そうだ!折角だから、これから二人で村をまわってゴンベエ様に色々教えて差し上げなさい」

「は?ランツさんそれはどういう事だ?」

「まじでいいっすか?それじゃあ早速タイムカードきってくるっす!初デートっすぅぅ」


 キュンメルが怒涛のようにカウンターの奥へと消えて行ったのを確認すると、ランツがゴンベエに向かって深々と頭を下げた。


「ゴンベエ様申し訳ありません!」

「え?い……いや、なにがなにやら」


 顔を上げたランツは思いのほか神妙な顔をしている。

 未だ理解が追いつかないゴンベエは、一体何事かと、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「まず初めに申し上げたいのですが、ゴンベエ様の挨拶は、告白と勘違いされますから、僭越ながらこれからは言い方を変えた方が良いかと存じます」

「そうなのか?俺の挨拶間違ってたのか……」


 そういえば、サクヤも俺の挨拶をコクハクと言っていた。

 てっきり挨拶の一種だと思っていたが、ランツさんの神妙な物言いと、急にテンションが爆上がりしたキュンメル見た限り、どうやらただの挨拶の一種ではないらしい。


 ん?俺の挨拶が間違ってるという事が分かってた上で、キュンメルに挨拶させられたのか?もしかして今の一連の流れって、全てランツさんに誘導された?


「申し訳ありませんが、その通りです」


 まるでゴンベエの心の声が聞こえたかのようなタイミングで、ランツが口を開いた。驚くゴンベエに向けて、そのまま言葉を続ける。


「白状致しますが、キュンメルをゴンベエ様と行動を共にするように仕向けさせて頂きました。すべては、キュンメルにこれ以上余計な事に首を突っ込ませない為です」

「余計な事?」


 ランツがちらりとバビンスキー達に視線を向けた。

 こちらを見ていたバビンスキーと目が合ったらしく、軽く会釈をしてからゴンベエに視線を戻した。


「とにかく、キュンメルを危険から遠ざける為と考えて頂き、今日一日は行動を共にして頂けませんでしょうか?」

「……分かりました」


 何か腑に落ちない点もあるが、危険から遠ざける為と言われたら、むげに断ることもできない。


「ゴンベエ様、ありがとうございます」


 満面の笑みで、ランツが再び深々と頭を下げた。

 

「食えない爺さんだ、流石はギルドマスターという所か」

「ほほほ。年の功というものです」


 ランツの掌で転がされているような気がしてならないと、ゴンベエは苦笑いして、首筋をポリポリと掻いた。

 

「ゴンベエ様にもキュンメルと行動するメリットはあります。失礼ですが、ゴンベエ様は人間社会において知らない事が沢山お有りの様だ。今日一日キュンメルと行動を共にすることで、得られるものも多いと存じます。よろしくお願いします」

「確かにそうだな。よろしくお願いします」


 ランツがスッと差し出した手を、ゴンベエも握り返したところ、老体に見合わぬ力で、ぐいと引き寄せられた。


「ゴンベエ様も、くれぐれもバビンスキー様に深入りしないようお気をつけください」

「大丈夫だよ。さっきランツさんも向こうから俺から離れて行ったのを見ただろ?」


 何でもないよと、ランツの手を離そうとしたところ、ランツが更に強い力でゴンベエの手を握り込んだ。


「それでも、……です。お気を付けくださいませ」

「分かりました。気を付けます」


 ゴンベエの返事を聞いてニッコリすると、ランツがぱっと手を離した。

 急激に血流が回復した手に血がめぐり、ゴンベエの手全体が熱くほてる。


「ゴンベエ様!お待たせっす!」


 息を切らしたキュンメルが、ゴンベエの側までやってきた。

 てっきり着替えたのかと思いきや、さっきの服装のままだ。


「さあ、ゴンベエ様をご案内いたします。デートに行きましょう」

「お、おお。でえと?」


 キュンメルが「えいやー!」とばかりにゴンベエの手を取ると、そのまま強引に手を引いて、店の入り口に向かって進み始めた。

 ゴンベエはどうすることも出来ず、取り敢えずこのままキュンメルに従って、後を付いて行く事にした。


 さっきのランツさんの手と比べると、キュンメルの手は軟らかく感じて、ゴンベエの胸の奥が少しドキドキしている。

 

 初めての感覚だ……。この感覚は、一体なんなのだろう。


 自分の中に芽生えかけた気持ちの正体を考えながら進んでいると、突然ゴンベエの前に脚が差し出された。

 咄嗟の事ではあったが、寸前のところで脚を躱して、無視して進もうとしたその時―――


「セオリーだと、そこは引っかかって、転ぶところでやんす!なに余裕で躱してくれてるでやんすか!非常識でやんす!非常識にも程があるでやんす!」


 脚を差し出した人物―――ワルテンブルグの怒声が響き渡った。

 ゴンベエの手を引くキュンメルが驚いて足を止め、二人してワルテンブルグの方へ振り返り、目を丸くした。


 バビンスキーとワルテンブルグが、怒気を含ませてこちらを見ていたからだ。


 ま、まさかキュンメルが魔道具拾ったのがバレた?


 ゴンベエの頬に一筋の汗が伝った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る