黒猫探したら変態に出会いました

 ゴンベエは声が聞こえた方向へ全力で走った。

 途中同じく走っている人達に何人か追い抜かれながらも、村の中心部と思しき広場へ辿り着くと、辺りを見回している人間達が集まっていた。


 「人間共がいっぱいだ!すっげぇ!!」


 どうやらゴンベエと同じように、黒猫を探している人達がいるようだ。ざっと見て20人近くの人間共が集まっている。

 

 色々な肌の人種がいる。大きさも見た目もバラバラ。人間とはこれほどまでに多種多様な生物なのか!

 ゴンベエは感動に打ちひしがれた。

 それと同時に不安な気持ちが去来する。


 黒猫を探している人たちが、こんなに大勢居るとは予想外だったからだ。

 これは一筋縄ではいかなそうである。


「おーおー、居るねえ」

「いるでやんすね。流石バビンスキー様」


 ゾクリとする悪寒を感じたゴンベエが、広場の中央にある巨大なヒト型の黄金像に視線を向けた。黄金像の台座に二人の人間が立っている。


「あれを見て!剣豪バビンスキー様だわ!」


 二人の人間の内、全身花柄のド派手な服装の奴が帽子を上げて会釈をした。

 バビンスキーと言われる位だ、多少名の通った人物なのだろう。知らないけど。


「見ろ!その隣は、魔導士ワルテンブルグだ!」

 

 その隣の黒装束の奴がワルテンブルグと言うらしい。こちらは呼び捨てにされている。特に大したこと無い奴なのだろう。


「今集まったお前らー!!黒猫の噂を聞きつけて、この村に来てる冒険者たちだな-!?」


 バビンスキーが大声を張り上げながら、クネクネとポーズをとっている。


「バビンスキー様……、かっこいい」


 ゴンベエの隣の人間が、頬を赤らめている。


 あれがかっこいいの?……人間の価値観まじで分からない。

 ……今度俺もどこかでやってみよう。


「お前らラッキーでやんす!バビンスキー様と一緒に黒猫狩りができるでやんすー!!」


 広場中に、『おおっ!』という歓声が上がった。


 周りの人間が口々に「一攫千金のチャンスだ」「ようやく人生の風が吹いてきた!」などと興奮気味に話し合っている。


 周りの声に耳を澄ませて要約すると、どうやら黒猫を狩るとお金が大量に手に入るらしい。


「まじか……」


 周囲の盛り上がりをよそに、ゴンベエは肩をがっくりと落とした。

 自分の名前を探す旅の為に、黒猫とお友達にならなくてはならない彼にとって、黒猫を狩ろうとしている人たちが大勢いるという事は、気が重い以外の何物でもない。


 この人間共は、たかだか金の為に黒猫狩りをしようというのか……。がっかりだな、人間。


「ヘイ!そこの少年ボーイよ!」


 向こうでバビンスキーが誰かに声をかけている。

 ゴンベエは一刻も早くこの場を離れて、黒猫を探そうと、きびすを返した。


「君の事だぜ、少年ボーイ


 突然、耳元でバビンスキーの声が鳴り響いた。

 弾けるように振り返ると、どうやって一瞬で距離を詰めたのか、ゴンベエの真後ろに得意げにバビンスキーが立っている。

 

 このド派手な剣士の底知れぬ能力を垣間見て、ゴンベエの背中に冷たいものが伝った。


「……俺になんの用だ?」


 動揺を悟られぬよう、ゴンベエは努めて冷静に言葉を返した。この得体のしれない人物に、1ミリも隙を見せたくなかったからだ。


少年ボーイ、君の名は?」


 バビンスキーがクネクネしながらウインクしている。


 質問に質問で返してきたあたりから察するに、どうやらゴンベエの質問には答える気がないらしい。


 ……さてどうしたものか。


 コンマ数秒の内にゴンベエの中で緊急会議が開かれた。


『どうする?このままやりすごすか?クネクネしてて気持ち悪いし』

『いや、黒猫の情報が圧倒的に少ない今、逆に懐に入るのが良いのでは?クネクネしてて気持ち悪いけど』

『うむ、そうしよう。取りあえず話を合わせてみよう。クネクネしてなくても気持ち悪いけど』


 脳内の答えに従って、ゴンベエは三白眼を細くして、出来る限りにっこりとほほ笑んだ。


「俺の名前はゴンベエだ。ナナシ=ゴンベエという」

「ゴンベエ君か!うぃぃ名前じゃないか!」


 ゴンベエの笑顔を好意的に受け取ったのか、バビンスキーが、自分の帽子のつばを摘まんでクネクネしながら、再びウインクしてきた。


「はあぁ、バビンスキー様ぁぁ。……たまらん」


 ゴンベエの隣にいる人間が、腰から砕けて倒れ込んだ。

 良く見ると、目がハートマークになっている。


 ……俺には、このクネクネの良さがさっぱり理解できない。

 首をひねったゴンベエに構わず、バビンスキーが話しかけてくる。


「ゴンベエ君もさっきの声に釣られてここに来たって事は、黒猫を探しているんだろう?」

「……そうだ」


 質問に対するゴンベエの返答に、バビンスキーが大げさに額に手を当ててのけ反った。それをゴンベエが頬を引くつかせながら見ている。


「君はなぜ、私たちと一緒に黒猫狩りが出来るというこのチャンスに喜ばない!なぜ君はこの場を去ろうとしたのだ!」

「……それは一人で見つけた方が儲かるからだ」


 黒猫と友達になりたいからとは、今この場では言えるはずもなく、ゴンベエは咄嗟に嘘をつくことにした。

 

 すると突然、彼の言葉に周囲から笑いが起きた。何故自分が笑われたのか理解できずゴンベエは何度も周りを見回した。


「なにバカなこと言ってるでやんす」


 バビンスキーの後ろから、ワルテンブルグがやってきた。遠目にみて黒装束で薄汚い感じがしたが、近くで見ると、こんな汚い顔の人間がいるのかと驚かされる。造型が汚いというよりは、内面の汚さが滲み出ている感じだ。


「黒猫は我々大人が束になって見つけられるかどうか、そして見つけたところで捕まえる事は困難でやんす。それをお前みたいなガキが一人で探すなんてちゃんちゃらおかしいでやんす!」


 ワルテンブルグの話に合わせて、周りの人間共から、再度どっと笑いが起こった。


 自分の無知を周りの人間共がバカにしている事に気が付いたゴンベエが、思わず腰の刀に手を掛けた。馬鹿にされて黙っているほど彼は温厚では無い。どいつから切り伏せるか周りを品定めし始めたその時、鳴り止まぬゴンベエに対する嘲笑を、バビンスキーが手を広げてピタリと制した。


「子供の無知を笑うもんじゃない。ゴンベエ君、君はあまり世間を知らない様だから、私が直々に色々教えてあげよう。いいね?」


 バビンスキーが左右の眼でウインクしてきた。

 得体のしれないバビンスキーからの要求に一瞬戸惑ったが、黒猫の情報が手に入る事のメリットの方が大きいと考え、ゴンベエは大きく頷き、刀の柄から手を離した。


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