第13話 駆けて行く背中に
サクッサクッと軽い足音が背中から聞こえた。振り向くと桜子が立っていた。
「やっぱり来てくれたんだ」
ベンチの私がちょっと席をずらすと、桜子は隣に座った。
「この間はありがとう。みっともないところを見せちゃったね」
私が言うと、桜子は軽く首を横に振る。
「話が中途半端だったから。きょうは少し落ち着いて話せる」
「さくらさんとのことですか」
「うん」
どう話したらいいのか少し迷ったが、ゆっくりと私とさくらのことを最初から話した。
「さくらがどんな気持ちで私にキスしたのかは、ちゃんと聞いてないからわからないけど」
桜子は黙って聞いていた。
「それでも、あなたは世界で一番大事な友達なんだって、周りばかりを気にして彼女にそう言えなかった自分が悔しい」
ベンチから見上げる葉桜の緑色が目に優しい。
「好きとか、愛してるとか、女の子同士とか、そんなことはどうでも良くて。彼女ほど信頼している友達はいなかったのに私はそれをちゃんと言えばよかった」
「先生は」
桜子がポツリと言う。今度は私が聞いている。
「私にキスされてどうだった?」
ちょっと見つめ合った。そして私は照れながら正直言う。
「あっ、唇が柔らかい、かな」
「えっ、マジでえ? 泣いてたのに?」
「それから、あれでなんか気持ちが少し落ち着いたよ。じゃあ、あなたは私にキスしてどうだった?」
「私は……、思ってたほどは嫌じゃなかった」
「私で試してみたんだ」
私が笑いながら言うと、顔を真っ赤にしながら桜子が言葉を続ける。
「でも、やっぱり同性との恋愛は私はできないって思った」
そして、空を見上げた。私も見上げると、夕方の空は澄みきって、葉桜の緑は空の暗い青に溶け込んでいくようだった。
「どうするの?」
私が言うと、「えっ?」と言う表情をして桜子が私を見た。
「あなたが友達から告白された、でいいのかな」
桜子は首を縦に振り、
「はい。だから断って友達じゃなくなるのが怖かったんです。でも」
大きく息を吸って言葉を続けた。
「やっぱりちゃんと話をしようと思います。彼女もきっと私をとても大事な友達だと思ってくれていると信じて、ちゃんと向き合って話してみようと思います」
そう言って桜子は立ち上がった。
「今から?」
「はい、今から行ってきます」
「わかった。頑張って」
桜子は立ち去ろうと離れかけ、何かを思いついたようにもう一度振り向いて大声で叫んだ。
「ねえ、先生!」
「何?」
負けじと私もつい大声になる。
「さくらさんと私のキス、どっちがよかったあ?」
散歩中らしき何人かの人が驚いてこちらをみていた。
「さくらとはもっと長いキスをしたよお」
「えーっ、悔しいー。私の負け?」
「じゃあ、いつかリベンジするぅ?」
「じゃあ、いつかもう一回、絶対さくらさんより長ーいキスをしてやるう」
桜子はそう言って笑うと、何度も振り返りながら右手を振って駆けて言った。
私はその背中が見えなくなるまで思い出のベンチに座って見送った。
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