第5話 慈悲

魔人――彼らが人を襲うのには理由がある。

魔人の食料は魔石だ。この世界で魔石を食料とするのは魔人のみだ。前述しているが、魔石は魔力を持つ者の心臓が結晶化したもの――人間も例外ではない。

もちろん魔力を持たない人間は標的にされない。魔人には、だが。

魔人は滅多に人間を狙わない。魔力を持たない者が多く、非効率的だからだ。

他の魔物や、魔力が多い種族を狩り、魔石を喰らって生きる魔人がほとんど。



「まさか・・・。」


リテアの脳裏にヴァイスとの出会いが蘇る


「倒れていた時は気づかなかったが・・・回復した後の魔力量・・・。」


そう、魔力量が明らかに違った。ヴァイスの魔力量は一般の人間の5倍。

魔人にとっては格好の餌食だ。


「『空間転移テレポート』」


一瞬でヴァイスの後方に転移する。


「くそ・・・。ヴァイスの前に転移したと思ったんだがな。」


もはやスライムの擬態は解いており、黒い瘴気を纏った魔人の姿に変貌している。


「赤眼か。かなり上位の魔人だ。」


魔人の瞳は通常黒い。だが魔石を食べる毎に赤みを帯びていく。それは強さの表れ――赤ければ赤いほど魔力は桁違いだ。

もちろん魔石の一つや二つでは、瞳の色は少しも変化しない。――数えきれないほどの魔石によって、ようやく薄赤くなる。


「変な小僧が来たなぁ。まあいい、邪魔すんなよ~。」


魔人が声を発する。

と同時に、ヴァイスが振り返る。


「リテア!!なんかスライムが変なおっさんになったの!!」


「お、おっさんだと?」


魔人が顔を引きつらせている。まぁ、気持ちはわからなくもない。見た目はまだ青年だしな。

だが赤眼の魔人である以上、200年以上は生きているはずだ。

――過去には1日で赤眼になった魔人もいたが・・・。


「はっ、小娘。楽に死ねると思うなよ!」


おっさんと言われたのが余程気に食わないのか。イラついているようだ。


「まずは四肢を千切って動けなくしてから、鞭打ちで悲鳴でも堪能するか。」


うっとりとした表情で魔人は話す。

古来から魔人は残虐な生き物だ。魔石狙いではなく、悲鳴を楽しむために襲い掛かることすらある。


「あのさ、僕おまえを殺したくはないんだよ。ここは退散してもらえないかな。」


魔人に語り掛ける。もちろん承諾してもらえるとは思っていない。


「なんだ?小僧、きさまも小娘と一緒に死にたいのか?俺は今、ご馳走を前にしてすこぶる機嫌がいいのだ。聞き入れてやらんこともないぞ?――メインディッシュの前の腹ごしらえだ!」


言い終わらないうちに、魔人が飛び掛かってくる。


リテアは笑みを浮かべる。


「よかったなぁ。はじめにヴァイスを襲っていたら、お前この世にいなかったぞ。」

「?? 何を言っている。あの小娘は魔力量は多けれど、使いこなせていないではないか。俺を倒すことなど出来んぞ?」


急接近してきた魔人の攻撃をよける。


「僕がおまえをこの世から消すんだよ。」


ボソッ と呟く。魔人には聞こえていない。


「ほう。ほとんど魔力など持たない小僧がよく避けれたな。」


まだ実力差が分かっていないようだ。


「仕方ないね。そこまで言うなら僕の魔力を見せてあげようか?」

「はったりなど通用しな――」


魔人の声が途切れる。

禍々しいほどに膨大な魔力量。

心なしか、魔人は震えているようにも見える。


「きさま・・・この魔力をどうやって隠して――」


魔人の顔が歪む。


「この魔力・・・覚えがあるぞ・・・。なぜ生きている!死んだのではなかったのか!」

「ああ、おまえ、あの時代の魔人か。700年経ってるのにこんなに弱いのか?魔石喰ってるなら、瞳だってもっと赤みが濃くてもいいはずだが。」

「きさまに悉く邪魔をされたからだ!」


魔人は狼狽している。

あと一押し、とリテアは口を開く。


「邪魔したつもりはないがな。とにかく退散してくれないか?」

「誰がそう言われて――!」

「命を助けてやるって言ってんだよ。」


いい加減面倒になったので、殺そうかと殺意を込めてそう言う。


「・・・」


バサッ

魔人は黙り込んだ後、翼を広げて飛び立った。


まぁ、僕に害がないなら逃がして構わないだろう。


それよりも・・・前方からヴァイスがこちらを凝視している。


「はぁ・・・。どう説明しようかな。」



――――このとき、リテアは知らなかったのだ。逃がした魔人が、千年前の惨事を再び引き起こすことを。

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